[CML 015405] ゲイル・グリーン「ゆがんだ科学:チェルノブイリとフクシマの後の原子力産業」(前半)

Yasuaki Matsumoto y_matsu29 at ybb.ne.jp
2012年 3月 2日 (金) 17:46:58 JST


みなさまへ   (BCCにて)松元

Peace Philosophyのブログに、非常に重要なゲイル・グリーンの「ゆがんだ科学:チェルノブイリとフクシマの後の原子力産業」が掲載されましたので、2回に分けて全文紹介させていただきます。今回は前半。

被爆国日本を舞台に繰り広げられた「低線量被曝」を無視する調査・研究のいまにつづく根深い歴史。核兵器と原子力産業の共犯の歴史をひもとく鍵、その隠蔽と犯罪を暴く鍵は、「低線量被曝」。

妊婦のX線照射を禁止させて世界中の母体と赤ん坊を救ったアリス・スチュアート、「低線量被曝」を無視するICRPに論陣を張るECRR2003年報告書の献辞を捧げられた「低線量被曝研究の母」アリス・スチュアートの伝記を書いたゲイル・グリーン迫真の論考。(一部、改行を施しています。)

●出典:Peace Philosophy
http://peacephilosophy.blogspot.com/

=====以下、前半の転載=====

ゲイル・グリーン「ゆがんだ科学:チェルノブイリとフクシマの後の原子力産業」 Gayle Greene: The Nuclear Power Industry
After Chernobyl and Fukushima
This is a Japanese translation of Gayle Greene, Science
with a Skew: The Nuclear Power Industry After Chernobyl
and Fukushima, posted on January 2, 2012, in The
Asia-Pacific Journal: Japan Focus. Translation by
Yasuyuki Sakai, Shigeru Sugiyama, and Satoko Oka
Norimatsu.

Thursday, March 01, 2012

震災、津波、原発事故勃発からもうすぐ一年となります。3月1日は、1954年ビキニ環礁で米国が、広島原爆の1000倍の威力がある水爆「ブラボー」の実験「キャッスル作戦」を行い、マーシャル諸島の人々や、第五福竜丸をはじめとする船舶の数々が放射性降下物(「死の灰」)により被曝した事件の58周年記念日です。人類が、その存続自体に脅威をもたらす核兵器、原発と手を切ろうとしない背景には、核・原子力産業とメディアにより、放射性物質による被曝被害の実態が「科学」の名の下に歪められ、隠蔽され、被害の実相を明らかにする科学者たちが追放されてきた背景があります。

今回紹介するのは、そういった科学者の一人であったアリス・スチュワート博士(1906-2002)の伝記を書いた米国西海岸の女子大スクリップス・カレッジの英文学教授、ゲイル・グリーンによる論考です。福島第一原発事故勃発後一年、政府、産業、メディアによる情報操作が行われてきたことに異論のある人はもうそうはいないと思いますが、この論文は、フクシマ後起っていることを、歴史の縦軸と地理的な横軸という文脈の中に的確に位置づけるものであり、今、岐路に立つ日本の人にこそ読んでもらいたいものです。@PeacePhilosophy

この意義に賛同し、長文の翻訳の労を担っていただいた酒井泰幸、杉山茂両氏に深く感謝します。

原文は『アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス』2012年1月2日付で発表されました。

リンク歓迎です。転載希望の場合は
info at peacephilosophy.com に連絡ください。また、翻訳は発表後微修正する場合があります。


■ゆがんだ科学:チェルノブイリとフクシマの後の原子力産業 



ゲイル・グリーン(Gayle Greene)

