[CML 015669] <テント日誌 3/11(日)>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2012年 3月 14日 (水) 08:09:16 JST


<テント日誌 3/11(日)―― 経産省前テントひろば 183日目 >
  〜 東日本大震災で亡くなられた多くの方への追悼を胸に、
                   世界中で「脱原発」を訴えた一日 〜
  
 多くの方が犠牲になった東日本大震災からちょうど1年目のこの日、福島をはじめ日本の各地、世界各国で、追悼集会、抗議集会が開催される事になっていた。東京の天気予報は、あいにくの「曇り後雨」だが、午前中から晴れ間も出ている。何とか最後まで何とかもってもらいたい。
 テントのスタッフの多くが、郡山で開催されている県民集会に多くの人達が参加しているので、どの程度の人がテントに来ているか心配だったが、14時少し前にテントひろばへ着くと、既に多くの方が座り込みをされていた。いつもの日曜日の午後の霞ヶ関周辺は、人通りが少なく、のんびりとした空気が流れているが、この日は、抗議行動を前にどことなく緊張した雰囲気も漂っている。日曜の泊まり当番のKさんもすでにテントへ来ており、お互いの行動予定を確認し、テントへ荷物を置いて、日比谷公園の中幸門へ向かった。

 かもめ広場から日比谷公園に入り、集会場所に向かうと、すでに集会が始まっていた。主催団体の「首都圏反原発連合」の各団体の幟が立つ中幸門を中心に日比谷公会堂の前のスペースには、たくさんの人。ざっと見て、2000人はいるだろうか。集会加者は老若男女。若い女性も多く、外国人の姿も多く見られる。そんな中、集会参加者に取材のためインタビューをする海外プレスの姿が目立っていた。遅れてきたので、中心から離れた場所にいたが、スピーカーの音量が小さかったために、話がよく聞こえなかったのが、少し残念に思った。
 オペラ歌手ステファノ・ロドラさんの感動的な追悼の歌唱の後に、東日本大震災が発生した14時46分に東日本大震災で犠牲になられた方へ参加者全員で黙祷を捧げ、15時過ぎに最初の艇団の行進がスタートした。
 私は、知人が主催メンバーに入っている「エネパレ」が参加する第5艇団へ加っていたが、30分経っても日比谷公園の中で待機している人の数がなかなか減らなかった。後で聞いたのだが、集会中、デモ出発まで、後の方で待機していたグループがあり、出発直前に増えたようだ。予想以上に多くの人達が原発を止めたいと思って集まってくれた事に感動を覚えた。

 15時40分まで中幸門で待機していたが、なかなかスタート出来ないので、一度、テントの様子を見にテントひろばへ戻る事にした。経産省前の坂を上り、テントの方を見ると、人だかりが出来ている。「うーん、やっぱりいつもの某排外主義者の団体が来ているのか。」テントの前まで来ると、テント前で座り込みをしている人の前に、警官隊を間にして、テントのスタッフといつもの某排外主義者の団体40人弱くらいがにらみ合っていた。
 某排外主義者団体の人達は、相変わらず、差別的な表現で口汚なく罵っている。わざわざテントへ来て下さった方々へ嫌な思いをさせてしまった事を、本当に申し訳なく思う。
某排外主義者の集団は暫くヘイトスピーチを行っていたが、日比谷公園を出発したデモ隊の第一艇団が経産省の前に来ると、戦々恐々となっていた。その後、状況を察したのか、ドラム隊の大規模な第二艇団が通過した後に、早々に切り上げて帰って行った。
 それからも次々とデモの艇団がテントひろばの前を通過して行った。デモ隊からは、「テントを守れ!」と嬉しいシュプレヒコールも。テントひろばにいらしていた人達も沿道で声援を送り、一緒にコールをし、お互いに手を振って、声援を送りあった。
 デモ隊がテント前を通過して日比谷公園へ向かうのとすれ違う格好で、デモを終え、日比谷公園から国会議事堂へ多くの人達が続々と向かって行った。事前の見積もりでは、千数百人で国会を囲めると言う事だったので、間違いなく国会を包囲出来る人数だ。途中テント広場へ寄って下さる方も多くいらっしゃり、本当に有難い。
 そんな中、右翼団体の街宣車が6台くらい訪れ、テントとデモ隊へ罵声を浴びせ始めた。警察車両がいたため大きな問題にならなかったが、国会包囲へ向かう人達と接触があったと言う事だった。用心のために国会包囲には参加せず、テントで、18時〜予定されているライブの準備のお手伝いをすることにした。
セッティングがほぼ終了して、パラついていた小雨も上がり、さあこれからという段階になって、音響設備の電源をとる発電機を貸し出している事が判明し、貸し出先への連絡がとれず、大慌てとなった。方々へ確認した結果、国会包囲網へ参加した人が使用していることが判り、テントへ返却してもらったが、結果1時間半、開始が遅れてしまう事になった。わざわざ、ライヴにいらしていただいたにも関わらず、開始時間が大幅に遅れてしまったために、お帰りになった方もいらっしゃった様で、こちらの不手際でご迷惑をおかけした事を大変申し訳なく思っています。この場を借りてお詫びをいたします。
 開始時間が大幅に遅れたにも関わらず、約1時間半に渡って、心のこもった演奏と歌を披露してくれた。「もんじゅを無くそう」では、テント前ひろばにいらした多くの方も大いに盛り上がっていた。ライヴの間、テントへ入りたいと言う女性もいらして、中に入っていただき、少しだけお話をしたが、ライヴの手伝いなどがあり、十分にお話が出来なかった事を残念に思っています。これに懲りず又いらして下さい。
 ライヴが終了して片づけが終了した頃には、テントは通常の静けさを取り戻した。ライヴの間、受付でお名前を書いていただいた方の人数を数えたら、480名以上。記名していただいていない方も含めると、500名以上の方が訪問してくれたのではないかと思う。多くの人に来ていただき、たくさんのカンパも頂戴した。色々な事があったが、デモのコールで応援して下さった方も含め、本当に多くの人がテントの存在を知り、応援をしてくれている事を実感出来た一日だった。今まで、テントを維持するために手伝ってきて本当によかったと思った。  
                                                  (Toku-san)



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