[CML 015638] 「 がんばろう日本」ではなく、「変えよう日本」 3.11福島県郡山集会

石垣敏夫 motoei at jcom.home.ne.jp
2012年 3月 12日 (月) 17:42:45 JST


                                                                  2012.3.12
3月11日(日)福島県郡山市脱原発大集会・デモ
郡山市開成山野球場 16000人(主催者発表)バス約100台秋田、静岡等全国から結集
「 がんばろう日本」ではなく、「変えよう日本」 
  イベント 加藤登紀子さん ドイツの方から1万羽の折り鶴が直接手渡される
  お話 (一部紹介)  大江健三郎さん    
  「想像しなさい」「原発と核のない世界を」とジョン・レノンのイマジンの歌をあげ、「原発は人間の生きる妨げになる、
倫理を欠く行動です」と述べた。
  地元川内から郡山に避難した高校生
「人の命が守れないのに電力とか経済など言っている場合ではないはずです」と話した。
  浪江市から本宮市に避難し、仮設住宅に住んでいる女性
  避難時の延々と続く車、恐怖の徒歩は戦争時さながらでした。
 いつも苦しめられるのは民衆で、住民どうしの差別と分断(避難と残留の対立等)に目を向けなければなりません。
 希望は見えませんが、脱原発、反原発が唯一の希望かも知れません。
 親は「なぜ原発を止めれなかったの」という子どもの問いに答えなければなりません。

<デモ行進>野球場から市内
郡山市放射線量3月11日測定、さいたま市(0.05)の12倍から26倍 0.6から1.3マイクロシーベルト
東北自動車道で郡山ドライブインへ、放射線量は一気に0.9を示す、野球場の前のコンクリート上は0.6、デモ行進中、市中場所により1.3示す。
外路地で子ども見ることはなかった。 
公園の立て札 除染前 2.3 μSv/時 除染後1.44μSv/時
というのがあった。街は正常であったが明らかに高濃度の放射線量下で人々は生活している。
 デモ行進の出発口で農民が「みなさんは帰る家があります、私たちは農場を奪われ、まだ仮設の家にしか戻れません」と訴えていました。
 数十万人を路頭に放り出し、まだ再稼働を口にしている、野田首相らは現地の生の声を聞くべきでしょう。
 政府は県民の避難(移住)を優先させず、東電に除染費用を出させず、1兆円を超える私たちの税金を使い、
また放射能汚泥、焼却灰も東電の土地にどうして保管させようとしないのでしょうか。(石垣)


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