[CML 016802] Re: 東本さんの転向 Fw: 橋下は既に「再稼働・原発維持容認」に路線転換済み

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2012年 5月 3日 (木) 10:21:27 JST


前田 朗です。
5月3日


東本さん

ご主張はわかりますが、これでは説得力がありません。


第1に、「脱原発派は橋本市長らを誤解して高く評価している。真実がわかって
いるのは自分だけ」という思い込み。

脱原発派の大半(少なくとも私が知っている数十人)は、最初から橋本市長らの
限界を見抜いていますよ。それでも脱原発に役に立つ範囲では評価しているとい
うだけであって、脱原発だからと橋本市長らを積極的に評価しているわけではあ
りません。


第2に、私たちは、私たちの脱原発運動をいかに押し進め、いかに実現するかを
議論し、追求しているのです。それこそが最大のテーマであって、橋本市長らが
脱原発にどんなスタンスかは二次的な問題にすぎません。橋本市長らが脱原発で
頑張ってくれるのならそれはそれで歓迎ですが、どこまで信用できるかは別です
し。橋本市長らがどうかが重要なのではなく、私たちの運動が何を作り出せるか
が重要なのです。この点ぬきに橋本市長らをあげつらってもさして意味がありま
せん。


第3に、橋本市長その人とと、飯田哲也氏その他の人々とをいっしょくたに論じ
ているのは大雑把すぎますね。まあ、理由のないことではありませんが。


第4に、これは揚げ足取りですが(笑)、一方で、「しかし、ここにきて、橋下
氏及び橋下氏ブレーンの面々の言う「脱原発」はやはり原発再稼働を認めるたぐ
いの「脱原発」主張でしかなかったことはもはや明々白々になった、といわなけ
ればならないでしょう。」と書きながら、他方で、タイトルを「路線転換」とし
たり、「■橋下の転向(原発)(Open ブログ 2012年4月26日)
 http://openblog.meblog.biz/article/8783020.html」を高く評価して引用して
いるのは、疑問です。

もともと「無節操」や「機会主義」が特徴と批判するのなら、無節操等と繰り返
せばよいのであって、「転向」とは言いません。東本さんは橋本市長の「転向」
論ではなく、橋本市長らのもともとの限界を唱えていたはずです。違いますか?

東本さんは、いつ「転向」論に「転向」したのでしょうか。


----- Original Message -----
> 先に、といってもまだ2週間ほど前のことですが、私は、大阪市の橋下市長が
関西電力の株主総会で全原発廃止提案を含
> む株主提案をするというニュースがメディア各紙で肯定的かつ無批判的にかま
びすしく報道され、それゆえにということでも
> おそらくあるでしょう、脱原発派の市民レベルでも橋下氏及び橋下氏ブレーン
の飯田哲也氏や古賀茂明氏を「脱原発」の有
> 力なパフォーマーであるかのように評価する論評も少なくなかったときに、橋
下大阪市長の唱える脱原発宣言は「所詮ポピ
> ュリズムのパフォーマンスとしての『原発廃止』でしかないこと」、また、
「橋下氏及び橋下ブレーン(大阪府市統合本部特別
> 顧問の面々)のぶち上げる『脱原発』株主提案は再稼働を認める『脱原発』の
たぐいにしかすぎない」ことを私なりに実証的
> に明らかにする記事を書きました。
> http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-419.html
> 
> しかし、それでも、橋下氏及び橋下氏ブレーンの飯田哲也氏や古賀茂明氏を
「脱原発」の人とみなす風潮は依然として低層
> でというべきか、あるいは中層でというべきか、ともあれトンネルの向こうの
だまし絵のようなシュールな幻惑感をともなって
> 根強いものがありました。ポピュリズムというものの一面の正体はそういうと
ころにあるのかもしれません。
> 
> しかし、ここにきて、橋下氏及び橋下氏ブレーンの面々の言う「脱原発」はや
はり原発再稼働を認めるたぐいの「脱原発」主
> 張でしかなかったことはもはや明々白々になった、といわなければならないで
しょう。ここにきてというのは、次のような事態
> を指しています。以下、転載。
> 





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