[CML 015637] グランサコネ通信―120312

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2012年 3月 12日 (月) 17:20:50 JST


前田 朗です。
3月12日

グランサコネ通信―120312

今日も晴れ。1月は大寒波だったそうですが、2月下旬以後は連日快晴続きで、
すごしやすい日々です。


1)人権理事会・国内避難民報告書

3月7〜9日は主に子どもの権利をめぐる審議でしたが、私はカナリア諸島に行
ってきたので、傍聴していません。

飛行機の中で、チャロカ・ベヤニ「国内避難民の人権に関する特別報告者」の報
告書(A/HRC/19/54)を読みました。Internally displaced persons(IDPs)は、
難民が国境を超えるものと定義されているために、事実上の難民であって国境を
越えていない場合にも重大人権侵害被害者であるために、国連総会決議66/165
などによって設定された概念です。もともとは武力紛争、民族対立、迫害などに
よって居住地域から追い出された人々のことですが、いまでは「自然災害状況に
おける人の保護に関するガイドライン」(A/HRC/16/43)
もあります。ベヤニ報告書では、モルディヴ調査の中で気候変動と海面上昇、環
境変化の問題を取り上げています。2004年の津波によって1600人がまだ避難した
まま、帰還できていないことに触れています。
そうであれば、東日本大震災と福島第一原発事故によって避難を余儀なくさせら
れた人々の状況を国連人権理事会に報告していくべきではないのか。これまで考
えてきませんでした。すでに試みている人はいるでしょうか。


2)	平穏な抗議と人権

人権高等弁務官事務所が人権理事会に提出した報告書の一つに、平穏な抗議と人
権に関するものがあります。正式には「国連人権高等弁務官事務所が準備した、
平穏な抗議の文脈での人権の促進と保護に関する人権理事会パネル・ディスカッ
ションの要約」(A/HRC/19/40. 19 December 2011)です。内容は、昨年9月1
3日に、人権理事会18会期の中で開催されたパネル・ディスカッションの記録
です。私は9月の人権理事会には参加したことがありません。春休みや夏休みし
か参加できないので。このため、このパネル・ディスカッションのことを知りま
せんでした。

日本ではこのところ、脱原発デモに対する警察規制が強化され、逮捕事例が相次
いでいます。これに対して、『救援』『無罪!』『マスコミ市民』に連載してい
るコーナーで、「デモと広場の自由」をめぐって文章を書いてきました。その参
考になるかと思い、報告書をざっと読んでみました。

冒頭にナヴィ・ピレイ人権高等弁務官があいさつし、モハメド・ナシード・モル
ディヴ大統領が発言しています。ナシード大統領は、自分は大統領として招かれ
ているが、就任以前の人生の大半を平穏な抗議を行うことに費やしてきた、と切
り出しています。コミュニケーション技術の発達により、メディアは世界の事象
を伝えるレンズとなり、政府による情報統制はもはや困難になったことを指摘し
ています。特にリビアとシリアの例を取り上げて、政府が、対話と改革ではなく、
脅迫と暴力に出てしまったことを指摘。平穏な抗議を、より幅の広い改革と以降
の重要な部分であると位置づけて、8年前のモルディヴの政権交代に言及してい
ます。モルディヴのような移行期の国家が直面しているのは、第1に、民主主義
と人権保障を確実にする独立の組織制度の構築であり、第2に、移行期の司法と
和解のための仕組みづくりです。(今年になって、モルディヴはふたたび混乱に
陥り、政変が起きています。ナシード大統領は、この演説の責任を取ってか、暴
力による弾圧を回避しています。)

