[CML 015408] ゲイル・グリーン「ゆがんだ科学:チェルノブイリとフクシマの後の原子力産業」(後半)

Yasuaki Matsumoto y_matsu29 at ybb.ne.jp
2012年 3月 2日 (金) 18:12:41 JST


みなさまへ   (BCCにて)松元

Peace Philosophyのブログに、非常に重要なゲイル・グリーンの「ゆがんだ科学:チェルノブイリとフクシマの後の原子力産業」が掲載されましたので、2回に分けて全文紹介させていただきます。今回は後半。

被爆国日本を舞台に繰り広げられた「低線量被曝」を無視する調査・研究のいまにつづく根深い歴史。核兵器と原子力産業の共犯の歴史をひもとく鍵、その隠蔽と犯罪を暴く鍵は、「低線量被曝」。

妊婦のX線照射を禁止させて世界中の母体と赤ん坊を救ったアリス・スチュアート、「低線量被曝」を無視するICRPに論陣を張るECRR2003年報告書の献辞を捧げられた「低線量被曝研究の母」アリス・スチュアートの伝記を書いたゲイル・グリーン迫真の論考。(一部、改行を施しています。)

●出典:Peace Philosophy
http://peacephilosophy.blogspot.com/

======以下、後半の転載=====
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 福島第一原発事故が始まってから数日後のニューヨーク・タイムズ紙は、「チェルノブイリの事故後20年で、被曝による公衆への重大な健康被害の証拠がない」と言明した(Denise
Grady、「予防策で原子力施設の放射線による健康障害を限定的なものにすべし」 2011年3月15日)。タイムズ紙のこの主張の根拠
は、2005年の世界保健機構(WHO)による研究である。この研究では、「わずかな健康被害」しか見つからず、「チェルノブイリ事故に起因しうる死者数は、最終的に四千人だけだろう」と評価した。チェルノブイリ事故がもたらした最悪の影響は、タイムズ紙に語った専門家によると、「人を麻痺させるような悲観論」なのだ。この種の「悲観論」によって、人びとは「麻薬やアルコールに走り、そして無防備な性行為や失業」に至ってしまうというのだ(Elisabeth Rosenthal、「チェルノブイリの影
響は小さいことを専門家が発見」 2005年9月5日)。これを「放射能恐怖症」と呼び、問題なのは生きる姿勢なのだ、という見解である。

 タイムズ紙は、核エネルギーの推進を使命とする国際原子力機関(IAEA)が、WHOが報告する内容について最終的な権限を持つという合意をWHOと交わしていることを報道しない。これは、独立した科学者が、利権の絡み合った同盟として強く非難している関係である(29)。また、タイムズ紙は2006年に発表された二つの重要な研究も報道しない。一つは、「チェルノブイリに関するもう一つの報告」と題されたもの、もう一つはグリーンピースが発表した「チェルノブイリの大惨事」である。どちらもWHO/IAEAの報告よりもはるかに大きな被害を報告している(30)。さらに、2009年にニューヨーク科学アカデミーが英語に翻訳して公刊したアレクセイ・ヤブロコフ(Alexey Yablokov)らによる「チェルノブイリ:大
惨事が人々と環境に与えた影響」(「チェルノブイリ被害実態報告」として日本語に翻訳されつつある――訳者注)について、一言も触れないのだ。この研究は、WHO/IAEA報告とは桁違いの、98万5千人という犠牲者数を推定している(31)。

 ヤブロコフらは、「数千の科学者や医師、その他の専門家が、放射線降下物を被った数百万の人びとの苦しみを、ベラルーシや、ウクライナ、ロシアで直接観察して得たデータ」を用いている。さらに、多くはスラブ系言語で蓄積された5000以上の研究事例も、その報告に組み込んでいる。対するにWHO/IAEAの報告は350例に基づき、ほとんどが英語の文献だけに依存している。ヤブロコフ博士らは、申し分ない経歴を持つ。アレクセイ・ヤブロコフ博士は、エリツィンとゴルバチョフの環境アドバイザーであった。ワシーリィ・ネステレンコ(Vassily Nesterenko)博士はベラルーシ放射線安全研
究所の所長であった。ネステレンコ博士は、アンドレイ・サハロフとともに、国家から独立したベラルーシ放射線安全研究所(BELRAD)を設立した。

