[CML 020943] 国立市上原裁判とは

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2012年 11月 11日 (日) 22:14:45 JST


シンポジウム「国立市上原裁判とは」が2012年11月10日、東京都世田谷区の「三茶しゃれなあど・オリオン」で開催された。主催は「原発」都民投票の会、共催は景観と住環境を考える全国ネットワーク、協力は世田谷から未来をつくる会である。 

国立市上原裁判は国立市が3125万9720円の損害賠償と遅延損害金を求めて上原公子・元国立市長を東京地方裁判所に提訴した訴訟である(平成23年(ワ)第40981号)。上原氏は景観保全という民意を受けて国立市長に当選し、明和地所のマンション建設阻止のために奔走した。 

マンション建設は阻止できなかったが、明和地所は国立市が営業妨害したなどとして約4億円の損害賠償を求める訴訟を提起した。この訴訟は国立市が2500万円の損害賠償を命じられる内容で判決が確定した。国立市は2500万円に金利分を加えた3125万9720円を明和地所に支払ったが、明和地所は支払額と同額を即日市に寄付(返金)した。 

2009年5月に国立市の住民4名が国立市長に対して「国立市の賠償金支払いは上原氏の営業妨害活動から生じたものであり、上原氏に3125万9720円と遅延損害金を請求する」ことを求める訴訟を提起した。東京地裁(川神裕裁判長)は請求認容判決を言い渡す。 

関口博・国立市長(当時)は「賠償金は実質的に返還されており、損害はない」として東京高裁に控訴した。しかし、新たに当選した佐藤一夫・国立市長が控訴を取り下げたために東京地裁判決が確定した。国立市は上原氏に3125万9720円と遅延損害金の支払いを請求するが、上原氏は支払いを拒否した。これに対して国立市が上原氏を提訴した。 

シンポジウムで上原氏は「この裁判は個人の問題ではない」と指摘した。司法の世界は非常に狭い世界であり、歪んでいる。もともと国立市は環境意識が古くから高かった。隣の立川市に米軍基地があった時代は風紀の乱れを波及させないために尽力した。国立市民は米兵が金を落とす夜の街の賑わいよりも、良好な住宅環境の維持を選択した。 

上原氏の市長当選も市民の景観を守るという意思の現れである。キーワードは市民自治である。自分達の街は自分達で作るということである。日本国憲法は地方自治の本旨の規定している。行政は市民の意思がどこにあるか、どのような街を望んでいるかを聴かなければならない。上原市長はオール国立で進めてきた。手続きは全て踏んだ。石原慎太郎や橋下徹とは異なる。政治家は中立ではない。政治家はChangeを主張するものである。たとえばダムを止めるということも利害関係が生まれる。 

川神裕裁判長が上原氏個人の賠償責任を認める判決を下す。これは市民自治を踏みにじる判決である。悪い裁判官はドンドン名前を言うようにしている。国立市上原裁判では39名の弁護団を結成した。 

信じ難いことに国立上原裁判も川神裕裁判長が担当した。上原氏側は川神裕裁判長の自主的な回避を要求した。さすがに川神裕裁判長は回避したが、依然として東京地方裁判所民事第2部が担当し、新しい裁判官も川神の部下である。これで公正な裁判になるのか。 

国立市の主張は明和地所のような主張になっている。自治とは何だろうという虚しい思いが出てくる。東京都知事選は主権者として役割を果たすチャンスである。 

続いて交通渋滞に巻き込まれて遅刻した保坂展人・世田谷区長が講演した。保坂区長は国立市の控訴取り下げで一審判決が確定してしまい、司法判断が練れていないことが第一の問題とする。その上で首長の判断の難しさを説明した。 

去年の今頃は世田谷区内に飛び抜けて放射線量の高い場所が出ていた。この事実を発表するかどうかは大きな決断であった。東京都に連絡しても、世田谷区の出方を注目していると言われた。区長として発表することを決めた。発表されるや、世界中のメディアの中継車が区役所を囲んだ。結局、福島原発事故の影響ではなく、床下にラジウムがあったことが原因であった。 

また、世田谷区では重層長屋の問題が起きている。建前は2階建てであるが、ロフト付きなので実質的に4階建てである。マンションならば規制されているが、長屋の規制が緩いために長屋として建てられた。住環境条例の改正で対応する。何か問題があれば規制や見直しは不可欠である。原発の稼働停止要求も電力会社に損害を与えるものである。 

裁判官は世間知らずである。官舎に住んで一般人と付き合わない。タクシー運転手を雲助という差別語で呼んだ裁判官がいるほどである。裁判員制度導入のタウンミーティングを広告会社に丸投げした。契約書を作成しなかった。川神判決は司法の体質が出た判決である。東日本大震災があって街づくりの問題意識を変えなければならない。国立市上原裁判は多くの人が関心を持つべき問題である。 

