[CML 017042] Re: 桜井様2 Re: 櫻井様 Re: ある「『日の君』強制不服従」者の思考停止の奇妙さ・・・ある映画をめぐって

櫻井 智志 sa104927 at yahoo.co.jp
2012年 5月 15日 (火) 04:09:00 JST


深夜、作業をしつつ考えた結果、以下の結論にたどりついた。
増田さんの最初の投稿を読み直すために、リンクの四つの部分はすべて文章化して
メモリイに保存した、後で読解するために。

前回に、助言をいただいた方々にその後の結果を報告する必要上、「市民の風」にも
掲載を行うことにした。

整理すると、助言をMLでいただいたように最初の増田さんの投稿がドキュメンタリー
映画に関わってであることを踏まえていないことは、私の至らぬことである。
それを忘れずにいつつ、以下のことを述べたい。

‥敞邯宜残垢里海
日の丸・君が代処分を受けた全国の教職員の実態
私が戦前教育研究運動史での処分〜逮捕・実刑・全国の実態〜について述べたこ
 とについての増田さんの黙視
ち田さんのメーリングリストの文章における非常識さ

´△砲弔い討蓮継続的に資料を集め、追求していきたい。
は、現代日本の教育弾圧と戦前・戦時中の弾圧についての類似性と相違点について
増田さんに伝えたいと思い書いたことだが、見事に無視して通過していった。弾圧の
歴史性共通性のことなど視野の外の人間なのだろう。勤評を出さなかったために、戦後
日本で校長から降格された伊藤校長のことも、論外としていった。今自分が弾圧を受けてどれだけ大変な被害者であることを広く認めてもらうことで後は余裕もないのだろうか。
い海譴ら述べることである。

今回のメールを読み返す内に、最初はがまんできたが、しだいに怒りを覚えている。
あのような文体で、相手を徹底的に批判するようでは、同じ方向性にある処分を受けた
教師間でも、似たような物言いが予想される。
少なくとも弾圧者ではない側の人間にあのように徹底的に人格的批判、批判さえ通り越して非難、罵倒のたぐいの言葉で重箱の隅を突かれていて、相手がどううけとめるか、
想像力をもっているのだろうか。
増田氏は、確かに正しいと思っているのだろう。実際、石原都政による反動文教政治の
犠牲者である。
だが、他人に物を伝える時に、あの言い方は相手をどのくらい不快にさせ、ものを言う
ことさえ自分は正義だおまえは正義を見逃している欠陥人間だ、というふうに受け取っ
た。私は、増田氏の立場をわきまえていると言いながら、美辞麗句でおまえなんぞ何も
わかっていない、そういうふうに言外に聞こえる。これ以上生産的な対話ができないと
見極めた。
増田氏は東本氏の言を良しとし、東本氏は東本氏で最初の時から、「増田さんの返信
があったら、評論を書く」という趣旨のMLを公開されていた。背景でうろちょろしているのが見えるが、「平和の風」を数年間通して、氏の論法は何度も辟易させられているので、
改めて、ここに書いたことをもって東本氏にも、増田氏の論調から何の生産性も生まれてこないので、趣味的な議論のやりとりはしたくはない。東本氏の評論を読んでから、改めて考えさせていただく。
しているのが見えるが、

結論:´△鯆敢此Τ惱する中で、土肥氏の問題点と教育弾圧処分についての実態を
   より深めていきたい。
    少なくとも、増田氏の二度目のメールは、言論についての反論ではない。相手が
    いかに人格的に問題があるとする貶めとして私は受け取った。そのような人物に
    最初の時からずっと返信を待って、どう対応するか考え続けていたことが虚しく
    観ぜられた。
    平和反戦の教師ならば、何を他人に言っても通るという考え方ならばそれを私は
    よいと思わない。