翻訳 酒井泰幸 杉山茂 乗松聡子


 原子力産業が前世紀の終わりに、コストと非効率性、巨大事故の重みで地に落ちた廃墟の中から何とか復活を遂げたことは、今日の世界で驚くに値することの一つである。チェルノブイリ事故は広島と長崎の原爆を合わせたよりも何百倍の放射能を放出し、ヨーロッパと北半球全体の40%以上を汚染した(1)。しかし原子力産業のロビー活動は、地球の半分を汚染したこのエネルギー源を「クリーン」であると偽って、原子力産業に新しい命を吹き込んだ。 ニューヨーク・タイムズ(NYT)のイ
メージチェンジ記事(2006年5月13日)(2)が書いた「原子力の見直し」は、米国での「原子力ルネサンス」の道を開き、福島原発事故でさえもこれを止められないでいる。

 主流メディアが原子力を強力に擁護してきたことは驚くに値しない。「メディアは原子力産業による徹底的・効果的で巧みな推進キャンペーンに満ちあふれていて、結果的には偽情報」であり、それは「全く事実に反する記述で…いつもは分別のある人々にも広く信じられている」と、ワールドウォッチ研究所の世界原子力産業白書2010-2011年版は書いている(3)。あまり理解されていないのは、原子力産業にその権限を与える「証拠」の本質であり、低線量被曝のリスクについて安心させ、福島についての警鐘を沈黙させ、原子力産業を操業停止に追い込むかもしれない新しい証拠を封殺するために使われる冷戦下の科学のことである。

 これら大手メディアの被害対策記事を検討してみよう:

◆アメリカ全土に広がりつつある放射能雲からの「微量の」放射線は「全く健康被害を与えない」とエネルギー省は保証した。(ウィリアム・ブロード(William Broad)、
「アメリカ上空の放射能は無害と官庁職員」2011年3月22日)

◆「ガンのリスクは非常に低く、一般人が心配するよりずっと低い」と放射線影響研究所 (放影研)代表のイーバン・ドゥープル(Evan
Douple)は説明する。放影研は原爆生存者を研究し、「非常に低い被爆線量では、リスクも非常に低い」ことを見出した。(デニス・グレイディ(Denise Grady)、「ど
こにでもある放射線、その害をいかに評価するか」 NYT、2011年4月5日)

◆第一発電所の原子炉が不安定化した数日後のナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)の番組は、同じイーバン・ドゥープル の発言を引用し、発電所
周囲の放射線は「安心できるレベルのはずだ。この程度の放射線被曝では、調査研究しても健康被害は見出せないであろうし、将来的にもそうであろう。」(「発電所近くの初期放射線データは健康不安を和らげる」リチャード・ノックス(Richard Knox)とアンドリュー・プ
リンス(Andrew Prince)、2011年3月18日) このNPR の番組は、先のグレイディの記事と同様に、放射線影響研究所が放射線健康被害の研究で60年の経験を積んでいるから信頼できるであろうということを強調している。

◆イギリスのジャーナリストで、環境活動家転じて原子力推進論者であるジョージ・モンビオ(George Monbiot)は、テレビとガーディアン紙で
のヘレン・カルディコット(Helen Caldicott)と対談し広く関心を呼んだが、そこでも放影研のデータを「科学的合意」とし、低線量放射線が招くガンのリスクは低いという気休めを再び引用した(4)。

 高線量放射線が危険であることは誰でも知っているが、広島に関する研究結果から、線量が減少すればリスクは無視できるほどに減少するとして人々を安心させようとする。これは原子力産業が存在するために必要な信条である。なぜなら原子炉は事故時だけでなく毎日の通常運転や廃棄物からも放射能を排出するからである。もし低線量放射線が無視できないとすると、原発労働者はリスクに曝されており、原子炉や事故現場周辺の住民と地球上全ての生命も、同様にリスクに曝されている。原子炉で発生する廃棄物は、原子力産業推進論者が我々に信じ込ませようとするように「希釈・拡散」されて消滅することはなく、風に吹かれ、潮に運ばれ、大地と地下水に浸透し、食物連鎖に、そして我々の体に入り込み、世界中のガンと先天異常の総数を増加させる。その負の遺産は文明が存続したよりも長く続く。半減期2万4千年のプルトニウムは、人間の感覚からすると永遠に残る。

