[CML 017092] Re: 管理職との連帯は可能か

石垣敏夫 motoei at jcom.home.ne.jp
2012年 5月 16日 (水) 23:20:31 JST


櫻井さん
お世話様
私も管理職敵論はとりません。
教育の場でしたら、児童生徒学生に
対してどうか、ということでしょう。
管理職同様いろいろな一般教員がいることは
事実です。
児童・生徒・学生に学習権が保障され、
教師の教研活動(相互批判を含む)が保障されていれば
教育の場はほぼ十分だと思います。
「職場に自由を教室に真実を」が実現できているかが、
問われていると思います。
職場の民主化で、私学では教頭が公選、主任はローテーション
のところがあります。
「日の君」問題は思想の自由の問題で
外国人児童生徒学生が在席し、かつ異なる信仰宗教者の子どもが在席
しています。
思想信条の自由は憲法で保障されているわけで
強制はできないはずです。
それゆえ「『日の君』に対する教員の態度を校長に査定させる」
教育委員会の職務命令、そのものが憲法違反です。
D校長はそこをつけば教育委員会は何も言えないはずです。
                   石垣



*(重複メールですので「市民の風」と同様の返信を記します。)
石垣さん、
櫻井智志です。
問題をきちんと整理して提示していただきありがとうございます。

石垣さんのメールは二人に対してのご質問と問題提起なので、
私の方は改めて私見を展開します。
ひとりで延々と先に見解を述べることは差し控えます。


一点のみ。
管理職は、資本と労働との関係における管理職というよりも、
「中間管理職」と考えます。校長は教育委員会の指示通り
動くような教育制度が敷かれています。
私は、退職の数年前から「総括教諭」東京・横浜でいう主幹教諭
をしていました。引き受けた理由は、担当学年の学年主任として
より民主的な学年経営を進めようと想ったことと、学校管理に対
して、新公共管理政策=新自由主義にもとづく教育政策に自身
の信念を提起して、職場全体の民主化に生かしたいと想ったか
らです。
退職しましたが、私の信念はかなり達成し得たと感じます。何よ
りも、職場を分裂と対立、市教委のいうがままではなく、校長の
教育方針を大枠では生かしながら、職場が自由で若い世代の
教師達や臨欄非常勤の講師たちが働きやすい職場であるため
に、貢献しえたと自負しております。
校長、教頭、教務主任だともうすこし異なる立場でしょうが、私の
考えは、管理職=敵、という見方はしていません。
「管理職との連帯は可能か」という問題にひきつけていえば、
かなり難しいけれど、職場という仕事の共同体を再建しとていく
という視点からいえば、可能な部分と原則妥協できない部分と
両方があると考えます。
一言が長くなりました。いったん打ち切ります。




--- On Wed, 2012/5/16, 石垣敏夫 <motoei at jcom.home.ne.jp> wrote:



                                                               2012.5.16
みなさん、櫻井さん、増田さん

今回の件、問題の本質について話し合うことは必要だと思います。
櫻井さんの問題提起は大切なことです。
私は土肥校長と他2名の映画を見て、良心的な校長もいるのかな、と思いました。
ただ私は土肥さんが「遵法」などと言っていることに疑問を感じていました。
私は「日の君」問題には関わっていませんので、関係していた教員の意見を聞き判断資料とさせてもらいました。
○ 土肥校長が「都教委(教育委員会)の指示命令に従い、事故報告書を書き、それが不起立教員の処分繋がったこと」
そのことを土肥さんは「法令順守者」の証拠として提出し、自分の「再雇用拒否」取り消し裁判を行っている、とのことです。
土肥校長はA級戦犯ではありませんが、B級戦犯的な過ちを犯しています。
櫻井さんは良心的な管理職との連帯を求める必要性を主張されています。
これは今の社会に求められることだと思います。私も過去友人に「何で校長なんかになったんだ」と決めつけ、
反省している一人です。
あの映画を見る限り、土肥さんは憲法を尊重する民主的な校長、と見れます。
しかし、今の社会自分たちのことを棚に上げて「遵法」を言うのはほとんど権力者です。 

ご承知の通り、今多くの職場でサービス残業は当たり前、休暇もとれない、労基法が無視された状態です。
権力者は「法を守りません」。弱い労働者が「法」を守って欲しい、などと言ったら、解雇に追い込まれます。
組合は分裂させられ、少数となり、非正規雇用が1/3となっています。
このような現実を土肥校長はご存じなのでしょうか。
土井監督が「3人の生き方」として紹介しているのでしたら、土肥校長の生き方も一つと言えるでしょう。
しかし、あの映画では「民主的な校長」として映し出されています。
土肥さんが真に民主的でしたら「日の君」問題で都教委に報告することは控えたでしょう。
そのことで土肥校長が処分されたら、私たちは勿論、生徒・保護者も支援行動に立ちあがったことでしょう。
民主主義とは言葉だけでなく行動で示すことでしょう。
土肥さんはご自分が主張されている憲法遵守「思想信条の自由」を、「行使した教員」を都教委と一緒になって処分したことになります。
土肥さんはまずご自分が都教委に提出した報告書によって処分された教員に対し、謝罪すること、それが先です。
土肥さんが職員会議の民主的運営について都教委と対立したことは評価できます。
しかし、一教員が土肥さんの行為によって処分に追い込まれた事実は極めて大きいことです。
                                                           さいたま市 石垣?夫


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