--- On Mon, 2012/5/14, masuda miyako <masuda_miyako1 at hotmail.com> wrote:
> 櫻井様
>  増田です。あなたは「以後、何ももうしません」ということですけど、私は、相手が誰であれ・・・・都教委であれ、立派な賞を取っている「ドキュメンタリー」映画監督と称される方であれ、櫻井さんであれ(笑)・・・誤った歴史認識や誤った事実認識をしている人に対しては「あの、それ、誤ってますよ!」と、ものもうすヒトですので、今回も、それを実践させていただきます! 
>  先ずは「(増田サンは)文意をわかろうとする良識派と、勘違いしておりました」と櫻井さんが書かれているところから分析することにいたしましょうね。
>  この「文意」からいたしますと、「私・櫻井さんは文意をわかろうとする良識派です」という黙示の主張が明確に含意されていますね? でもね、櫻井さん、それって、お気の毒ですけど、あなたの大いなる「勘違い」ですからぁ(笑)・・・あなたは「文意をわかろうとする良識派」などでは全くありません。
>  先ずは、前段の「(増田サンは)文意をわかろうと(しないヒトである)が、(私・櫻井さんは)文意をわかろうとする(ヒトである)」という点の勘違いについて。
>  質問を一つしたら、どうして「(増田サンは)文意をわかろうと」しない非「良識派」ってことになるんでしょうかねぇ?(笑)・・・なんともはや、もっのすごい短絡的な決めつけ!? なので、と〜ってもとっても(笑)驚いてしまいました。
>  私は、書いておきましたように、直ぐに出かけなければならない用事があったために質問を一つしておいて、その櫻井さんのお答えを読んでから、きちんと時間をかけて返信しようと考えていました・・・こんなふうにね!(笑)・・・そのきちんと時間をかけた増田サンの返信の「文意」を見て(読んで)からでないと「(増田サンは)文意をわかろうとする良識派」か、そうでないか、「良識派」であれば、判断はできない、と判断するはずです。
>  つまり、結論は、櫻井さんは他人の文章の「文意をわかろうとする」どころか、それ以前までも到達していませんから、「文意をわかろうとする」未満!? であり、他人に対して、「あなたは文意をわかろうとする良識派ではない」 などと言える(書く)レベルにはない、ってことです。 
>  後段の「(増田サンは)『良識派』ではないが、(私・櫻井さんは)『良識派』である」という勘違いについて。
>  櫻井さんは私の質問、「土肥元校長が、『日の君』不起立で『権力の弾圧を』受けた『その少数派』と『団結』していこうというような言辞をなさった、あるいは行動をなさった、というような事実があれば、教えていただけますか?」に答えることができませんでした。櫻井さんに限らず、どんな土肥元校長の賛美者も、その事実をあげることは不可能です。なぜなら、そういう事実は無いからです。神様でもない限り、「無い袖は振れない」ものです(笑)。
>  さて、自分が質問に答えられないとき「良識派」のヒトなら、どういう態度をとるでしょうか? 「その事実を、私はあげることはできません。なぜなら、私は土肥校長について、その件に関する事実を調べたことはないからです。」と率直に正直にお答えになるでしょう。
>  ところが、櫻井さん、あなたは正直とか率直とかとは全く無縁に、それとは正反対に、直ぐおキレ(笑)になってしまって居直って「そんな質問を一つするなんて、増田さんは『文意をわかろうとする良識派』じゃないですね。そんな増田サンのようなヒトには何を言って(書いて)もわからないでしょうから、私は『以後、何ももうしません』」って・・・これ、増田サンは正確にあなたの『文意』をとってますでしょ?(笑)・・・捨てゼリフとは!? なんとまぁ、なんともはや、幼い、子どもっぽい態度をとられますことねぇ(笑)・・・どうして正直に率直に、知らないことは知らない、と言え(書け)ないのでしょうかねぇ? こういう人は「良識派」では、あり得ません。
>  私は、櫻井さんがCMLに投稿されはじめてから、なんだか、直ぐに「CMLを抜ける、抜ける」と騒ぐヒトみたいだなぁ・・・駄々っ子みたい、でも、直ぐに思い直されるようだから素直なヒトでもありそう・・・ただ、社会的トレーニングには乏しい、さぞお若い方なんだろうなぁ、という印象を受けていました。でも、前々回「私も今年定年退職」と書かれていましたので、それほどお若い方ってわけでもないのですね?(笑)・・・おっと、これは、よけいでした。増田サンにこんなこと書かれたからって、「CML抜けます」なんて言わないでくださいね・・・あ、「以後、何ももうしません」そうですから、杞憂ですね!?(笑)