 放射線影響研究所(放影研)とは何なのか、その気休め的な主張はどのような「科学」 に基づいているのだろうか。

*******

 放影研の前身である原爆傷害調査委員会(ABCC)は、原爆投下の5年後に生存者の研究を開始した。ABCCは「原爆」という言葉を取り除くため70年代半ばに放射線影響研究所と改称され、ほぼ同時期に米国原子力委員会(AEC)はエネルギー省(DOE)と改称された。戦時にアメリカの敵国として、そして2011年にGE製原子炉を受け入れた同盟国として、2度の核被害を受けた日本は、放射線影響に関して最もよく研究されてきた集団でもある。それは、広島と長崎への原爆投下で、放射線被曝した人間の大集団が難なく手に入る状況を作りだしたためである。「ああ、アメリカ人はすばらしい」と日本の放射線専門家である都築正男は感嘆の声を上げ、彼はそれまでウサギでの動物実験しか出来なかったと嘆いた。 「あとは人体実験を行う
ことだけだった!」(5)

 ABCCは、被爆者の研究はしても放射線障害を治療することはなく、多くの生存者は自らの健康問題をアメリカの調査団にさらけ出してまで官僚主義に絡め取られ社会から烙印を押されることを望まなかったので、被爆者であると名乗り出ることをしなかった。それでも十分な人数が自発的に集まり、放射線関連の健康影響に関する最大・最長の研究が実施された。これまでどの医学研究も、これほど潤沢な研究材料と、科学者集団、最先端の機材に恵まれたことはなかった。ここには米国原子力委員会(AEC)の資金が注ぎ込まれていた。疫学ではサンプル集団が大きいほど統計的正確さが高まるのが当然と考えられているので、これらのデータを放射線リスクのゴールドスタンダード(確立された基準)として受け入れる傾向がある。

 現地に入った日本の医師や科学者たちは、人々は無傷のように見えたのに、耳・鼻・喉から出血が始まり、髪の毛がばっさりと抜け落ち、皮膚に青い斑点が現れ、筋肉は収縮して手足が変形してしまうという、恐ろしい話を語った。彼らが見たことを公表しようとすると、その報告書をアメリカ当局に引き渡すように命令された。占領期(1945〜52年)を通じて、日本の医学ジャーナリストたちは原爆に関して厳しい検閲を受けた。1945年の末にアメリカの軍医たちは、原爆の放射線影響によって死亡する可能性のあった人々はその時点で既に全員死亡しており、放射線によるこれ以上の生理学的な影響は無い、とする声明を発表した(6)。東京のラジオ放送が、原爆投下後に被爆地に入った人々でさえ不可思議な原因で死んでいることを伝え、この兵器を「違法」で「非人道的」だと非難したとき、アメリカの官僚はこれらの主張を日本のプロパガンダであるとしてしりぞけた(7)。

 放射能毒性の問題は、毒ガスのように禁止された兵器類の汚名を帯びてくるので、特に微妙な問題だった。原爆は「非人道的な兵器」ではないと、マンハッタン計画を指揮したレズリー・グローヴス将軍は宣言した(8)。破壊された2つの都市に入ることを許された最初の西側の科学者には、グローヴスの命令で軍人が随伴した。最初の西側ジャーナリストにも同様に軍人が付いた。自力で広島に入ることに成功したオーストラリア人のジャーナリスト、ウィルフレッド・バーチェット(Wilfred Burchett)が、記事をイ
ギリスの新聞に発表し、「原爆病としか言い表せない未知の何か」によって「1日に100人というペースで」「不可思議で恐ろしい」死に方をしてゆく人々のことを書いたとき、マッカーサー将軍は彼を日本から追放するよう命じた。彼のカメラと広島で撮影したフィルムは忽然と消えた(9)。