この研究所は、チェルノブイリの子どもたちを研究するのみならず[米国ABCCと比較して、強調すべきことに]子どもたちを治療している。ワシーリィ・ネステレンコ博士は2008年に死去した。原因は、炎上する原子炉上空を飛行した時に受けた被曝であった(なお、この調査は、チェルノブイリ事故で放出された放射性核種を知ることができる唯一のものである)。彼の死後、息子のアレクセイ・ネステレンコ(Alexey
Nesterenko)博士がBELRADの所長兼上級研究者となり、本研究の第三の著者となった。この本の顧問編集者は、内科医であるとともに毒物学者のジャネット・シャーマン(Janette
Sherman)博士である。

 ヤブロコフらの研究は、ベラルーシとウクライナ、ロシアの汚染地域といわゆる「非汚染地域(clean area)」とを比較して、汚染地域にお
ける罹病率と死亡率の際立った増加があるとする。具体的には、甲状腺ガンをはじめとするガンのみならず、潰瘍や慢性的な肺疾患、糖尿病、眼疾患、小児の深刻な知的障害、伝染性およびウイルス性の病気の頻度の高まりと、症状のより深刻な状態である。心臓血管系や生殖系、神経系、内分泌系、呼吸器系、消化器系、筋骨格系、そして免疫系と、体内のあらゆるシステムが悪影響を被っている。子供たちは、健康に育っていない。「1985年までは、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアにまたがるチェルノブイリ地域の80%以上の子供が健康だった。現在では健康な子供は20%以下である」。動物でも「罹病率と死亡率の顕著な上昇が見られ…腫瘍や免疫不全の増加、平均寿命の低下、早期老化、血管および循環器系の変化、そして奇形が見られる」。

 チェルノブイリとヒロシマの類似は驚くべきものである。データの収集が遅らされ、情報は秘匿され、現場での観察報告の価値は貶められ、独自の研究をする科学者たちのデータへのアクセスは拒絶された。「ソビエト連邦当局は医師に対して、あらゆる病気を被曝と関連づけることを公式に禁止し、日本の場合と同じように、すべてのデータは秘匿された」。「清掃人(リクビダートル)」と呼ばれた人々とともに、83万人の男女が、チェルノブイリ発電所の消火と炉心の停止、そして除染のためにソビエト連邦各地から徴集された。「彼らが苦しんでいる病気を被曝と関連付けることが公式に禁止された」。「チェルノブイリのメルトダウン事故初期の公衆衛生データをソビエト連邦当局は機密としたが、その機密扱いは3年以上続いた」。しかも、この3年間、「機密を保持したのはソビエト連邦のみならず、他のすべての国々でもそうだったのだ」。

 しかし、チェルノブイリとヒロシマの類似点は政治的なものであって、決して生物学的なものではない。というのもヒロシマのデータはスチュアート博士が述べるように、長期にわたる慢性的な低線量被曝に起因する健康への影響を予想するには、「時代遅れ」で役に立たないモデルであることが証明されているからだ。ヒロシマに関する研究は、生存者に遺伝子異常をほとんど発見してこなかった。しかし、ヤブロコフらの研究は、「チェルノブイリ事故に起因する放射能汚染のあるところには、それがどこであっても、子どもの遺伝異常と先天性の奇形の増加がみられる」ことを実証する。

