[CML 016786] 小倉利丸さんの『瓦礫論』

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2012年 5月 2日 (水) 10:48:39 JST


小倉利丸さん(ピープルズ・プラン研究所共同代表、前AML管理人、富山大学教授)が『瓦礫論』という論攷をご自身のブログ
にアップされています。

■パンフレット『瓦礫論』(No more capitalism 2012年4月23日)
http://alt-movements.org/no_more_capitalism/modules/no_more_cap_blog/details.php?bid=159
http://www.alt-movements.org/nomorecap_files/garekiron_e.pdf

小倉利丸さんの上記論攷に見る震災がれき問題に対するスタンスに私は賛成します。

私は先に猪飼周平さん(一橋大学教員)の「原発震災に対する支援とは何か―福島第一原発事故から10ヶ月後の現状の整
理」という論攷をご紹介したことがありますが、小倉さんの問題提起はその猪飼さんの問題提起とともに震災がれき拡散問題
を考える上でのきわめて公平な理念の提起になりえていると私は思います。こうした認識が広く人々の、とりわけ脱原発運動
や市民運動にかかわる人々に共有され、共通認識となる日が一日も早く来ることを私は願っています。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-391.html

■パンフレット『瓦礫論』(No more capitalism 2012年4月23日)
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このブログに書いてきた瓦礫についてのエッセイに加筆してパンフレットにしました。かなり加筆した箇所もありますので、ぜひ
お読みください。まえがきを以下に転載します。

目次
まえがき
第一章 原発輸出と汚染瓦礫の処理---東京をゴミ捨て場に!
第二章 運動の想像力について---「東京をゴミ捨て場に」再論
第三章 10万年を見すえた運動の民主主義---瓦礫問題再論
第四章 「拡散するな」から「被曝させるな」へ
あとがき


まえがき
このパンフレットは、私が昨年から今年にかけてブログに書いた瓦礫問題についてのエッセイに若干の加筆をしてまとめた
ものだ。

福島原発事故がもたらした広範囲にわたる放射能汚染は、東日本大震災の津波被害にあった地域をも襲い、瓦礫もまた
多かれ少なかれ汚染された。政府は被災地の復興の妨げになっている瓦礫の処理を震災の地元だけではなく、日本全国
の自治体による分散処理という方針を打ち出した。以降、脱/反原発運動のなかで瓦礫の受け入れに反対する運動が急
速に拡がってきた。

「汚染瓦礫拡散反対」「瓦礫受け入れ反対」の拡がりのなかで、私はある種の違和感を感じてきた。その違和感を言葉に
したのがこのエッセイである。しかしだからといって、政府が被災地の復興のためには瓦礫の広域処分が必要であるとい
う主張に、私はまったく納得していない。瓦礫受け入れ反対運動の多くが批判しているように、政府の広域処理は説得力
に乏しい。政府の言い分は、被災地の復興を支援するというのであれば瓦礫を受け入れるべきである、というある種の脅
しである。瓦礫受け入れの是非を被災地を見捨てるのかどうかという踏絵にしようという意図を私は感じる。原発を推進し、
日本の経済的繁栄のために地方を犠牲にしてきた近代以降のこの国の歴代の政権が口にする「復興」を私は信用する
ことができない。問題は「復興」の内実である。「復興」の主導権を政府や資本が握っているかぎり、いかなる意味でも東北
の「復興」は、中央の政府や資本の利益に利用される従属的「開発」にしかならないと思う。

他方で、瓦礫拡散反対の主張への私の違和感は、瓦礫が放射性物質によって汚染されているとすれば、それが被災地
にあることによって被災地もまた危険にさらされているはずであり、拡散に反対することが、被災地に瓦礫の危険を押し
つけることになりはしないか、という疑問である。被災地の人々が瓦礫の危険を引き受ける義務があるのだろうか。私は、
そのような義務はないと考えているし、反対を主張する人々も同様だろう。しかし、「瓦礫引受けを拒否するのであれば、
誰に引受ける責任があるのか?」という問いと、責任のある者に責任をとらせる運動を視野にいれない限り、受け入れ
反対は被災地への押しつけという間違ったメッセージを発信してしまうのではないか。だから、被災地に放射性瓦礫を事
実上押しつけるような反対運動をすべきではない、というのが私の主張である。

政府の瓦礫広域処理の踏絵を拒否すること、しかし、放射性瓦礫を被災地に押しつけるべきでもないこと、責任のある
者に責任をとらせること、この三つの条件を満すスタンスはありうるのだろうか。これが、瓦礫について、この間私が考え
てきたことである。
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東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



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