 「広島の焼け跡に放射能なし」と1945年9月13日のニューヨーク・タイムズの見出しは宣言した。「調査の結果、長崎に危険は無いことが判明」と題した別の記事は「原爆後の放射能は腕時計の発光文字盤のわずか千分の一である」と述べた(1945年10月7日)(10)。放射能のリスクを小さく見せるための強力な政治的動機があった。国務省弁護士のウィリアム・タフト(William H. Taft)が認めたように、低
レベル放射能が危険であるという「誤った印象」は「国防省の核兵器と動力用原子力計画のあらゆる側面を著しく傷つける可能性があり…民間原子力産業に悪影響を与え…放射性物質を医療の診断や治療に用いることへの疑問を提起するかもしれない」(11)。米国原子力委員会が1953年に発行したパンフレットは「放射線への低レベル被曝は『身体に判別可能な変化を伴うことなく無期限に継続できる』と主張した」(12)。

原子力委員会はABCC科学者に給料を支払い、「ときに不快と感じるほど密接に」監視したことを、放射線科学を形作った政治的圧力を記録したスーザン・リンディー(Susan
Lindee)は著書「現実化された苦しみ」で書いている(13)。(この分野での科学の形成に関する他の良い参考文献には、スー・ラビット・ロフ(Sue Rabbit Roff)の
著書「ホットスポット」、モニカ・ブロー(Monica Braw)の著書「抑圧された原爆」、ロバート・リフトン(Robert Lifton)とグレッグ・ミッチェル
(Greg Mitchell)の著書「アメリカの中のヒロシマ」がある)。ニューヨーク・タイムズは「政府と一緒になって生存者の放射能病についての情報を隠蔽し」ビバリー・アン・ディープ・キーバー(Beverly Ann Deepe Keever)が著書 「ニューヨーク・タイ
ムズと原爆」で書いたように、記事では一貫して放射能を軽く見せるか、無視してきた(14)。

「原爆時代の夜明けから、…ニューヨーク・タイムズはこの時代のニュース形成をほとんど一手に引き受け、史上最大の破壊力を持つ [核の]力を容認する気
運を醸し出し、」原爆と核実験が健康と環境に与える影響を最小化し否定することで「冷戦の隠蔽」に加担したと、老練なジャーナリストであるキーバーは書いた。

 ABCCの科学者たちは、委員会が調査を始めた1950年までに、ガンを除く全ての原因による死亡率は「通常」レベルに戻っており、ガンによる死亡は非常に少ないので警戒は不要であると計算した(15)。

*******

 「ばかげている、くだらない!」と、初期の批判者であり自らも被曝した広島研究者である、疫学者のアリス・スチュアート(Alice Stewart)博士は抗議した
(16)。スチュアート博士は1956年に、妊娠中の女性をエックス線検査すると小児ガンの可能性が倍増することを見出した。彼女のこの研究は、子宮内で被爆した子供にガン発生の増加はなかったとするABCCと放影研のデータに真っ向から衝突することになった。1950年代に、安全であると「知られている」被曝線量よりさらに低い線量で子供が死ぬなどという話を聞きたい者は誰もいなかった。冷戦下、指導者たちは、机の下にうずくまって隠れることで全面核戦争を生き延びることができる、と市民に対して保証し、米英両政府は「友好的な原子力」に潤沢な補助金を注ぎ込んだ。スチュアート博士は研究資金と名誉を奪われた。

 彼女の発見の信ぴょう性を失墜させるために広島データが繰り返し引き合いに出されたが、彼女は被爆後わずか5年で生存者が正常に戻るなどあり得ないと指摘して批判を続けた。これは正常あるいは代表的な集団ではなく、弱い者が死んでしまった後の健康な生存者の集団なのだ。彼女の小児ガンの研究では、ガンが潜伏している子供は正常な子供に比べて300倍も感染症にかかりやすくなったことが見出された。免疫系がこれほど弱っている子供たちは、食品と水が汚染され、医療体制も機能停止し、抗生物質も入手困難な、原爆後の厳しい冬を生き延びることはできなかったかもしれない。しかし死因は放射線関連のガン死として記録されることはなかっただろう。また、死産や流産は、放射線被曝の影響として知られているが、当時そのように記録されることはなかったであろう。公式な数値が示しているよりずっと多くの放射線被曝による死者があったとスチュアート博士は主張した。