「これらの異常には、四肢や頭部、体躯に発現する、事故前にはほとんど見られなかった多発性の身体的障害」や、とりわけ「清掃人」だった人々の子どもに見られる衝撃的な出産時欠損が含まれる。被曝との相関関係は明々白々なので、「もはや仮定なのではなく、……証明済みだ」とヤブロコフらは述べる。人間と同じように、調査を行ったすべての生物において、「生物の遺伝子プールは、結果を予見できないような変容が活発に進んでいる」。具体的には「[チェルノブイリ事故に起因する放射線照射によって]、長期にわたる進化の過程で眠っていた遺伝子が覚醒している」のだ。この遺伝子覚醒によって生じするダメージは何世代も――少なくとも7世代にわたって続くだろう」。

 このような発見によって放射線医療の専門家は、自分たちの依拠してきた放射能の影響に関する仮説と理論を見直す機会をえた。そうした研究者に、ベラルーシのソスヌイ科学技術研究所(Joint Institute of Power and Nuclear Research)のミハ
イル・マルコ(Mikhail Malko)がいる(32)。しかし、専門家たちは一般的に、この新しい知見を自分たちの理解を深める代わりに、これらの新しい研究を「非科学的」と断定するために用いた。そのやり方とはこうだ。いわく、研究はきちんとした対照実験の結果なのではなくたんなる観察記録に過ぎない、西欧や米国・日本の科学的水準に満たない「東ヨーロッパ」のもので、神聖化されたヒロシマのデータと一致しないというのだ。

放射線の専門家は、チェルノブイリ事故後に飛躍的に増加した甲状腺がんは、被曝による可能性があることを否定する。いわく、ヒロシマでは10年を経過してよりひどい症状が出たのに対し、チェルノブイリでは3年だけであると。疫学的研究は、放射能汚染と甲状腺がんとの関連を続々と明らかにしているにもかかわらず、放射線を専門とする彼らの説明による増加の原因は、スクリーニング技術の進歩や、治療のために子供に与えたヨウ素剤、あるいは殺虫剤だというものだ。2005年になってやっと、エリザベス・カーディス(Elizabeth
Cardis)が率いる症例対照研究で、子どもにおける甲状腺がんと被曝との間に、被曝量に対応した関係性が、認められなければならない形で存在すると確認された(33)。

 チェルノブイリでは、精密な被曝線量に対応する計算を可能にする、整然とした実験室のような条件が揃うことはほとんどない。しかし強調すべきことは、ヒロシマもそうではなかった、ということだ。ヒロシマでは、被曝量の推定は、原爆投下後何年も経ってから当て推量で行われたのだ。加えて、新しい知見に基づいて何度も再計算されている。しかし、科学者たちは、ヒロシマの被曝量の不確実性をあまりにも安易に受け入れ、そして地球上のすべての生物に影響を与える政策策定にこのデータが使われることを容認してきた。その一方で、チェルノブイリを研究する条件が理想的なものではないという理由で、[チェルノブイリの]研究結果を無視したり間違っていると否定したり、自分たちが無価値だと否定しているデータよりも疑問点の多い[ヒロシマの]データに基づくモデルに依拠して、こうした新しい研究結果を考慮することもしないのだ。チェルノブイリの事例が明らかにすることは、「自然バックグラウンド放射線よりも被曝量がわずかでも多ければ、統計的に…被曝した個人やその子孫の健康に遅かれ早かれ影響を与える」ということだ。

しかし、胎児へのエックス線照射と原子力施設労働者に関するスチュアート博士の発見と同じように、また原子炉周辺において[一定期間にガンが予想以上に発生する]ガン集団があることを明らかにした研究と同じように、チェルノブイリに関する研究においても、ヒロシマに関する研究に拠ればありえないことだから、これらの影響を生み出したものは放射線による被曝ではありえない、と否定された。独立した科学者ルディ・ヌスバウム(Rudi Nussbaum)が指摘したように、「放射線リスクに
関する証拠と現在使われている前提との間に見られる不一致」、つまり、新たな知見と「被曝による健康影響について広く用いられている仮定」との間に見られるギャップは、科学的検証に耐えられないまでになった(34)。

