[CML 017064] Re: 「私が避難する理由」

萩谷 良 liangroo at yahoo.co.jp
2012年 5月 16日 (水) 01:27:26 JST


今下のURLをクリックしてみたら、ちゃんと出てきましたが。

では、下に貼り付けます。


On 2012/05/15, at 22:27, miyo_yuuma1 at yahoo.co.jp wrote:

> こんばんは、萩谷さん、
> 
> 岩崎です。
> 
> 早速読みたいと思ったのですが、下記アドレスを開くことができませんでした。
> 
> --- 萩谷 良 <liangroo at yahoo.co.jp> wrote:
>>  あるひとが、自分ならばフクシマには止まらず、必ず避難すると述べ、その理由を説明する文章をfacebookに載せていたので、ご本人の了解のうえ、ご覧に入れます。
>>  明確な理由にもとづく、つよい危機感と怒りの表明です。
>> 
>> http://www.facebook.com/notes/kozue-yamamoto/私が避難する理由/296803663721598
>> 
>>                                        萩谷 良

私が避難する理由
作成: Kozue Yamamoto 日時: 2012年3月31日 12:48 ·
もし私が汚染が酷い区域にに住んでいたら,、一番先に子供を連れ九州あたりか海外に避難していたに違いない。多分、後から夫が追ってくる形になるだろう、或は仕事が見つからず別居になってしまうかもしれない。何故そういう行動に走るか,考えられる理由をいくつか挙げてみた。
 
一つ目の大きな理由は、危機に対する母性的な本能に近いもので、危機が子供に差し迫っている、と知り得る情報や知識より自分が判断した場合,それ以外の根拠も無く安全だという周囲の言葉には耳を塞ぎ子供を安全な所に誘導する、何故耳を塞ぐのかというと、それらの言葉を聞いていたら、もしくはそこに長々と居たら情や過ごし易さに惑い流され自分の判断に従えなくなるからだ。
 
二つ目の理由は、看護師として医療現場で働いて,手を尽くしても今の科学を持っても治す事や苦痛の軽減は愚か、救えない命が沢山あり、病気も障害も持たず五体満足で生まれ生きていける奇跡を感じているからだ。今の人間が生み出す科学の進歩はこれらの足下にも及ばない。事実は、只漫然と癌で死ぬ等と思ってはいけないのだ、脳腫瘍が酷くなれば頭が割れるほど痛く、意識レベルを下げるくらいモルヒネを使う事になる、内蔵の癌で腹水が貯まっても苦しい、神経が圧迫されれば痛みが出てくる。而も癌だけではない全身のDNAに影響が及ぶので如何なる症状、神経、ホルモン、代謝、内分泌、心筋の電気信号の異常、チェルノブイリエイズと呼ばれるものまで、、が出て来ても不思議は無い。
 
三つ目の理由は、もし避けられるのに避けずに子供や子孫に問題があった場合、子供、孫、夫、親、それらの血族、親族に言い訳が立たない、取り返しがつかない、苛まれる気持ちになると容易に想像がつくからだ。その状態に陥ったら、被曝被害,障害、病気や奇形を余儀なくされた、原発には何の責任も持たぬ筈の子供や孫達の顔を直視出来ないくらい自分が辛くなるのが分かっているからだ。害があると知ってるのに子供に選択余地がなく汚染の酷いと思われる食品を与える、間接的、直接的被曝を受ける事への容認,安全な物を子供に与える、という親としての義務の放棄とそれらに対する罪悪感である。
 
四つ目は、もし、万が一、避けても防衛しても障害や奇形が起きた時、自分の選択が悪かったのかと、負い目は残るだろうが、避難という行動をとった上の結果なら僅かな諦めとともに自分自身へ言い訳が立ち、ポジティブな形でそれを受け止め子孫に対して前向きな支援が出来る気がするのだ。
 
五つ目は、二つ目と少し重複するがお金は後から作れるが健康は難しい、同じ命は不可能、経済的な損益が出ても健康と命を優先したい。究極の問いは生保で健康がいいか、病んで生保がいいか、、というと前者が良いに決まっている。
 
六つ目は、幾ら待った所で救済は来ないし賠償金も当てには出来ない事実、、それどころか、待っていたら手遅れになる。僅かな賠償金の為に子供の健康を犠牲にしては成らぬのだ.
 
七つ目は、資本家、政治家 官僚、東電、御用学者、大企業、、利益の為に群がる者達の犠牲になるのだけは意地でも真っ平御免被りたい、誰一人として原発(利権)の犠牲になる価値は微塵のかけらも無い。
 
ちょっと羅列してみたが私には一番目の理由だけで避難には充分であるようだ、阻む者がいるなら距離を置くだけ、子供の安全は誰も保障してはくれない、両親、特に母親が庇うしか無いのだ。どうして、そうも簡単に思い切れるのかと人は不思議がるかもしれない。その考えを辿ると父がいつも私に言った言葉に突き当たる『人にさえ迷惑をかけなければ、どこで何をしても構わない、健康で幸せなら、寿命が短いほど親不孝な者はいない』親たる親の心情だと思う、そしてその意を汲むならば健全な種(しゅ)を残すべく行動は是認されるのだ。人間は一生物であり種の保存は一番大切な自然の天命なのではないだろうか。
 
然るに私が切望するのは如何なる理由であれ酷い汚染区にいる全ての人々が天命に従い自分の命と子供の命に責任を持って避難する事である。一人でも多く避難すれば紛れも無く日本の民族的危機を少しでも回避できる。又、考えると非常に恐ろしくなるのだが原発事故後も相変わらず世界は原発推進に向かっており、それを牽引しているのは日本の銀行の融資を受けている日本の大手企業であるという恥ずべき事実だ。今、私達には資本家の暴力は受け入れない屈しない姿勢が求められている。そして科学的根拠に基づく原発の廃止、事故後の避難が当たり前の世の中、風潮、危機に対する対応を広げる事は、取りも直さず原発が蔓延る地球上において日本国民、強いては人類の存続の是非に繋がってゆくだろう。



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