[CML 015915] <テント日誌 3/22(木)>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2012年 3月 24日 (土) 11:49:10 JST


<テント日誌 3/22(木)―――経産省前テントひろば194日目>
     原発労働者からの問題提起を受けとめて
     
3月22日(木) 晴れ 気温も上がり、もう春の陽気である。
テントに行くと、福島原発に作業員として入っているK君がいた。
彼は先日、アメリカの廃炉化を控えている原発のある州での、TVシンポジウムに出演し、公然化したばかりで、福島原発の現場ではシビアな状態に置かれているそうだ。
 それだけではなく、やはり被曝の状態について気がかりである。先日も、福島原発で作業員として働いていた労働者が白血病だか、心筋梗塞だかで亡くなったという報をどこかで見た。
 その彼が言うには、除染作業というのはある場合には、原発現場の作業よりも多くの被曝をするのだという。そういう作業に特別知識も訓練もない人達が、まともな防護策もなく駆り立てられているのを見ると、たまらないという。
 その場にいた者達との間で、原発労働者・被曝労働から見た原発問題及び反原発運動ということが話題となった。彼が強調したのは、原発問題は差別・貧困ということと切り離し得ないということであった。この差別ということには、地域的な問題と、階級的・階層的な問題があり、それが重なり合うところに原発があるということであった。
前者は東京−首都圏と、東北−福島との間の一種の植民地的構造であり、後者は非正規労働〜移住労働者・在日・部落・寄せ場・野宿者等様々な差別と貧困の構造であり、その重なりの中に、幾重もの下請け構造の底辺で最も多くの被曝に晒される最も非人間的な労働として被曝労働があり、それによって原発が成り立っているということであった。
 どうにも処理することのできない核廃棄物と被曝労働、原発は絶えずそれを生み続ける。
東京における反原発運動が、どれほどこのことを内在化しえているか、というのが彼の問いであった。それを言い残して彼は、福島原発へと帰って行った。

 夜、テント前では4〜5人の若者達のライヴが行われている。脱原発〜3・11霞ヶ関の真ん中で愛を叫ぶ〜 というライヴだそうだ。テントの中では運営会議が行われていたが、それが終わる頃ライヴも終わり、第1テントの中は溢れんばかり。
 原子力安全委員会や野田政権の動向や、明日からの連続行動を話題にしながら夜は更けていく。
                ( Y・T )
 


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