 チェルノブイリは、フクシマがもたらす結果を予見するうえでヒロシマの例よりも優れている。しかし、そのことを主要メディアから知ることはできない。おそらく、次のような事実は、われわれがあえて知りたいと思うようなことではない。チェルノブイリ事故の放射性物質の57%は旧ソビエト連邦の国外に降下したこと、米国のオレゴン州までもが「しばらくの間」、雨水を飲料に用いないように警告されたこと、事故後の6年間で米国コネチカット州の甲状腺ガンが倍増したこと、英国では369の農場が事故後23年たっても汚染されたままの状態であること、汚染がひどいために食用には適さないイノシシ肉のためにドイツ政府は猟師に補償金を払っていること(35)、それも2009年の支払額が2007年の4倍になっていること。おそらく、「チェルノブイリによるガン数が、20世紀末以来人類に発生している『ガンの大流行』のもっとも根拠ある理由だ」という可能性を、われわれはあえて考慮したいとは思わないのだろう。

 「この情報[チェルノブイリについての知見]はなんとしても世界中で利用できるようにしなければならない」とヤブロコフらは主張する。しかし、彼が2011年3月15日にワシントンで開かれた記者会見で述べたように、この研究は「沈黙をもって」迎えられた(36)。主要メディアの沈黙は、チェルノブイリの健康被害に関する情報が広がることを抑えつけてしまった。これは、ソビエト政府による事故隠しのための情報統制、および第二次大戦時の連合国によるヒロシマとナガサキにおける原爆による健康被害の秘匿と同様に強力なものだった。

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 「われわれは、この[フクシマの]事故とチェルノブイリの事故とを比較しようとするあらゆる筋書きを破棄する必要があり」、「そうしないと市場に悪影響を与えるかもしれない」。「この事故は、全世界の原子力産業を後退させる潜勢力を持っており…われわれは原子力が安全であることを本気になって示さなければならない」、つまり「事故は見た目ほどひどくはないのだ」。ここに引用した声明は、ガーディアン紙が入手した80以上のEメールの数例である。どれもが、公衆の目に触れることを意図して書かれたものではない。ガーディアン紙によると、「英国政府官僚は、原子力産業企業に接触して、事故2日後には福島原子力発電所事故の重大性を軽視させるために共同で広報戦略を練り上げようとした」。目的は、「フクシマの事故によって英国における新世代原発計画が頓挫しないようにする」ことであった(37)。

 フクシマの事故を報じる主要メディアの報道で顕著に目立つのは、チェルノブイリ事故との比較が欠落していることだ。この欠落は、6月に事故レベルがチェルノブイリ事故と同等の最高レベルの7に引き上げられてからも続いた。原子力エンジニアから内部告発者に転じ、事故直後から福島の状況を観察してきたアーノルド・ガンダーセン(Arnold Gundersen)が、今回の事故はチェル
ノブイリよりも実際には危険に満ちたものであると主張したときもそうであった。情報通で分別あるコメンテーターであり信頼感を抱かせる人物のガンダーセンは、ウクライナよりも人口密度が高い地域に、大気と海洋、陸地に放射性物質を放出している4つの損傷した原子炉があることを指摘して次のように述べた。「ここにはおそらく20基分の炉心がある、つまりチェルノブイリの20倍の放出量になる可能性がある(Fairewinds, 2011年6月16日)」。

しかし、前掲の3月15日付けの被害対策記事と、ヘレン・カルディコットによる「東ヨーロッパの科学者による研究」へのわずかな言及(論説欄「フクシマ後:もうたくさんだ」2011年12月2日 )を除けば、タイムズ紙はチェルノブイリという言葉を出
さなかった(カルディコットの論説でさえ、ヤブロコフ論文に名前を出して触れることはなかった)。チェルノブイリが作り出したものは、ヤブロコフらの研究が非常に明らかに論証しているのだが、報道するにはあまりにも危険すぎるのだ。というのも、報道してしまうと、原子力産業による安全や経済性の主張の根拠を掘り崩してしまうからだ。 