>  さて、以上の前座(笑)で、櫻井さんはご自分で思っていらっしゃるようには「文意をわかろうとする良識派」では全くない、ってことは、ご理解いただけましたでしょうか? 
>  そこで、ここからが本番!(笑)、これから前々回の櫻井さんのご投稿にきちんと時間をかけて返信いたしますので、以後の「文意」を見られ(読まれ)てから、「増田サンは『文意をわかろうとする良識派』か、『文意をわかろうと』しない、非『良識派』か」、しっかり、判断してくださいね!
>  第一に、なぜ、私が、あの一つの質問をしたか? ということです。それは、私が土肥元校長について、以下の事実を把握しているからです。
> 「土肥元校長は、自分の立場は『日の君の被処分者』とは違うことを強調し、彼の集会等では、『日の君』関係のビラなどは配布しないよう、強く求めました。それなのに、どうして、『日の君』の被処分者の根津さんや佐藤さんと一緒に映画の『主人公』になることを承諾するのか、不可解です。勿論、理屈は後付けで、目立ちたい、立派な人間だと宣伝してもらいたい、それが全ての動機だとしたら、素直に理解することができます。勿論、侮蔑の意をこめて。」
>  これは、「『日の君』不起立」被処分者である友人から直接メールをもらったものの一部ですが、他にも数人の被処分者の方から、土肥元校長に同様な取り扱いを受けた、という経験について聞いております。「土肥元校長は、自分の立場は『日の君の被処分者』とは違うことを強調し、彼の集会等では、『日の君』関係のビラなどは配布しないよう、強く求めました」という事実が存在するのです。
>
  さて、櫻井さんは「個々の相違を認識しつつも、共闘できる部分では連携し連帯しなければ」と書いておられました。おお〜っ!? 何という美しく麗しいお言葉でしょう!? 通常は、これを『美辞麗句』ともうします(笑)・・・でも、肝心の土肥元校長自身に、『日の君』不起立で「権力の弾圧を」受けた「その少数派」と「団結」していこうという意志が皆無の時・・・ビラさえ配らせないんですからね〜・・・櫻井さんの美しく麗しいご主張のように、土肥元校長と、『日の君』不起立で「権力の弾圧を」受けた「その少数派』とが「団結」していく、「共闘、連携、連帯」していく、というのは机上の空論だろうと、「良識派」まで行かなくとも、普通に「判断力」があれば、判断できるのではないでし
ょうかねぇ?
>  第二に「ある時点から土肥さん自身も処分対象者の領域に入られた」という櫻井さんの事実誤認ついて。
>  土肥さんは「処分」を受けた事実は無いです。都教委の嫌がらせの「注意」指導はありましたが、これは「処分」ではありません。土肥さんは処分歴は無いにもかかわらず、定年後の再雇用を拒否されましたが、これも「処分」ではありません。そして、第一に明記しましたように、土肥さん自身、「他の被処分者たちと団結しよう」「他の被処分者たちと共闘、連携、連携しよう」ということは行動はもちろん、お言葉も無いです。
>  それで、私は土肥さんのパフォーマンス・プログラムからすれば、この再雇用拒否は織り込み済みだったはずだろうと考えています。「教育現場」外で、マスコミデビューなさるのに2〜3年ぐらいかけた、という方ですから、それくらいは想定内だったはずであり、むしろ、不可欠だったでしょう。
>  それでこそ「都教委に反旗を翻した唯一の勇気ある校長」に対する弾圧という、リベラルを売りとするマスコミのキャッチ・コピーにりぁりてぃーが出て、櫻井さんのように「処分を受けた側が個々の相違を認識しつつも、(土肥さんとも)共闘できる」はずだから、土肥さんへの批判は続けずに「連携し連帯」すべきだよ、それなのに土肥さんを批判し続ける増田さんは「共闘・連携・連帯」「団結」の破壊者だよ、という大いなる勘違いをする方も出てくるでしょう。
>  でも、「第一に」に明記しましたように、増田サンに対してそんな非難をするのはお門違いのアサッテ・・・・オトトイかな?(笑)・・・であることが「良識派」の方にはご理解いただけるものと思いま
> す。櫻井さんは、私にではなく、土肥さんにこそ、それをおっしゃるべきでしょう。
>  第三に「増田先生、あなたがそれを言ってどうでしょうか」について。