 さらに原爆生存者の多くは、単発の外部放射線に、爆心からの距離にもよるが非常に高い線量で被爆したのであって、原発周辺の住民や原子力産業の労働者が受けるような長く緩慢な低線量の被曝ではない。スチュアート博士によるハンフォード核施設の労働者の研究では、広島データが示したガンを発生させる値よりも「ずっと低いと知られている」線量でガンが見出された。「これこそが低線量被曝の影響を見つけるために研究すべき集団なのだ」と彼女は主張した。労働者は、通常運転の原発や原発事故の風下住民がさらされるものに近い種類の放射線被曝を受けるということだけではなく、(原子力産業の定めにより)この人たちの被曝線量はしっかり記録されているからである。

 これとは対照的に、広島と長崎の研究では、放射線被曝はほとんど説得力のない当て推量に基づいて推定された。原爆から放出された放射線はネバダ砂漠で行われた核実験によって計算され、その後の数十年間で何度も再計算された。研究者たちは生存者に、あなたは爆心に対してどこに立っていたか、あなたと爆心との間に何があったか、その朝に何を食べたか、といった質問をした。被爆から5年が経っても信頼できる証言が取れると想定されていた。

 「聖書の算術だ!」スチュアート博士は広島データをそう呼んだ。「これに基づいて後に行われた放射線の発がん影響の計算を歪める結果となった。ガン影響だけではなく、免疫系の障害、感染症への抵抗力低下、心臓疾患、遺伝子損傷など他の多くの影響についての計算も歪んだものとなった。実態とはかけ離れたこれらの計算結果は深刻なものである。なぜなら、それはバックグラウンド放射線のレベルを引き上げても安全だと示唆するからである。」

事実、広島研究が進むにつれ、ガン以外の様々な放射線の影響が発見された(17)。心臓欠陥や胃腸障害、眼病、その他の健康問題が、彼女の予測を裏付けた。スチュアート博士は胎児エックス線検査の問題も立証したが、公式団体を説得して胎児エックス線検査に反対する勧告を出させるのに20年を要し、その間にも医師たちは妊婦にエックス線を当て続けた。十分な論拠を積み立ててアメリカ政府を説得し、1999年に原子力産業従事者が労働で発症したガンに対する補償を承諾させるために、さらに20年を要した(18)。(この学問分野では長寿であることが役に立つのだと、彼女は皮肉っぽくコメントした。)

 彼女は二度にわたり、危険と呼ぶには「低すぎる」と想定された放射線被曝が実は高いリスクを持つことを実証した。広島データに対する2発のきついパンチであった。しかし、この60年前の放影研のデータ集は、原発周辺のガン患者集団の新しい証拠や、チェルノブイリでの知見を否定するための根拠として、今も使われ続けている。

*******

 環境中放射能の独立コンサルタントであり「内部放射線源の放射線リスク調査委員会」(イギリス政府により設立されたが2004年に解散)の元メンバーであるイアン・フェアリー(Ian Fairlie)の計算によると、40件以上の調査研究にお
いて、核施設の周辺で小児白血病の集団が発見されている。これをフェアリーは「否定しがたい大量の証拠」(19)だと述べるが、依然として広島研究を根拠に否定され続けている。一般にガン集団が原発周辺で認められると、それは政府の委員会に諮られるが、施設からの放射能排出は発がん影響が出るには「低すぎる」、つまり放影研のリスク推定によれば「低すぎる」ことを根拠にその発見は無視される(20)。

