[CML 020767] 東京都知事選は開発問題を争点に

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2012年 11月 2日 (金) 00:14:32 JST


新自由主義・構造改革批判をベースとする場合でも様々な切り口があるが、開発問題を主要争点とすることを提案する。 

第一に東京都では多数の開発問題を抱えている。大きな問題としては外かく環状道路や築地市場移転などがある。住環境破壊の再開発・二子玉川ライズも住民の圧倒的な反対意見を無視して東京都が認可したものである。下北沢では世田谷区が住民とのシンポジウムなどを重ねて作成した跡地利用計画案の公表に抗議することまでしている。 
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第二に開発批判には世論の支持がある。過去に都知事選挙を盛り上げたテーマは世界都市博中止であった。これは民意が政治を変えることを具体的に示した事件であった。近年では民主党のマニフェスト「コンクリートから人へ」が多数の人々の心をつかんだ。 

第三に東京には開発批判を実現できる素地がある。残念なことに民主党政権の「コンクリートから人へ」は頓挫した。目玉政策となる八ッ場ダムでダム建設を前提とした経済論理の前に右往左往してしまった。これは日本社会における経済優先の思想の根強さを示すものである。この点で既に十分に便利になっている東京こそ「これ以上の開発は不要」と主張することができる。 

他県の人々にとって東京のイメージはビル街であるが、駅から少し歩けば狭い路地の中に木造住宅地が広がる場所が随所にある。そのような場所に長年居住していた人々が道路の拡幅などで追い出されようとしている。開発反対は経済生活と対立するものではなく、人々の経済生活を優先する運動である。 

第四に開発問題は市民派が差別化できる争点である。市民派の伝統的な差別化要素としては福祉があるが、実は保守系候補も選挙では福祉重視を謳っている。新自由主義の候補もベーシックインカムなど魅力な福祉制度を意外と取り入れている。このために福祉重視では争点が埋没し、差別化しにくい。 

日頃から福祉を重視している陣営と福祉を切り捨てている陣営を区別して欲しいと言いたいところである。この点は時間が許せば説明すべきであるが、現実問題として差別化は困難である。長年米軍基地で苦しめられてきた沖縄県民でさえ、普天間基地の県外移転と国外移転で県知事選挙の争点が埋没してしまった。 

これに対して開発問題ならば開発推進の政治家は開発による経済発展をアピールする。開発推進と開発反対という対立軸が生まれる。政治家が開発業者の側を向いているか、住民の側を向いているか明確になり、否応なく争点化できる。 

この争点を必ずしも明確にしなかった革新勢力退潮の一因である。日本では革新勢力でさえ開発による経済発展というドグマに囚われていた。ゼネコンが土建政治の利権を独占することは批判しても、そのおこぼれを建設労働者や中小零細業者にも配分することを目指すような傾向であった。これでは本来は政府与党の批判勢力に回る筈の組織化されていない市民は無党派層に回ってしまう。「コンクリートから人へ」を掲げる民主党に革新政党の票が奪われるという結果にもなった。 

第五に開発問題は新自由主義の権力性が露骨であり、批判しやすい。新自由主義は思想的には権力(を握った人物)の限界という問題意識がある。それ故に「民間でできることは民間に」となる。これは理念としては支持できる面があり、現実に広範な支持を得ている。 

これに対して現実政治における新自由主義の実態は権力を都合よく使った金儲けである。富めるものは益々富み、貧しいものが益々貧しくなる格差社会を作ることである。そのために国家権力を都合よく利用する。 

たとえば郵政民営化に際して東急リバブルは旧日本郵政公社から沖縄東風平(こちんだ)レクセンターを評価額僅か1000円で取得し、学校法人・尚学学園(那覇市)に4900万円で転売した(林田力「【かんぽの宿問題】東急リバブル転売にみる民営化の問題」ツカサネット新聞2009年2月6日)。東急リバブルは国民の共有財産を転売した濡れ手で粟の利益を得た。 

この国家利権の山分けという新自由主義の本性は、新自由主義の理念に隠されて見えにくくなっている。「かんぽの宿」疑惑のようなスキャンダルとなって噴出しなければ見落とされてしまう。その中で開発問題は比較的認識しやすい。開発問題は民間が独力で実施することは少ないためである。補助金投入、道路建設の負担、容積率緩和など国や自治体の積極的な後押しがある。 

新自由主義・構造改革批判の文脈では福祉や公務員の労働条件切り下げも切実な問題である。しかし、現行の福祉制度や公務員の労働条件に不公平感があることも事実である。低いレベルに合わせることは正しい解決策ではない。それでも全体を高いレベルに引き上げる見通しを提示できなければ不公平感は燻り続ける。福祉や公務員の労働条件の維持は防御的な戦いにならざるを得ず、主要争点とするならば苦しい戦いになる。 

そして開発問題を前面に出すことは福祉を疎かにすることではない。開発と福祉はトレードオフである。開発予算は福祉の切捨てによって捻出されているケースが多い。開発を中止にすることは福祉財源ができることを意味する。現実に「二子玉川の環境を守る会」では世田谷区の利用者負担増大施策に対し、「二子玉川ライズへの補助金をなくせば値上げは不要」との立場から値上げ反対の運動を展開した。 

脱原発も重要な政治テーマであるが、それだけで都知事選は十分ではない。前回の選挙で小池晃候補の票が伸びなかったように脱原発だけでは勝てない。石原氏は自他共に認めるバリバリの原発推進論者であるが、東京都政は安易な電力料金の値上げに反対し、東電病院の売却を求めるなど重要な動きも見せた。 

脱原発を進める上で電力会社の地域独占という特権的地位の打破は必要である。脱原発か否かで色分けすることはナイーブである。原発所在地でもない自治体首長が脱原発でできることには、猪瀬直樹副知事が行ったことも含まれる。脱原発を主要争点とすることが市民派に追い風になるとは限らない。 

石原氏が後継として指名した猪瀬直樹副知事は道路公団の民営化で名を馳せた人物である。無駄な道路建設による税金の無駄遣いを批判する立場からの広範な支持が見込まれる。これは石原氏を相手とする場合とは異なる新たな脅威である。だからこそ、開発問題を主要争点とすることで正面から戦う必要がある。 

道路公団は民営化しても不要な道路建設は続いている。NEXCO東日本の道路建設に対する住民反対運動も起きている。むしろ、民営化したために近視眼的な皮算用で道路建設が正当化され、将来的な人口減少を見据えた議論が一層通じにくくなった。開発問題を主要争点とすることで問題を浮き彫りにできる。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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