続いて上原氏と保坂氏の対談である。 

上原「首長のできることには意外と縛りがある。議会の役割や市民の役割を考えたい。首長は予算が決められて初めて執行できる。予算も条例も決定権は議会にあるが、責任は負わない。議員は言いたい放題。何故、議員は責任を負わないのか。市長在任中は市民から「もっとやれ」と言われていた。しかし、被告として訴えられると梯子を外された感じである」 

保坂「川神判決は誤った判決として是正されなければならない。民主主義のルールから外れた判決である。利益を私するようなケースでは首長が責任を負うこともあるが、上原氏のケースは異なる。市民も問われている。個人の問題にすりかえられているが、景観や環境への歩みを否定するものである」 

上原「本当は市民が怒らなければならない。市民の活動が否定された。市民運動は継続が大変である。脱原発デモも一時期と比べると参加者が減っている。権力者は市民が日常に戻ることを待っている。市民は最後まで応援しなければならない。誰も責任をとらない日本。これは世界から見て恥ずかしいことである。責任を明確にしなければ日本に民主主義は育たない」 

保坂「大日本帝国憲法と比べた日本国憲法の土台は国民主権である。教育改革タウンミーティングのシナリオは広告代理店が作っていた。世論のねつ造である」 

上原「原発ゼロの民意のように丁寧に議論すれば良識的な結論が出る。しかし、「原発」都民投票の会の実施した都知事にしたいアンケートを見てガッカリした。猪瀬直樹が一位、辞めたはずの石原慎太郎が二位になっている。ここが試される時期である。人気投票になっているが、命の瀬戸際を自分達で決める時代になった。首長の腹のくくり方で住民の命が左右される。弱者はどうするのか。貧困が広がっている。就学児援助を受ける家庭が増えている。東京都知事選挙を一人一人が自分の選挙として戦わないと勝てない」 

保坂「災害対策では統治機構の指揮命令系統の強化が述べられることが多い。東日本大震災では指揮命令系統が固すぎて機能不全になった。民主主義の構造のベクトルが問われている。住民自治の自治体が災害では強い。地域から積み上げて迅速柔軟に対応する自治力が必要。世田谷区は過去に細かな地域に分けて権限を委譲した。後に統廃合された。効率は上がったが、災害対応は落ちただろう」 

上原「高齢化社会で皆が居心地のよい街づくりをすることが防災になる。自分達の手で日常的な街づくりをすることが災害時の助け合うことになる」 

保坂「国立市も世田谷区も江戸時代は見分けがつかない姿であった。行政は旧住民との接点が強い。新しいつながりを作っていくことを課題にしている」 

上原「街づくりを楽しもう。日本のコミュニティーは祭である。縛りではなく、街を楽しむ。世田谷区はモデルにしてきた。リードして楽しい街を作ってください」 

会場からは「問題判決を言い渡した裁判官のフルネームを教えてください」との質問が出され、問題判決を言い渡した裁判官個人への関心の高さを示した。 

質問「市議会が債権(求償権)を放棄して市長の責任を負わせないようにすることはしないのか」 

上原「動いてくれる議員もいたが、数の力で負けた」 

質問「国立市上原裁判はストレートに損害がないから請求は成り立たないで終わるのではないか。裁判が成立していることが理解に苦しむ。住民が行政相手に同じような主張したら舜殺される。裁判官が片寄った判断を下す典型例である」 

上原「川神裁判長が片寄った人物であった」 

保坂「裁判官が行政と同一歩調を採る要因として判検人事交流がある。このようなところにもメスを入れる必要がある。」 

問題の川神裁判長は首都圏反原発連合が主催する反原発デモの日比谷公園の使用申し立てを却下した裁判官である。同じく川神裁判長の担当した二子玉川ライズ行政訴訟では中間判決を言い渡すと予告しながら住民敗訴の却下判決をだまし討ち的に言い渡した。下北沢の住民が都市計画道路の事業認可の差し止めを求めた裁判も担当している。 

上原氏の主張するように責任の明確化が日本社会には必要である。特に裁判官個人の責任が語られることは少なかった。個々の判決は批判されても裁判官個人の一連の判決や訴訟指揮が継続的に注目されることはなかった。 
http://www.hayariki.net/8/19.htm
最近では北本イジメ裁判(平成19年(ワ)第2491号損害賠償請求事件)と最高裁裏金訴訟(平成24年(ワ)第436号)が同一の裁判長によるものとの批判がある。北本イジメ裁判では同級生から「きもい」と悪口を言われ、下駄箱から靴を落とされ、「便器に顔をつけろ」と言われるなどの事実がありながら、「一方的、継続的ではなく、自殺の原因になるようないじめがあったとは認められない」という判決内容の非常識さが批判された。最高裁裏金訴訟では財布の中身までも調べる持ち物検査など訴訟指揮の異常さが批判された。 

司法の歪みへの市民の関心の高まりに期待する。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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