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 ニューヨーク・タイムズ紙は、日本の失敗や腐敗について十分報道してきた。同紙は、電力会社や政府官僚がメルトダウンは深刻ではないと主張するやり口や、電力会社と政府による隠蔽と彼らの無責任さを報道してきた(ノリミツ・オオニシとマーティン・ファクラー、「日本は原発データを秘匿し、避難者を危険にさらす」 2011年8月8日)。同記事は、電力産業と規
制側との癒着を指摘した(ノリミツ・オオニシとケン・ベルソン、「損傷した原発へとつながる共謀の文化」 2011年4月27日)。市民の反原発運
動に関する記事(オオニシとファクラー、「日本は長年にわたり原発リスクを無視・隠蔽してきた」 2011年5月17日;ケン・ベルソン、「何
年もの無益な時間の後で、二人の意見が聞かれる」2011年8月19日)や政府ができなかったデータ収集をみずからの手で行った草の根運動に関する記事もある(ヒロコ・タブチ、「市民の測定で、東京周辺に20の放射線ホットスポットが見つかる」 2011年8月1日)。タブチ記
者の記事は、「日本の主要メディアの従順さ」を手厳しく批判しており評価できるが、ニコラ・リスカティンが日本のマス・メディアについて「政府と東電の代弁者以上のものではない」(38)とする批判と比べたら、自身の言う「従順さ」を脱していない。

原子炉を鎮火させるために派遣された労働者や原子炉近くに住む人々に焦点を当てた、読者の関心を引くような話が、他の主要メディアと同じくタイムズ紙にもあふれている。その中の一つ、ファクラー(Fackler)とマシュー・ウォルド(Matthew Wald)記者による 「損傷間際の
日本の原発のせいで宙ぶらりんになった生活」(2011年5月2日)は、「長期にわたる低線量被曝がもたらす健康への影響について確固たるデータが欠如していること」に言及した。この「欠如」とは、すでに読者が見てきたように、低線量被曝に関する証拠の無視が、メディアでは風土病のようになっていたために不動のものになったのだ。

 タイムズ紙の報道のなかには称賛に値する記事があるけれども、標的としているのは日本人の不手際と腐敗であって、[米国から見て]こちら側で起きていることと対照的な意味での「あちら」で起きていることなのだ。しかし、こちら側の内輪の恥は晒されてもいないし、報道の中で言及されることもない。自国のことよりも日本の緩みきった規制体制や透明性の欠如を批判する方がずっと容易なのだ。「こちら側」の米国に目を向ければ、狡猾で目立たない原子力関連のロビー活動とロビイストたちの活動や米国政府とメディアとが原子力産業と取り結ぶ共犯関係がある。

 オオニシ記者による優れた暴露記事「安全神話は日本が核危機へ突き進む下地を作っていた」(2011年6月25日)も、日本に厳しく自国に甘いという路線に沿ったコメントを生み出す。彼は、東電と経済産業省が日本人に原子力が安全であると納得させるために仕組んだ「巧妙な宣伝戦術」を調査する。数億ドルもの資金が原子力への支持をかき集めるために費やされた。記事によれば「数十年にわたって、日本の原子力政策の指導層は、原子力の安全とその必要性を日本人に信じ込ませるために莫大な資源を費やしてきた。電力会社は、観光客のお目当てになるファンタジーで一杯の広報施設を、金に糸目をつけずに建設した」のだ。このような施設の一つでは、「[不思議の国の]アリスが原子力の不思議を発見し、「芋虫」が放射能の安全性をアリスに保証し、チェシャー猫がエネルギー源について学ぶアリスの手助けをする」。

 米国人の]独りよがりにならないように、ウォルト・デズニーが本と映画で「友達のような原子」を宣伝した「Our Friend the Atom(わが友原子
力)」を思い出しておこう。これは、([核戦争勃発時に備え]机の下にうずくまって隠れる訓練をしていないときに)数百万の児童が読んだり観たりしたのだ。

