[CML 014160] 2012年の年のはじめに(2)『丸山眞男手帖』に収められている丸山の社会主義に関する認識(浅井基文さんの抜き書きから)

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2012年 1月 8日 (日) 20:52:02 JST


政治学者の浅井基文さんがご自身のホームページの今年最初のコラム記事として『丸山眞男手帖』に収められている
丸山の社会主義に関する認識を抜き書きされています(「新年のご挨拶」)。
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2012/index.html

その丸山の社会主義に関する認識について、浅井さんは次のように言っています。

「『手帖』に収められている丸山の発言において今ひとつ私が大きな関心を覚えたのは、その社会主義に関する認識
です。「ソ連崩壊=社会主義破産」とする通俗的な理解に対して、丸山は極めて厳しい批判を行っており、社会主義こ
そがデモクラシー(略)と親和性(略)があるという認識を表明していることです。」

新しい年を迎えるにあたって、昨年古希の年齢に達した浅井さんは、「儲けること=利潤原理」を動機とする資本主義
制度の根底的な制度的歪みと限界性を自身として再確認され、改めて民主主義としての社会主義の可能性に希望を
託されているようです。

そのためには「ソ連崩壊=社会主義破産」とするがごとき世俗の通俗的な理解は主体的に払拭されなければならない
課題というべきなのです。そのための丸山眞男の社会主義に関する認識の抜き書きだと思います。

以下、浅井さんが抜き書きする丸山の社会主義に関する認識のことばです。

「本来、言葉からいうと一九世紀の終わりまでは民主主義と社会主義という言葉は同義なんです。むしろ、自由民主主
義、リベラル・デモクラシーという言葉は、非常に後からできた。立憲主義が社会主義の勃興に直面して、ウェルフェア・
ステート、福祉国家の原理を取り入れた後にはじめて自由民主主義、リベラル・デモクラシーという言葉ができたのです。
/冷戦で忘れられてしまったのですね。冷戦でアメリカとソ連の対立になっちゃったでしょう。そこで、今度はナチに対し
て用いられていた全体主義という言葉を、ソ連に対して用いるわけです。その場合の民主主義というのは、西側の民主
主義です。西側の民主主義対全体主義。全体主義の中に共産主義体制はみんな入ってしまったのです。これは歴史
的にいうと違うのですね、実際は。民主主義と社会主義が同義だった、むしろ。それがそうではなくなったというのは、
やはりロシア革命なのです。だから、ロシア革命は歴史に残る偉大な成果なんだけれども、歴史の皮肉なんですね。い
ちばん立憲主義の伝統、自由主義の伝統、民主主義の伝統がなかったところに社会主義が行われた、そういう意味で。

…本当は違うのだけれど、プロレタリアートの独裁イコール共産党独裁。共産党独裁イコールスターリンの独裁。こうい
うふうに全部等式になってしまった。プロレタリアート独裁そのものは僕は多義的だと思うけれど、共産党独裁と同視さ
れたというのはソビエトなんです、レーニンなんです。…

いかに資本主義が古典的資本主義と違っているか。つまり、労働者階級の運動とか社会主義運動があって、資本主義
がものすごく変貌したんです。社会主義は学んでいないの、資本主義から。逆に資本主義は学び過ぎるほど学んじゃっ
て、自分を変えたわけです。‥しかし、それでも僕は問題が残ると思いますね。

(△紡海)


東本高志@大分
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