[CML 015594] Re: 【毎日新聞・福井地方版】東日本大震災1年:見つめ直す原発のあるまちで/1 反対派と推進派 二項対立、克服を求めて /福井

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2012年 3月 9日 (金) 13:56:01 JST


内富さん、おっしゃっておられることはよくわかるのです。

「話し合い」はとても大切な民主主義の基本であり、民主主義の手段といってもよいものです。私の小学校時代はアメリカの
教育学者のジョン・デューイのいわゆる問題解決学習法が全盛期の時代でしたから、60人は優に超えていた当時のすし詰
め学級の子どもたちはなにかにつけて6、7人の班に分けられ、民主的な「話し合い」なるものにいそしんできました。しかし、
自戒をこめて反省的に当時のことを振り返れば私たち子どもらに肝心のその民主的な「話し合い」の習慣が身についたかど
うかはおおいに疑問とするところです。

そういう意味で、内富さんがご紹介される毎日新聞記事「反対派と推進派 二項対立、克服を求めて/福井」はにべもなく言
ってしまうとまことに懐かしい限りのきわめて単純で素朴な「話し合えばわかる」論のように思います。

「話し合えばわかる」ですぐに思い出すのは、五・一五事件の際のときの宰相、犬養毅の「話せば分かる」という末期の言葉
です。が、犬養は「問答無用、撃て!」と言われて銃殺されてしまいました。

日本の外交交渉の歴史を振り返ってもあまり「話し合い」が成功したようには見えません。北方領土問題や竹島=独島問題
は延々と長年「話し合い」が繰り返されていますがいまだに解決の見通しは見えません。

最近のことでいえば、あの「プルトニウムは飲んでも大丈夫」で有名な大橋弘忠東大教授が雲隠れをやめて自身のブログに
「プルサーマル公開討論会に関する経緯について」という一文を草していますが、反省の色はまったく見られません。「東大
話法」なる言葉を発案した『原発危機と「東大話法」』(2012年1月出版)の著者の安冨歩氏(東大教授)はこうした大橋氏の反
省心の欠如について次のように論評しています。

   「これは、大橋氏が特別に変わった人だから、ではない。原子力関係者は、基本的に、こういうふうに考えているのであ
   る。こういう連中に原子力などを弄ばせてよいものか、本当に良く考えないといけない。/ついでに言うと、この文書を、
   東大教授や東大生に見せても、キョトンとして、「どこがおかしいの?」思う人が大半ではないか、と私は疑っている。エ
   リートには、こういう人が実に多いのである。ただ、大半は、大橋教授ほど馬鹿ではないので、そういう人間であることは、
   バレないようにしている。」
   http://anmintei.blog.fc2.com/blog-entry-923.html

こうした「東大話法」(別に「東大話法」でなくとも構いません。たとえばそれが「霞が関話法」であっても「東電話法」であっても、
はたまた「経団連話法」であってもことの本質から1ミリ、1マイクロメートルも外れません)なるものを弄ぶ連中との真の「話し
合い」は決して成立しないだろう、というのが私の経験からくる判断です。私には10代の終わりから40年以上にもわたって
「反共主義」の愚かさとその克服を友人たちに訴え、かつ友人たちと「話し合って」きたという個人史があるのですが、40年
以上も徒労を続けています。青春時代、壮年時代、中年・初老のいまを含めていっこうに代わり映えしない人々の心の底の
底にひそまっているらしい「反共主義」の強固さに絶望の思いをたびたび繰り返してきました。その私の経験からくる判断、と
いうことでもあります。

「この討論会を実現した(略)大阪市で鉄工建材会社を経営する傍ら、福井大大学院生として原子力分野の情報発信のあり
方を研究する米津澄孝さん」がいう「反対派は政治家に門前払いされ、推進派は原発で飯を食っているから本音を言えない
部分がある。互いの立場や事情を知らなければ、議論は進まない」(毎日新聞引用記事)という問題ではないのではないか。
「話し合い」はともすれば両者「痛み分け」という妥協の道具に陥りがちです。しかし、原発政策は、推進の立場に立つか、否
定の立場に立つかのどちらかでしかありえないでしょう。安易な「話し合い」への期待は禁物だと思います。