マイナ・キアイ「平穏な集会・結社の自由の権利に関する特別報告者」は、ケニ
アで25年間、人権活動家として活躍し、平穏な集会と非暴力による改革を目指
してきました。この権利は民主社会の心臓であり、保護されねばなりません。国
家には3つの義務があります。第1に、平穏な抗議に対する暴力行使を控える義
務。第2に、平穏な抗議の権利を行使する個人を非国家行為者による妨害から守
る義務。第3に、発生しそうな侵害を予防する積極的措置を講じて平穏に抗議す
る権利を実現する義務。侵害が生じた場合には、国家は徹底捜査して、被害者に
補償を提供する義務があります。この義務は国際人権法の下だけではなく、武力
紛争時などに関連する国際人道法の下でも適用されます。キアイ特別報告者は、
インターネットなど技術革新によって市民が平穏に抗議する権利を行使しやすく
なっているが、一部の国家はこうした手段を抑圧していると指摘しています。平
穏に抗議する権利は国際法では保障されているが、現実には多くの国で抑圧され
ています。そこでキアイ特別報告者は人権理事会がこの問題を継続審議するよう
に求めています。第1に、欧州安全保障機構が作成した平穏な抗議に関するガイ
ドライン(このガイドラインについては、救援連絡センターの機関紙「救援」に
数回にわたって紹介しておきました。そこではワルシャワ・ガイドラインと呼ん
でいます。国際的にそう呼ばれているわけではなく、私が勝手に命名したもので
す)や、国連の関連文書に従うこと。第2に、各国が、抗議についての政策を人
権尊重の方法で行うように確保すること。第3に、法執行機関(個人も組織も)
が平穏な抗議の権利の行使に関連する人権侵害について責任を取ること。第4に、
各国がインターネットに関する規制をやめて、アクセスを保障すること。第5に、
各国が開かれた社会の実現に努力すること。

サンティアゴ・カントン「米州人権委員会事務局長」は、平穏な公共の講義を制
限できるのは、人々にとって重大な危険がある場合に限られると言います。その
場合でも、まずは集会の時と場所の変更。そののちに実力による介入です。カン
トン特別報告者は、表現の自由だけでなく、移動の自由も強調し、さまざまな利
害が共存する多元的社会のメカニズムの一環としての自由を掲げます。

マイケル・ハミルトン「欧州安全保障機構・集会の自由専門家パネル事務局長」
は、ワルシャワ・ガイドラインに続く、「ヴェニス委員会による2010年ガイ
ドライン」を紹介しています(ワルシャワ・ガイドラインの修正版です。私は未
見。これから調べます)。ハミルトン事務局長は、ワルシャワ・ガイドラインは
いくつかの国家の立法に影響を与えてきたし、ソフト・ローとなっているとして
います。ハミルトン事務局長は、次の勧告をしています。第1に、人権理事会が、
国際的地域的ネットワーク(米州、欧州など)を確立・促進し、平穏な集会の権
利を保障するベスト・プラクティスを明らかにすること、第2に、人権理事会に
おける普遍的定期審査などでの平穏な集会の権利に関するデータベースを保持す
ること、第3に、NGや人権活動家のための地域的研修を実現・支援すること、
第4に、デモに対する実力行使が人道に対する罪や、致死傷の結果をもたらした
場合、責任を解明するメカニズム研究を支援すること、第5に、実力行使よりも、
デモの実現交渉を重視すること。

レイク・ティー・カウ「マレーシア人権委員会副議長」は、マレーシアにけるデ
モ(とその混乱)の歴史を踏まえて、たとえば次の提言をしています。第1に、
警察はデモ計画を文書で知らされるべきである、第2に、警察と市民社会は、届
出の時と内容に関して協力するべきである、第3に、交通や公共に対する影響を
少なくするために、集会組織者と警察は十分な協議・調整を行うべきである、第
4に、集会開催によって自分の権利が影響を受ける者は、裁判所に介入を求める
ことができる、第5に、組織者は群衆のコントロールについても準備を怠らない
ようにするべきである。

