[CML 015331] 小沢一郎をもちあげたくなったら、これも読んでみてください

hagitani ryo liangroo at yahoo.co.jp
2012年 2月 29日 (水) 10:39:06 JST


橋下徹と小沢一郎の「民主主義」
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2012/index.html

*橋下徹・大阪市長が明らかにした「船中八策」(骨子。2月21日の産経新聞配信
による。)と小沢一郎・民主党元代表が朝日新聞とのインタ ビュー(2月 24日付
同紙所掲)を読んで、彼らの民主主義に関する認識に怪しさと危うさを感じない
ではいられませんでした(2月26日記)。

橋下徹の「船中八策」(骨子)では、冒頭の「維新八策の目的」のその冒頭に「決
定でき、責任を負う民主主義」という表現が踊っています。「決定でき、責任
を負う」という言葉は、すぐその後に、「決定でき、責任を負う統治機構」とし
て繰り返されています。ちなみに、骨子を読む限り、「民主主義」 に関する言
及 は冒頭の一箇所だけです。これに対して、「統治機構」に関しては、「(1)統
治機構の作り直し」でその内容が敷衍されています。私は、「決定 でき、責任
を 負う民主主義」という私にはきわめて見慣れない言葉に違和感を覚えざるを
得ませんでした。骨子が「民主主義」についてはそれ以上何も触れると ころが
ないの で、橋下の意味するところを理解できないもどかしさもありました。
小沢一郎はインタビューで、橋下の「船中八策」に関する感想を問われて、
「『決定でき責任を負う民主主義・統治機構』…という主張は全く同 感。我が意
を得たりだ」と述べています。小沢の場合は他の箇所でも次のような「民主主
義」に関する発言がありました。

    ○(「政権交代から2年半。政治が機能していないのはなぜか」との質問に答
    え)まだ日本では民主主義が定着してない、成熟していないとい うことだ。
    国民以 上の政治家は出ないというからね。2009年8月総選挙での政権交代は
    変化を嫌う日本国民にとっては大変な決断であり、夢をかけたんだと 思
    う。でも民主党 は期待に応えるだけの資質を身につけていなかった。『任
    重くして』ということかな。
    ○政権交代で議会制民主主義のレールは敷けたかと思っていたが、どうもう
    まくいかない。
    ○政権交代を前提とする議会制民主主義を定着させ、あとは次の世代にたい
    まつを引き渡す。

 私はかつて、拙著『新保守主義 −小沢新党は日本をどこへ導くのか−』(柏
書房 1993年)において、小沢の考え方を分析したことがあり ます。彼が国 内
政治の改革論の旗手になったのは、若くして自民党幹事長になった彼が1990年の
湾岸危機に直面し、「冷戦構造の中で存在を許されてきた与 野党の図式− その
ぬるま湯の構造」、つまり戦後政治を特徴づけてきた与野党対立型の政治(55年
体制)を抜本的に改める必要を痛感してからのことでした。 彼が「国内政 治の
改革」ということで意味したことは、「意思決定がすんなりと行えるような政治
の枠組み」(p.157)を作ることであり、かつ、それに尽 きていたので す。「つ
まり、彼の政治改革論の最大の眼目は、速やかに意思決定が行える政治制度を作
り出すことにある。そのためには、主義主張が似通い、 従って政権交代 も行い
易い二大政党制が適当だということ」(p.159)だったのです。
そして、それを実現するための選挙制度としては小選挙区制導入が是非とも必要
でした。今回のインタビューで、「細川政権で小選挙区制を決めた のは政権交
代 可能な政治体制をつくることでした。それが失敗だったという指摘がありま
す。」という問いかけに対して、小沢は、「それは全くの間違いだね。 中選挙
区制は 日本人的なぬるま湯の仕組みだが、対照的に小選挙区制は一番政権交代
のしやすいシステムだ。自分たちの代表を一人選んで自分の意思表示をきち ん
とするとい う意味で、その目標と意義は全然変わっていない。」と答えていま
す。「中選挙区制=ぬるま湯」の発言は、1992年12月号の『文藝春秋』で 彼が
すでに口 にしている言葉であり、今回もその言葉を繰り返しているということ
は、小沢の考え方が20年来一貫していることを示しています。
つまり、小沢にとって重要なことは迅速な意思決定メカニズムの構築であり、
「民主主義はいかにあるべきか」ということではないのです。そのこ とを踏ま
えた 上で、選挙制度のあり方に関する彼の上記発言を読み返してみると、彼が
なぜ民主主義一般ではなく、「議会制民主主義」という言葉にこだわって いる
のかが分 かります。つまり、彼にとっては議会制民主主義とは、「(国民が)自
分たちの代表を一人選んで自分の意思表示をきちんとするという意味で、そ の
目標と意義 は全然変わっていない」ことにあるのであり、そのあとは「主義主
張が似通い、従って政権交代も行い易い二大政党制」にすべてを白紙委任すると
いうことなの です。
このように見てくると、小沢が橋下の「『決定でき責任を負う民主主義・統治機
構』…という主張は全く同感。我が意を得たりだ」と述べた意味が 明らかになり
ます。つまり、ポイントは「決定でき責任を負う」点にあるのであり、「民主主
義」はお飾りにすぎないのです。橋下のこれまでの言動から判断す れば、橋下
に おける認識も大同小異と見て大過ないでしょう。
橋下、小沢というような「政治家」が不透明性を極める日本政治を引っかき回そ
うとして、虎視眈々と機を窺っているのは、なんとも不幸なことと 言わざるを
得ません。





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