[CML 014180] <occupy>という言葉とその現象についての太田昌国氏の考察、そして私の若干のコメント

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2012年 1月 9日 (月) 18:37:54 JST


評論家の太田昌国氏が<occupy>という言葉と<occupy>という現象について考察した論攷を発表しています。

■領土問題を考えるための世界史的文脈(「状況20~21」2011年12月27日、『月刊 
社会民主』2012年1月号掲載)
http://www.jca.apc.org/gendai_blog/wordpress/?p=229

その論攷で太田氏は「occupyという語に対する違和感」について述べているのですが(「この運動の基本的な精神
には共感をもちつつも」ということを前提にしつつ)、私の違和感、また問題意識とも重なるところもあって大変参考
になりました。

「occupyという語に対する違和感」については太田氏とほぼ同様の感覚を私も共有するのですが、それとはまた別
のデジャヴュ(既視感)のような感覚も私の中にはあります。

私の中でそのデジャヴュのように立ち現れる光景は、比喩的な意味での1960年代の終わりの「全共闘」という祝
祭の光景です。その祝祭はある日を境にして燎原の火のように全国の大学へ広がりました。その祝祭の主人公で
あった学生たちはバリケードやゲバ棒や火炎瓶などを使用して鎮圧しようとする大学・警察権力に立ち向かいまし
たが、その祝祭も1、2年後には収束し、この祝祭を通じて結果として露わになったのは内ゲバによる多くの死者と
あさま山荘事件に象徴される連合赤軍事件と呼ばれる惨禍でした。この後、急進的な学生運動は急激に支持を失
い、のみならずふつうの学生運動そのものも急激な下降カーブを描いていきました。

なぜこのようなことになったのか。いろいろな分析は可能でしょうが、ひとことでいって運動そのものがムード以上の
ものになりえていなかったことが大きいだろうと私は思っています。たしかに一部の(急進的な)学生たちには「大学
解体」、「自己否定」などというのっぴきならない理念はあったのでしょうが、多くの学生たちはいわば祝祭の周縁部
にいてファッション(流行)として、あるいは時代の波に押し流されるようにして「全共闘」という祝祭に参加しただけと
いうのが実相だったでしょう。人々の群れが一点に凝集することのできる理念は存在しなかったのです。

ひるがえってoccupy現象はどうか? この現象もファッション(流行)の側面が大きいように私には見えます。太田
氏は「われわれは99%だ」という主張は訴求力の強い主張だと評価していますが、わたしは訴求力は強くてもその
訴求力は人によってバラバラなような気がしています。太田氏のいう「99%に含まれる人びとの内部に存在する政
治・社会上の矛盾と対立を覆い隠してしまう」という意味でのバラバラという意味です。 


occupy現象の中にある下記のような事態は私にはその内包する「矛盾と対立」のひとつののっぴきならないあらわ
れのように見えます。

■群衆に発砲、1人死亡 米加州の格差抗議「占拠」公園付近(産経新聞 2011/11/11) 

http://sankei.jp.msn.com/world/news/111111/amr11111114410007-n1.htm
■デモ参加者らの死亡相次ぐ=けんかや自殺など全米各地で(時事通信 2011/11/12) 

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201111/2011111200094
■米「占拠デモ」参加者、銃で頭撃ち死亡(産経新聞 2011/11/12)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/111112/amr11111209490002-n1.htm

occupy運動の基本的な精神に私も共感を持ちながらも、しかし、occupy現象を単純に称揚するのにはためらいを
感じざるをえないのです。

以下、太田昌国氏の<occupy>という言葉とその現象についての考察です。ここでは「一 
 occupy という言葉に心
が騒ぐ」の章のみを掲げておきます。全文は上記サイトをご参照ください。

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一 occupy という言葉に心が騒ぐ

「格差NO」のスローガンを掲げて、ニューヨークで「ウォール街を占拠せよ!」という運動が始まったことが報道さ
れた時、私は、この運動の基本的な精神には共感をもちつつも、手放したくはない小さなこだわりをもった。「占
拠」を意味するoccupy という語に対する違和感である。米国の歴史は、「建国」後たかだか二百数十年しか経っ
ていないが、それは異民族の土地を次々と「占領」(occupy)することで成り立ってきた。この度重なる占領→征服
→支配という一連の行為によって獲得されたのが、現在でこそ漸次低減しつつあるとはいえ、世界でも抜きん出
た米国の政治・経済・軍事・文化上の影響力である。これが、世界の平和や国家および民族相互間に対等・平等
な関係が樹立されることを破壊していると考えている私にとって、それが誰の口から発せられようとoccupyやocc
upation という語は、心穏やかに聞くことのできない言葉なのである。

同時に、1%の富裕層に対して「われわれは99%だ」と叫ぶ、訴求力の強い、簡潔明瞭なスローガンに対しても、
その表現力に感心しつつも、留保したい問題を感じた。99%という数字は、米国のこのような侵略史を(現代でい
えば、アフガニスタンやイラクの軍事占領を)積極的に肯定しそれに加担している人びとをも加算しないと、あり
得ないからである。問題を経済格差に焦点化して提起する、新自由主義が席捲している時代のわかりやすくは
あるこのスローガンは、99%に含まれる人びとの内部に存在する政治・社会上の矛盾と対立を覆い隠してしまう。

これは、国家主義的な、したがって排外主義的な歴史観が多くの人びとを呪縛している社会にあって、私たちが
どんな歴史的な想像力をもちうるか、この歴史観を変革するためにどんな努力をなしうるか、という問題に繋が
っていく。焦眉の問題として「1%対99%」という問題提起の有効性を認めるとしても、99%の中身を分析する視点
は持ち続けるという意思表示である。そんなことを思いながら、米国のみならず世界各地の「オッキュパイ運動」
を注視していたところ、米国内部からの次のような発言に出会った。

「アメリカ合衆国はすでにして占領地である。ここは先住民族の土地なのだ。しかも、その占領は、もう長いこと
続いている。もうひとつ言わなければならないことは、ニューヨーク市はイロコイ民族の土地であり、他の多くの
最初からの民族の土地だということだ。どこかでそのことに言及されることを、私たちは待ち望んでいる」(ジェ
シカ・イェー「ウォール街を占拠せよ――植民地主義のゲームと左翼」、ウェブマガジン“rabble.ca”10月1日号)。

ウォール街で起ち上がっている人びとが「国家と大資本」を批判するのはいいし賛成だが、その視点だけでは、
植民地支配に関わってのみずからの「共犯性と責任」をどこかに置き忘れているのではないか――ジェシカが
問うているのは、そのことだろうか。

ところで、ジェシカ・イェーが言う「もう長いこと」とは、どんな時間幅だろうか? 米国の場合は、先に触れたよう
に、1776年の「独立」以来の二百数十年となろう。あるいは、メキシコに仕掛けた戦争に勝利した米国が、メキ
シコから広大な領土を奪った段階(1848年)で、ほぼ現在の版図に近い米国領土が確定したことに注目するな
ら、「もう長いこと」とは、およそ1世紀半の時間幅となる。

問題を世界的な規模のものと考えるなら、「占領」という概念や「先住民族」という捉え方は、植民地主義支配
に必然的に随伴することがらである。現代にまで決定的な影響を及ぼすことになった植民地支配の起源を、
15世紀末、1492年のコロンブス大航海とアメリカ大陸への到達に求めることは、ほぼ定着した歴史観になって
いると言えよう。したがって、世界的な規模では、500年以上の射程で捉えるべきことがらであることがわかる。
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東本高志@大分
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