バヘイ・エルディン・ハッサン「カイロ人権研究所事務局長」は、2010年1
2月以来、抗議を計画する集団間に真剣で建設的な対話がなされていないとして
います。「アラブの春」の経験を踏まえています。各国政府が、殺害、大量逮捕、
拷問、失踪などの暴力に訴えていると批判しています。ハッサン事務局長は「国
連・平穏な抗議の文脈における人権促進保護宣言とガイドライン」をつくること
を提唱しています。主な項目を13あげています。たとえば、生命の権利と拷問
されない権利。大規模抗議を受けた政府・指導者は、抗議の基本権があることを
宣言すること。デモに外国人・傭兵を雇うことの禁止。平穏なデモに対して軍隊
を利用することの禁止。抗議、座り込み、平穏な性質のデモを処罰するべきでは
ない。平穏な抗議・デモ参加者の拘禁は、人身と公共の安全目的の場合にのみ許
される。公共の安全、公の秩序などは明確に、あいまいさを残さずに、国際人権
基準に従って、法的に定義されるべきである。暴力、憎悪、外国人排斥の扇動と
闘うべきである。

発言者により、関心がかなり違います。また、各国政府も発言していて、当時の
議事録を見れば出ていると思いますが、本報告書ではきわめて大雑把なことしか
わかりません。

私の関心からは、ワルシャワ・ガイドラインの修正版を確認しなければならない
ことと、ハッサン事務局長の「宣言」作成提案が単なるその場の思いつきなのか、
それともある程度具体的な話なのかを知りたいところです。要調査。


3)池上英洋『西洋美術史』(ちくまプリマー新書、2012年)

イタリアを中心とする西洋美術史研究者による入門書です。イタリア中世からバ
ロック時代の芸術の分析を通じて、社会構造や思想を明らかにするのが美術史と
いう理解です。つまり、いつ、どこで、だれが、どんな作品を描いたかの、さら
に一歩先で、なぜ、その時代に、その場所で、このような作品が描かれたのかを
明らかにする方法が美術史です。著者は絵を読むために、記号、イメージ、シン
ボル、アレゴリー、イコノグラフィー、イコノロジーなどの方法論的関心を開設
し、時代とともに、産業の発達とともに絵画がどのように変容したかを解説しま
す。
わかりやすいのは、絵を描く側よりも、絵を注文し、購入する側が誰であったの
か、いかなる関心を持っていたのかが変容してきたことの説明です。たとえば肖
像画であれば、権力者やお金持ちがお金を出して自分の肖像を描かせるわけです
が、パトロンも時代とともに変化します。王侯貴族がパトロンになる場合と、富
裕市民がパトロンになる場合では必要とされる絵が変わります。「“描かれた貧
困層”を買う人々」という項で、バロック時代の17世紀には登場していた路上
生活の貧困少年の絵画などは、富める者から貧しいものへの施しを勧めるために
描かれたものです。
著者は最近、国学院大学に移動しました。国学院には宮下誠という俊秀の美術史
家・批評家がいらしたのですが、残念ながら亡くなりました。もしかすると、そ
の後任?


4)野本陽代『ベテルギウスの超新星爆発――加速膨張する宇宙の発見』(幻冬舎
新書、2011年)

オリオン座のベテルギウスがもしかすると今年大爆発するかもしれない。そんな
ニュースが流れました。実際には、10万年後かもしれないし明日かもしれない
という範囲の予測なのですが。星がその生涯の最後に自らを吹き飛ばす超新星爆
発が起きれば、観測によって天文学は一気に飛躍的発展を遂げるでしょう。そう
いう関心から、ベテルギウス爆発の意味を知るために、天文学の歴史の初歩から
最近までをわかりやすく解説しています。この手の本が次々と出版されています。
ブルーバックスにはズラリと何冊も勢揃いしていますが、なにしろこの分野は変
動が著しいので5年もたつと古臭くなります。入門書もどんどん書き換えられて
いる状態です。また、著者は法学部出身ですが、長年サイエンスライターとして
活躍し、素人向けの入門書という点では多くの業績があり、定評があります。若
手専門研究者による入門書はわかりにくいのですが、著者の入門書はとてもわか
りやすいからです。





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