 オオニシ記者が日本で起きていると報道したものは、米国でも起きている。おそらくオオニシ記者はこのことを暗に思いこさせたかったのだろう。米国でも、強力な意識操作が行われ、数億ドルを費やして「核の平和利用」や「電気メーターで計る必要もないほど安価な」新エネルギーとして宣伝された(もちろん「安価」でも何でもない。巨額の連邦政府補助金が支出されたし、それは今でも同じだ)。このプロパガンダ体制は、1982年に公刊された研究「原子力広報:アメリカでの原子力技術の普及」に紹介されている。この研究によると、「1950年代半ばから、AECは核の平和利用を宣伝するために大規模な広報作戦を開始した」。

この作戦のために、「映画やパンフレット、テレビ、ラジオ、原子力科学博覧会、講演会、移動展示、教室での実演など、多種多様な広報テクニックを利用した」(AECが移動展示したものには、「無限の動力(Power Unlimited)」、「大局的視点から見た
放射線降下物(Fallout in Perspective)」、「役立つ原子(The 


 Useful Atom)」がある)(39)。


「原子力エネルギー情報に関する文献がセットになって数百万部も、小学校や中等学校、大学の児童、生徒、学生に配布された」。ウェスティングハウスやGEのような原子炉製造企業の広報部門も、地域にやってくる原子力施設を住民が受け入れるように、そして一般公衆に新しい技術を教え込むために動員された。こうした企業と主要メディアとの関係は、これ以上はないというほど直接的なものだった。カール・グロスマンが指摘するように「ウェスティングハウスはCBSを多年にわたって所有しており、GEはNBCを所有している」のだ(40)。同種の広報組織は、ここ数十年、チェルノブイリの灰から「原子力ルネサンス」の呪文を唱えて呼び起こし、原子力を「クリーン、グリーン、安全」と売り込むことに勤しんでいる。

フクシマに関するタイムズ紙の報道は、この現在進行形の大惨事によって、主要メディアのなかにも、原子力について誰もが参加できる議論の空間が開けるかもしれないという希望をもたせる。しかし、これほど多くの基本的な事実が隠蔽されたままなのに、この議論はどこまで本物だろうか。チェルノブイリ事故とドイツの原子炉に関する研究が無視されている。ヤブロコフらの研究を学ぶことはおろか、その存在を知るだけでも、主要メディア以外のメディアに依存しなければならない(41)。また、アレクサンダー・コクバーン(Alexander
Cockburn)が報告したように、オバマ大統領は原子力産業から潤沢な選挙資金を得ている(このことは、彼が熱心に原発を支持する理由を明らかにするかもしれない)。

こういった状況で、議論がどれほどオープンなものになりうるのか、疑わしいものだ。さらに、原子力産業の存在を可能にしているABCCと放影研による放射線リスク評価を放置したままで、この問題についての議論は本当に開かれたものになるだろうか。ヤブロコフらの研究やドイツの原子炉に関する研究を真剣に考察すれば、われわれがこれまで見てきたように、ABCCと放影研のリスク評価が「歪んで」おり役立たずだということが明らかになるだろう。しかし、このような見直しをする代わりに、タイムズ紙は放影研の専門家を、原子力産業の被害を小さくするために紙上に呼び出すのだ。そのため、放影研による「放射線リスクは心配ない」という保証は、全世界で通用する放射線に関する安全基準の基礎として、疑問に付されないままだ。

米国のメディアとドイツのメディアの対応とを比べてみよう。ドイツ主要紙の見出しは次の通り――「フクシマの事故は原子力時代の終わりを画した」(シュピーゲル紙、2011年3月14日)、「ドイツはもう原子力が安全だと誤魔化すことはできない――もう終ったのだ。以上。終了。」(同紙、2011年3月14日)。フクシマの事故はシュピーゲル紙にとって、原子力を終わらせることを要求する叫び声に似た警告である。それに対して、タイムズ紙にとっては、原子力発電所の建設をすべて中止するよりも、もっと効率的に原子炉を建設しもっと注意深く規制すべきだという警告なのだ(社説「福島の後で」 2011年6月23日)。ラルフ・マー
ティン(Ralph Martin)によると、フクシマの事故から数か月後、「事故が展開するにつれて、シュピーゲル紙でもっとも人気のある記事は、『放射性プルーム』が刻々と広がってゆく様子を示した電子地図であった」(42)。

