[CML 017916] 先生は陸軍の工作員だった

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2012年 6月 22日 (金) 00:06:59 JST


 坂井貴司です。
 転送・転載歓迎。
 
 残念ながら、九州・沖縄限定の番組です。
 
 太平洋戦争末期の1945年始め、沖縄本島の西部100キロにある離島の久
米島に、本土からたくさんの荷物を持った国民学校(小学校)の青年教師が赴任
しました。兵庫県出身で、名前は上原敏雄と言いました。
 
 紳士的で礼儀正しい上原は児童や父母達から慕われ、信頼されました。67年
が経った今も、彼の教え子たちは「本当にすばらしい先生だった」と口々に賞賛
します。
 
 上原は国民学校で勉強を教えると同時に、児童や父母たちの「国防意識の涵養」
に熱心に取り組みました。
 
 「この久米島にもアメリカ軍が攻めてくるかもしれない。その時は軍とともに
戦おう!祖国日本を守ろう」
 
と上原は熱く語りました。その姿に打たれて島民達は軍事教練に励みました。戦
うための組織化が行われました。

 上原が赴任して6ヶ月後、彼の言葉通り、アメリカ軍が久米島に上陸しました。
 
 すると上原は、陸軍の軍服を着て島民に前に現れました。
 
 「私は久米島防衛を任された陸軍の特務将校である。島民は私の命令に従って
もらう。アメリカ軍に対し、島民が一丸となって遊撃戦(ゲリラ戦)を行う。玉
砕するのだ!」
 
と叫びました。島民は驚愕しました。

 「あの優しい先生が軍の工作員だなんて・・・」

 上原は、沖縄の離島の住民を扇動し、戦うために組織化する任務を負った「離
島残置工作員」でした。住民を軍に「自発的」に強力させ、戦わせるために活動
した軍人でした。
 
 沖縄戦から67年が経った今、久米島の島民たちは上原の正体を突き止めよう
と調査しています。
 
 あまり知られていない「離島残置工作員」を取り上げた番組が、6月23日放
送されます。
 
 NHK総合
 
 九州沖縄特集
 「私は、日本軍の諜報員だった〜沖縄戦“見えざる軍隊”の真相〜」
 
 http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=501&date=2012-06-23&ch=21&eid=42747
 
 放送日:6月23日
 放送時間:午後4:40〜午後5:28
 
 結局、島民は玉砕しませんでした。島民から信頼されていた元村長が玉砕に反
対したこと、上原が米軍への攻撃を命令しなかったからでした。
 
 久米島はほとんど戦闘もなく、8月15日の敗戦を迎えました。上原は引き続
き教員として久米島に残りました。一生懸命熱心に子どもたちに勉強を教えまし
た。自分が食べる分を減らしてまで、貧しい子どもたちを援助しました。「上原
先生のおかげで学校に行くことができた」と多くの教え子たちは言います。

 しかし、敗戦の翌年、上原はアメリカ軍に逮捕され連行されました。工作員で
あってことがばれたからでした。釈放後、故郷の兵庫県に帰った上原は、小学校
教員として勤務しました。最後は校長になりました。いつも命の大切さを訴えま
した。戦争のことは全く話しませんでした。そして、死ぬまで久米島を訪れるこ
とはありませんでした。
 
坂井貴司
福岡県
E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp
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「郵政民営化は構造改革の本丸」(小泉純一郎前首相)
その現実がここに書かれています・
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