> 上記、縷々説明したところから、「増田先生」だからこそ(笑)、「それを言って」いるのだ、「それを言」えるのだ、ということがご理解いただけたのではないかと思います。
>  私は、櫻井さんの文章にある「偽物」と「本物」の見分け方の基準を「何をしたか? 何をするか?」におきます。特に、そのヒトの言動にウソがあるとき、言行背反するとき、私は「共闘・連携・連帯」「団結」以前に、「ヒト」として認めません・・・でも、私は日常の私的生活においてヒトを傷つけないためのウソの必要性は認めていますよ、ジョークも大好き(笑)。
>  第四に「土肥さんはヒトラーに従うアイヒマンと同等なのでしょうか」について
> これについては前田朗先生が[CML 016972]でご説明くださっていますので「良識派」であられる方にはもう、説明も不要かとは思いますが、念のために書いておきます。「ヒトラーの指示・命令=上からの命令には、何であれ服従するのは当然。従って、私に罪は無い」というのがアイヒマンの主張でした。
>  土肥さんは「都教委の指示・命令=上からの指示・命令には、個人的には反対でも、何であれ服従するのは当然。従って、『10.23日の君、強制』通達に従って教員に職務命令を出し服従しなかった教員を報告して都教委に処分させたし、『職員会議挙手採決禁止』通知に従って、職員会議での挙手採決は禁止したが、私は法令遵守者であって、罪は全く無いから、都教委による再雇用拒否は不当だ」と主張されています。
>  その主張において、土肥さんはアイヒマンと相似形ですから・・・私は合同=『同等』とは、もうしておりませんよ(笑)、そりゃ、全く、レベルが違いますから・・・でも、その完全な相似形において「土肥さんは『教育現場』においては、ミニアイヒマンでいらっしゃった」と評価することができる、と私は考えます。櫻井さんは、この土肥さんの主張はアイヒマンの主張とは、全く相反している、と主張なさいますか?
>  第五に、櫻井さんは土肥元校長について『あいまいな姿勢の元校長』とか書かれていますが、これも事実誤認ではないでしょうか?
>  上記「第四に」に明記しましたように、土肥さんの『姿勢』は全く明快で『あいまいな姿勢』など、どこにもありません。櫻井さんは、土肥さんの『姿勢』・主張の、どこの、どういう事実をさして「あいまいな姿勢の元校長」などと判断されたのでしょうかねぇ? 書き出して確認してみられたらいかがでしょうか?
>  第六に「増田さんは何度も土肥批判を続け」ですけど、この主張自体が、櫻井さんは他人の書いた文章の「文意をわかろうとしない」ヒトであることの証明になっていますよ! これも、「(増田さんの)文意をわかろうとしない」で、あるいは「文意」を理解できないための事実誤認に基づきます。 
>  私の投稿の件名は「ある「『日の君』強制不服従」者の思考停止の奇妙さ・・・ある映画をめぐって」でした。すなわち、私の『文意』の主眼は、土肥元校長部分は似非(エセ・・・『文意』は「似て非なる」!?)ドキュメンタリー映画である事実がある『私を生きる』という映画を批判し、同時に、土肥校長は都教委の手先なって『日の君』不起立者を弾圧した、という真実の説明なしに上映運動、あるいは上映協力運動をする『日の君』不服従者に対して、そんな言行不一致でいいのですか? という批判にあります。
> 『土肥校長批判』は、その『文意』の主眼に説得性を持たせるために必須のものですから、当然ながら、結果的には『何度も土肥批判を続ける』ことになりますけどね(笑)。
>  でも、その『土肥批判』は従属的なものであって、私の文章からは『土肥批判を続ける』ことが「文意」の主眼ではないことは件名を読むことができれば、誰にでも明快であろうと思っていたのですけど・・・件名さえ読めれば、私の『文意』は、特に『わかろう』とする努力も必要としない自明のことだと思いますけどねぇ・・・
>  従って、結論は、1/3似非ドキュメンタリー映画を、この事実の説明もなしに上映したり、上映協力運動をしている人たちがいる限り、それへの批判は続けられなければなりませんから、結果的には『土肥批判を続ける』ことにはなるでしょうね、ということです。
>  第七に「土肥批判を続けることは、増田さん個人への不信感を招くことになる』という、櫻井さんの恫喝的な文言ですけど、今のところ、1/3似非ドキュメンタリー映画(上映)批判に伴って「土肥批判を続けること」で、「増田さん個人への不信感を招』いていらっしゃる方は、櫻井さん一人ですから(笑)・・・わたしは心配しておりません。 
