[CML 014361] <テント日誌 1/13(金)>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2012年 1月 16日 (月) 10:55:51 JST


木村(雅)です、転送が遅くなってしまいました、すみません。

<テント日誌 1/13(金)>
  あらゆる建築物と同様の扱いに。火元責任者の明示
    ―― 経産省前テントひろば 125日目 ――
 
 4時起床。ローテーションで早朝を選ぶのは、朝のお掃除の補助のため。
夜間座り込みがテント内に延長され、警備担当と座り込みのゲストとそれぞれの支援グループの誰彼が、囲炉裏なき囲炉裏端会議となる。会議の中心の「火」は人工太陽=原発。原発という総論は各論に分岐し、最終電車は反/脱原発に決まってはいるが、最終駅に到着せず、テントでの宿泊となる方もいる。
 朝、激しい議論の残渣を掃除するのが、我々の仕事。午前6時、隣のテントの福島らの椎名さんがお顔を覗かす。「はあ…」と目を上げると、なんとすれちがいに、警官が顔を覗かす。
 「いやあ、寒いね!風邪引かないでね・・・」結局、火器火気厳禁を口実に、内偵しているのにちがいない。優しい言葉を聞きながら、テントの奥を覗き込む眼光の鋭さに傷つけられる思いがする。今度来たら、ここの火器より原発なくすほうの仕事してよ! と伝えねば、と思いつつ、黙ってあっけにとられている自分が情けない。今朝
は一瞥
一言で行ってくれた。
 
 そうして、あらゆる建築物と同様、火元責任者を明確にすることになり、 防火総責任者 正清太一、同代理、島田悦司となった。「火」にまつわることは、このお二方にお伺いしてからにしてほしい、ということになった。火の使用が、猿と人類の決定的分かれ目だが、火の始末が原発の始末となれば、人間は、猿以下に転落したことになる。公害と戦争は地球生態系の天敵。
 
 この日、鎌田慧講演のキャンペインなどで、水道橋「タンポポ舎」に行かねばならず、舎は明日の脱原発世界会議でのディスプレイなどの準備でごったがえしていた。
 夜の鎌田慧講演会はびっしり」満員の大盛況!終わり頃到着したひまわりさんは、その後たんぽぽ舎のパソコンで、明日の脱原発世界会議でまくテントのビラ作成に遅くまで作業。ご苦労様です。
 この夜、高性能の暖房用上着が届けられた。くわしくは、次回で。 (Q記)

★この間、全国の方々からメールが寄せられています。少しずつ紹介させていただきます。
 尚、メールは tentohiroba at gmail.com 宛てにお送り下さい。

◎今の日本人の多くは「放射性物質は恐い」、しかし、「原子力ムラの問題点、どう変えるべきか」が分からないのではと感じるのです。(東京 30代 男性)
◎本日昼過ぎにテント村に行って、初めての「座り込み」を2時間余り体験して戻りました。
 私の左隣りには東久留米からマウンテンバイクを駆って一足先に来ていた私と同年輩の男性がいました。最初の30分程は、黙って「三陸海岸大津波」(吉村昭著)を読んでいたのですが、目が疲れたので話しかけたところ快く応じていただき、かれこれ1時間以上に亘って原発問題を中心にいろいろと意見交換ができました。
彼は原発で被災した郡山の出身とのことでした。彼に会えたのが、本日最大の収穫でした。
(埼玉県上尾市から参加した<原発廃絶>をライフワークに決めた男。)
◎私は、岩手県で小学校の教員をしている者です。皆さんのがんばりには頭が下がる思いです。岩手は、昨年震災で甚大な被害を被りましたが、復旧復興に向けて心を一つにみんなでがんばっているところです。
 原発は地震大国日本に本来作ることが無謀な物です。それは、戦後のアメリカとのつながりから原子力に手を出させられ、その惰性でやめるにやめられなくなっているものです。
しかも、電力会社と政府との結びつきによりそこにお金が動き、過疎地域の弱みにつけ込んでお金で釣り、そこに住む人たちの人権などは少しも顧みないのです。犠牲者はいつも弱者。
 こんな世の中は、変わらなければなりません。それには、あなた方のような草の根のねばり強い運動が絶対に必要です。明るい明日のために共に最後までがんばりましょう!



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