[CML 015394] Re: 言葉をつぶす人、言葉をつくる人(1)

hagitani ryo liangroo at yahoo.co.jp
2012年 3月 2日 (金) 11:15:57 JST


しつこくてすみません。これは批判とかなんとかでないですけれども、

池田さんが心中支持しておられる「めくら」という言葉、目が明るくないから、
めくら、というので、論理的に筋の通った表現です。
失明といったりするのと同様ですね。
それをやめてしまうと、どうしても漢語か外来語になる。
ほんとは、やまと言葉でなにか新しいことばが作れれば、と思う、と言えば、大
方のご共感を得られそうな気がします。
でも、やまと言葉の造語力が今は非常に低いです。漢語の造語力をなげく人はい
ても、やまと言葉の生殖能力の衰えをなげく人はあんがい少ないみた い。

めくらという言葉ひとつが消え去るだけなら、言語の貧しさではないと思います
が、代わりをつくる能力を失っている言語は貧しいと言えるでしょう。

ひとつには、新しいことばは、よっぽどうまくつくらないと、異物感がなくなら
ないからではないですか。
どうせ異物なら、漢語や西洋語のような、本性が異物であるようなものを使った
ほうが、抵抗がないのかもしれません。

日本語には、〜する、〜だ・である・です、という、外来語のための特等席
(?)みたいなパターンがあって、即座に受け入れ可能なのです。世界に類 を
見ないコンビニエンス。でも受け入れる体勢はつねに整ってるけれども、永劫に
同化はしないという、すごく変な構造です。(このことは、柄谷行人 の「日本
精神分析」で読みました。あれで戦前のもう廃棄物と化した国語学者のことなん
か書かなければ、もっといい本になるのですが、インテリは最 近40年の日本語
学にクライです)。

それもあって、むかしは漢語、いまは英語が花盛りです。英語がカッコイイとい
うのは昔のことで、いまや、そのほうがお手軽で便利なのです。
いうまでもありませんが、これは、する、だ、である、です、のワンパターンの
花盛りだから、言語を貧しくします。
ググる、とか、関西人の言う「きれいくない」とかいうのは、ヤマト化(ヤマタ
イゼーション?)として、支持されていいとも言えますが・・心中複雑 な今日
この頃です。

(12/02/29 10:57), 池田 香代子 wrote:
>> たとえばわたし個人は、「めくら」は薄暗いのから真っ暗までを表現する豊かな言葉だと思うのですが、その過去の使われ方から「めくらと言われたくない」という当事者がおられ、その心情が共感を得ており、わたしもそれはもっともだと考えるので、使いません。
>>
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