[CML 015450] Re: 言葉をつぶす人、言葉をつくる人(1)

hagitani ryo liangroo at yahoo.co.jp
2012年 3月 4日 (日) 17:43:43 JST


萩谷です。
このトピックで発言するのは、もういやになったので、やめていますが、東本さ
んのこの発言には、ひとこと、ふたこと・・。
林田さんは、ちゃんと「特定人をさすがと称賛」と書いているのです。それが目
に入りませんか? どうぞ慌てずに。
それを受けて、末尾で言葉を省いて「さすがと称賛」と書いただけです。あなた
の引用こそ「正しく引用しない詭弁の一種」になりそうです。
林田さんの文章が抽象的に響くのは確かですが、具体的に書こうとすると、かな
り長文になるでしょう。忙しかったんでしょう。もうすこし具体的に、 論点を
整理して言ったほうがいいとは思いますがね。
だから東田さんが、わけがわからないと言うのは自由ですが、「煙に巻く」など
というのは、言い過ぎでしょう。あなたこそ、毎度煙りだらけです。
 私は嫌煙権運動に好意はもちませ んが、あなたのような人には嫌煙権を主張
したくなります。どこかの喫煙所に行ってはいかがですか(^^)。
 今回も、こんな単純なことを言うのに、まあ、ずいぶんながながと。多忙な林
田さんは羨んでいるかもしれませんよ。

(12/03/04 16:09), higashimoto takashi wrote:
> 林田さん
>
> あなたのこの論(というよりも、全体としてのあなたの論の特徴というべきものですが)は、失礼ながら全体としても抽象論ばか
> りで具体性に乏しく、わかったようでよくわからない。結局のところ人を煙に巻くたぐいの詭弁法の一種ともいえる論法というべ
> きなのですが、私に対する批判の部分は明らかに論理学でいうところのストローマンという詭弁法の一種、すなわち、「議論に
> おいて対抗する者の意見を正しく引用しなかったり、歪められた内容に基づいて反論するという誤った論法」(wikipedia「ストロ
> ーマン」)といわなければならないように思います。こうした論を論理学では「論点のすり替え」ともいいます。
> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3
>
> あなたは私の先の論(CML 015300)を「つぶす必要のない言葉をつぶそうとする冤罪」の例としてあげているのですが、あなた
> が批判される私の先の論はその論の標題が示しているとおり「特定のある人を特別視する、あるいはスター視する『思想』」に
> ついて私見を述べたもので、「さすが」という言葉それ自体の善し悪しについて述べたものではありません。すでに述べている
> ことですが(CML 015329)、「さすが」という言葉は、「特定のある人を特別視する、あるいはスター視する」傾向性を無意識的
> に表白しているひとつの例として用いているにすぎません。だから、ひとつの例は、「さすが」という言葉でなく、ほかの言葉、あ
> るいはほかの事象であってもむろんよいわけです。
>
> もう一度繰り返しておきますと、私の先の論の主点は「さすが」という言葉にあるわけではありません。
>
> 付記:
> ついでに先の私の論についてもう一言しておけば、私の先の論は、「特定のある人を特別視する、あるいはスター視する『思
> 想』」は、いまやそのトンデモ「学者」ぶりが明らかになっているクリストファー・バスビー氏のような人を評価するところまでつな
> がる危険性を持っている、ということの警鐘としての論でした。しかし、そのことについていま詳しく述べることは不適だと思わ
> れたので書かなかった、ということです。決して言葉の問題をあげつらっているのではありません。
>
>
>
> 東本高志@大分
> higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
> http://mizukith.blog91.fc2.com/
>
>
> -----Original Message----- 
> From: hayariki.net
> Sent: Sunday, March 04, 2012 12:05 PM
> To: 市民のML
> Subject: [CML 015446] Re: 言葉をつぶす人、言葉をつくる人(1)
>
> 言葉をつぶす人と言葉をつくる人を対比させて論じることに違和感を覚えました。言葉をつぶす人がつぶそうとする言葉と、言葉をつくる人がつくろうとする言葉は全く別種別物です。それを同じ「言葉」という言葉で表現して、「つぶす」というネガティブな表現と「つくる」というポジティブな表現を並べています。非常に巧みなレトリックです。
>
> 言葉をつくる人に価値を見出すことは一つの考えとして理解できます。もし、言葉をつぶす人に関する問題提起とは別の文脈で、言葉をつくる人の価値が論じられたならば、それなりの共感は得られるでしょう。しかし、差別語などの言葉をなくすことに一定の価値を見出す人々に対して、「言葉をつくる方に価値がある」と主張されても、共感は得られません。
>
> 言葉をつぶす人に問題があると考えるならば、言葉をつぶすこと自体を批判すべきです。その批判に対しては言葉をつぶすことに価値を見出している側からは再反論がなされるでしょう。この結果、言葉をつぶす人に対してのみ反応が生じることは至極自然です。
>
> 言葉をつぶすことに価値があるか否かと、特定の言葉や表現を潰すことが政治的に正しいことになるかは別次元の問題です。最近では特定人を「さすが」と称賛することが危険と問題提起され、それに対して多数の批判が寄せられました。管見も批判に同意します。
>
> 自分や自分の知っている運動と同じ次元に落とすことで平等を実現しようという低レベルの悪平等主義(実は自分が認められたいという裏返し)は有害です。つぶす必要のない言葉や表現をつぶそうとする主張は、それ故に批判されるものです。これは言葉をつぶすことの価値とは別次元です。
>
> 但し、言葉をつぶす活動には、つぶす必要のない言葉をつぶそうとする冤罪が起こり得るものです。その強い自覚が言葉をつぶす側には求められます。これは重く受け止めなければならないものです。一方で「さすが」と称賛することを危険視した人物が日頃からPCに熱心という訳でもなく、つぶす必要のない言葉をつぶす冤罪の危険性は言葉をつぶす活動への熱心さと比例するものでもありません。
>
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> http://hayariki.net/
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>




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