 しかし、2007年に思いもよらないことが起きた。憂慮する市民の圧力に対応して組織された、政府の指名した委員会が、ドイツの16の原子力発電所すべてにおいて、周辺地域に小児白血病の発症率増加を見出した。「原子力発電所周辺の小児がん」論文(略称でKiKKと呼ばれる)は、大規模で、慎重に計画された研究で、ケースコントロールの形式に則っていた(1,592 のガン症例と4,735の対照
群)。原子力に反対していなかった研究者たちは、「低レベル放射線の影響に関する通常のモデルに基づき…影響なし」(21)という結論を予想していた。しかし驚くべきことに、原発から5km未満に住む子供は、5km以上に住む子供に比べ、白血病を発症する可能性が2倍以上高いことを彼らは見出した。これは放射線リスクを推定する現行のモデルでは説明不可能であった(22)。この白血病の増加を説明するには、発電所からの排出量より桁違いに高い量でなければならなかった。そこで研究者たちは、白血病の増加は放射能によるものとは考えられない、と結論づけてしまった。

 リスクを計算する根拠にしたデータ、つまり広島研究は、「不十分」なものだと理解するなら、この結果は不可解ではないとフェアリーは説明する(23)。これらのデータに対するフェアリーの批判は、スチュアート博士の「高エネルギー中性子とガンマ線を瞬間的に外部から被曝した場合のリスク推定は、ほとんどの環境放出源からの低範囲アルファ・ベータ線の長期・緩慢な内部被曝には、実際には適用できない」(24)という主張にも呼応する(傍点筆者)。 フェアリーは、内部被曝の危険を考慮に入
れていない広島データの問題点をさらに指摘する。名古屋大学の物理学名誉教授で広島生存者の沢田昭二が認めるように、広島研究は放射性降下物に一度も目を向けなかった。それらは「爆発後1分以内に放射されたガンマ線と中性子」を研究したが、その後長時間にわたる残留放射能の影響や、「より深刻な」吸入や経口摂取の影響は考慮しなかった(25)。

外部被曝と内部被曝を明確に区別しておくことは重要である。原爆の爆発は、高エネルギーの亜原子粒子の形をとる放射線と、ストロンチウム90やセシウムのような放射性元素の形で降下物として残る物質を発生する。そのほとんどは地表に残り人体を外側から被曝させるが、飲み込んだり吸い込んだりすると肺やその他の臓器に留まり、至近距離で放射能を出し続ける。原子力推進論者はバックグラウンド放射線を引き合いに出し、(モンビオがカルディコットに反論したように)我々は毎日バックグラウンド放射線に曝されながらも生きていることを強調し、低線量放射線は比較的無害だと主張する。しかしこの主張では、外部の放射線源から来るバックグラウンド放射線は限られた被曝であるという事実が見落とされている。飲み込んだり吸い込んだりした放射性物質が体内組織を被曝させ続ける内部被曝は、ヘレン・カルディコットが言うように「細胞のわずかな体積に極めて高い線量を被曝させる」。(物理学者が「許容線量」について話すとき、「彼らは一貫して、原子力発電所や核実験からの放射性元素を飲み込んだり吸い込んだりして体内に入る内部放射線源を無視し、… その代わりに彼らは、
一般に害の少ない体外放射線源からの外部放射線に焦点を合わせる」(26)とカルディコットは説明する。)

 KiKK論文は「注目に値する」とフェアリーは主張する(27)。しかし、2011年5月初めにガーディアン紙が「原発が小児ガンを引き起こすことが明らかに」(28)という見出しでこのような解釈を与えるまで、アメリカやイギリスの主流メディアには取り上げられることがなかった。「政府の諮問委員会は、白血病集団の原因を別の所に求める時が来たと語った。」「別の所」とは何なのか、原発周辺のガンの集団に対する他の原因とは何だというのか。ガーディアン紙が引用した専門家は、感染症、ウイルス、蚊、社会経済的要因の可能性があるという。イギリス政府は現在8基の原子炉を新規に建設する計画を推し進めている。

 新しい証拠が古いモデルと衝突する時は、新しい証拠に注目するより古いモデルに固執するものだ。世界は平らだ。チェルノブイリでも平らだ。

*******

(以上、前半の転載終了、後半につづく。)




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