>  土肥元校長が『教育現場』で何を実践なさったか、という事実から目を逸らすことに利益を見いだすヒトでなければ、1/3似非ドキュメンタリー映画批判に伴って必然的に増田さんが「土肥批判を続けること」になることについて、特に『不信』をもたれることはないだろうと楽観しております(笑)。
>  第八に、櫻井さんが「闘いは感情的になったら」云々と書かれていることについて。ここには『増田サンは感情的になっている』ということが含意されていますね。では、櫻井さんは、私の投稿のどこに、どのように『感情的』になっている部分を見いだされて、こういう判断をなさったのでしょうか? 
>  ぜひ、増田サンが『感情的になって』いる部分を書き出してみてください。たぶん「あれっ? あんまり、感情的になっている部分はないみたいだなぁ」と気づかれることと思いますから、こういう作業をすることで、櫻井さんはご自分の判断の誤り・・・事実を踏まえる、という基本作業の欠如から必然的にもたらされる誤り・・・について、自覚できるのではないでしょうか? 
>  ちなみに、私が一つ質問しただけで、直ぐおキレ(笑)になってしまって居直って「以後、もう何ももうしません」というような反応をすることを、私は「感情的になった」という、と思うのですけど(笑)・・・ 
> 結論
>
  総じて、櫻井さんは『事実に基づいて判断する』というトレーニングが不足しているのはないでしょうか? 土肥さんに、他の被処分者と「共闘・連携・連帯」「団結」を求めているという事実が存在するかどうかを調べもせず、確かめもせずに、私に対して「被処分者同士の『共闘・連携・連帯』『団結』が何よりも大切なんだから、増田さんは土肥批判を続けるなよ。土肥さんと被処分者同士の『共闘・連携・連帯』『団結』を破壊することになるじゃないか」などと・・・これが、櫻井さんの『文意』であり、私・増田が櫻井さんの『文意』を正確に読み取っていることがご理解いただけるでしょう・・・というのは、全くお門違いの、アサッテの、オトトイの、的外れの・・・ええいっ!? 大サービスに
もう一個いこう!(笑)『正鵠を失う』論難である、ということです。
>  他の被処分者と「共闘・連携・連帯」「団結」を求めていない人物と、どうやって、他の被処分者が「共闘・連携・連帯」「団結」していけるのでしょうか? 美辞麗句も私はけっこう好きなんですけどねぇ・・・でもね、物事は事実に即して考え、提案していかなければ、何ごとも前に進まないんではないかと思いますよ。
> 追伸
>  櫻井さんは「厳しい闘いのなかで、どうぞお身体に留意され、ご健闘を祈念しております。」とお書きくださっていましたが、以上の私の『文意』から、増田さんは『お身体に留意』はもちろん、櫻井さんから「ご健闘を祈念』いただく必要はないヒトであることが、櫻井さんにもご理解いただけたでしょうね?(笑)
>  もっとも、こういう麗しい決めゼリフは、「良識派」を気取りたいヒトには必須アクセサリーともうせましょうか(笑)。
> 追伸2
>  櫻井さんは土肥さんについて判断する場合に大切な事実をまるで御存じないようですから、せっかくですから、最後に、土肥さんが「『日の君』不起立、解雇」裁判の証人となられて証言された中の事実も教えて差し上げましょう。 
> 「おやっ?」と私が耳をそばだてたのは、土肥さんが、1998年の都教委による「職員会議の補助機関化」を「ある程度正しい」と証言されたことです。その理由について、「補助機関化であれば、能力のある校長であれば自分が正しいと思うことを決めることができる」からだ、と・・・さらに、「国旗・国歌の指導が学校でできるようになってきたというのは、どういう経緯」かと聞かれると、「補助機関化になったからです。」「補助機関化を境に変わった」と証言しました。
>  この証言は、「補助機関化が『国旗・国歌の指導』を可能にさせた、補助機関化は正しかった」、と云っているのですから、結論的に、「10.23通達」による都教委の「日の君」強制を「肯定する」ことと等しくなりますね。ただ、やり方が「強権的」という批判はしていますが。自らを「能力ある校長」と言い切る不遜な態度も、どうかと思いますけどね・・・ 
>  また、土肥さんを知る都高教の方に聞きましたら、校長でなかった過去には「彼は『職員会議の最高議決機関化』を全面的に主張した執行部多数派の組合活動家であった」という事実もあるそうですよ。 
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