「ドイツの有権者は、原子力問題をまず考えるべき課題とした――つまりフクシマの事故を自分たちの問題として考えたのだ」。それに対して「米国メディアの反応は…より広範な社会的波及効果もまったく顧みず、この一連の出来事を」われわれ米国民に何の関係もない「ただの一つのニュースのようにみなしている」。そして何事もなかったかのように原子力発電は継続する。マシュー・ウォルド(Matthew Wald)
記者による2011年8月9日の記事の見出しは、「アラバマ州の原子力発電所は、すでに建設が始まっており、竣工を待つ」。「電力会社2社は、原子力発電所建設の認可を受けた」(同記者、2011年12月23日)(どちらの記事も別に長くもないし目立つわけでもない。それに、第一面を飾るものでもなかった)。

シュピーゲル紙が報道し続けた放射性プルームについて米国の主要メディアはほとんどまったく報道しなかった。ほんのわずかに言及した例外もあるが、それは「健康被害はない」、とサラリと片付けられてしまった。(Board、前掲記事)。それも、フクシマ原発が放出した世界規模の放射性降下物がインターネット上で盛んに議論されていた時にもかかわらずだ。ガンダーセンが引用する証拠によれば(43)、事故直後の放出――その量は当初日本政府が発表した放出量の2倍であることが明らかになったのだが――は、セシウムやストロンチウム、ウラン、プルトニウム、コバルト60の「ホット・パーティクル(高放射能粒子)」を含んでいた。これらは自動車のエンジンフィルターから見つかっており、エアフィルターから検出されたものに基づくと、4月、東京では一日一人当たり10個、そしてシアトルでは5個のホット・パーティクルを吸い込んでいた。

******* 

心配することなどないのだ。「放射線の影響は、じつはニコニコ笑っている人には来ません。クヨクヨしている人にきます」。こう講演で述べた山下俊一博士は(44)、福島県放射線健康リスクアドバイザーとして、福島県民に放射線がおよぼす影響を調査する責任者に任命された。彼は、日本政府によって長崎大学から派遣されたのだが、長崎大学時代は、原子爆弾の生存者の長期に渡る研究によって崇拝されていた放影研における研究に参加していた。公衆の懸念に応え、誤解を正すとの使命を与えられ、山下博士は、福島県民を集めて次のような言葉で奮い立たせる。いわく、「これからフクシマという名前は世界中に知れ渡ります。フクシマ、フクシマ、何でもフクシマ。これぇ、すごいですよ。もうヒロシマ、ナガサキは負けた。フクシマという名前の方が世界に冠たる響きをもちます。ピンチはチャンス、最大のチャンス。何もしないで、フクシマ有名になっちゃったぞ」。

私たちは、本当に有能な方々にお世話になっている。


●ゲイル・グリーンスクリップス大学(Scripps College)英文学教授。著書に、The Woman Who Knew Too Much: Alice Stewart and
theSecrets of Radiation(『知りすぎた女:アリス・スチュアートと放射能の秘密』)がある。これは、新しい研究分野を切り拓いた英国の放射線疫学者であり反核運動の指導者であったアリス・スチュアートの伝記である。また論文として、“Alice Stewart and Richard Doll:
Reputation andthe Shaping of Scientific Truth(アリス・スチュアートとリチャード・ドール:名声と科学的真実の形成)”Perspectives in Biology and Medicine
(2011年・秋),504-31がある。彼女の研究は、Sings,
ContemporaryLiterature, Renaissance Dramaなどの学術雑誌に発表されている。また、Ms誌やThe Nation, The Women’s Review ofBooks, In
These Times などの大衆向けの雑誌にも寄稿している。
アドレスは、gaylegreene at earthlink.net


(以上、後半の転載終了、完)

※「参考文献」は省略させていただきました。





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