「話し合い」の有用性はもちろん否定しませんが、「話し合い」の限界にも目を凝らした「話し合い」であっていただきたいもの
だというのが、ご紹介された毎日新聞の柳楽未来記者の記事を読んでの私の感想です。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/


From: uchitomi makoto 
Sent: Friday, March 09, 2012 3:59 AM
To: uchitomi makoto 
Subject: [civilsocietyforum21] 【毎日新聞・福井地方版】東日本大震災1年:見つめ直す原発のあるまちで/1 反対派と推進派 二項対立、克服を求めて /福井
[civilsocietyforum21]グループの掲示板に投稿があったことを、Yahoo!グループよりお知らせいたします。
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こうした取り組みは極めて貴重であると思います。全国各地でこうした議論の場を実現できないものでしょうか?
【毎日新聞・福井地方版】東日本大震災1年:見つめ直す原発のあるまちで/1 反対派と推進派 二項対立、克服を求めて /福井http://mainichi.jp/area/fukui/news/20120308ddlk18040664000c.html
 「なぜ反対派の人たちは原発の担当大臣らと直接、話をしないのか」
 「推進派はなぜ、原発の危険性について本音で思っていることを言わないのか」
 昨年10月、福井大の一室。“原発推進派”の電力会社元幹部ら3人と、“反対派”の市民団体代表ら3人が同じ机を囲み、意見をぶつけ合った。1泊2日で計10時間以上。数人の学生だけが傍聴する異例の試みだった。
 この討論会を実現したのは、大阪市で鉄工建材会社を経営する傍ら、福井大大学院生として原子力分野の情報発信のあり方を研究する米津澄孝さん(61)=大野市出身。「反対派は政治家に門前払いされ、推進派は原発で飯を食っているから本音を言えない部分がある。互いの立場や事情を知らなければ、議論は進まない」と話す。
 準備は約2年前に始めた。「原子力分野では賛成派と反対派の議論の場がほとんどない」と感じたためだ。電力会社元幹部や市民団体代表らと何度もメールのやりとりをして趣旨を伝え、ようやく参加の意向が得られた。
 そんな時、福島第1原発事故が起きた。
 せっかくの計画が頓挫したと思った。「推進側の人は話しにくくなったんじゃないか」。だが、なぜ事故が起きたのかを考えると、賛成、反対の二項対立も原因の一つと思えてならない。昨年5月、討論会開催を伝えると、予想に反して元幹部から「約束通り必ず行く」と返事が来た。
 討論会は、怒鳴り合いになるどころか、互いの言い分をしっかり聞く雰囲気だった。夜は酒を酌み交わし、議論を続けた。電力会社の元幹部は、原発の下請け作業員が高い量の放射線を浴びているという労働実態を聞かされ、驚きのあまり深いため息をついた。
 討論会は好評だった。米津さんも「反対派と推進派は立場は違うが、時間をかければかなりの部分で考えがかみ合うはず」と手応えを感じた。
    ■
 越前市で昨秋始まった勉強会「原子力・エネルギーの安全と今後のあり方を真剣に考える会」の事務局には、立地自治体の議員や脱原発を訴える市民団体代表など推進と反対の両者が名を連ねる。
 市民団体「サヨナラ原発福井ネットワーク」の山崎隆敏代表(63)もその一人だ。福島事故の前から原発の危険性を訴え続けたが、事故は起きてしまった。「反対派だけで集まっても、『推進派は何も分かっていない』という反応しかできず、先へ進めない」と考え、参加を決めた。「同じ土俵の上で話し合いたい」と議論の深まりに期待している。
 これまで「原子力ムラ」「原発反対派」とレッテルを貼り合い、互いに交わろうとしなかった反対派と推進派。福島の事故を契機に、県内で議論の場が生まれ始めている。【柳楽未来】=つづく
    ◇
 福井には原発が14基ある。福島第1原発事故は、この事実を改めて私たちに突きつけた。あれから人々は何を思い、どう行動したのか。原発のまちを歩いた。
毎日新聞 2012年3月8日 地方版 



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