[CML 015130] 【YYNews】■[話し言葉で読める西郷南洲翁遺訓]より:三十[始末に困る人]

山崎康彦 yampr7 at mx3.alpha-web.ne.jp
2012年 2月 21日 (火) 12:12:24 JST


 杉並の山崎です

いつもお世話様です。

*■[話し言葉で読める西郷南洲翁遺訓]より:三十[始末に困る人]*

命も要らぬ、名も要らぬ、官位も金も要らぬという人は、始末にこまるものです。
しかし、この[始末に困る人]でなければ、艱難辛苦(かんなんしんく)をとも
にして国家の大事業をなし遂げられないものです。

名声にも地位にも財産にも興味がない。それどころか、生き永らえることにさえ
興味がない。では、こういう人は一体何に興味があるのか。何をめざし て生き
るのか。

この世に道が行われること。正義が貫かれること。[始末に困る人]にとっての
興味とは、この一事なのです。

すなわち、

[私利私欲を求めるより、道を求めるほうが断然、楽しい。生きがいを感じる]
__といった心境に至っている人なのです。

こうした人は、たしかに数こそ少ない。ですが、必ずやいるものです。

こうした人が国家を支え、本当に国のための政治というものを実現してくれます。

しかしながら、こうした人は、なかなか見出しにくいのも事実です。

何故なら、俗人から見ると、ここまで徹底して私利私欲を脱している者は、人と
して余りにも奇妙に写ってしまう。

殊に、”謙虚さを持たぬ俗人”だと、[私利私欲を捨てられぬ自分]を[人間標
準]だと決めつけて、その尺度で他人を測る。だから、高貴な心を持つ [始末
に困る人]を、ただの偏屈や馬鹿者だとしか評価できない。


周りがそんなふうに誤った評価を下してしまっては、その人の美徳も世に伝わら
ない。それで、[始末に困る人]はなかなか世の表舞台にでる機会も少 なく、
求めても見出しにくくなるわけです。___と西郷先生は、お教えくださいました。

その時、聞いていたものが[始末に困る人]について、こんな確認の質問をしま
した。

[先生、私の以前学んだ[孟子]にも、天下の正道に立ち、天下の大道を行う。
志が届いて世間に見出され、国の仕事をなすことがあれば、民と共に一 心不乱
に働く。志が届かず世間に返り見られなければ、それはそれで構わず、一人正道
を貫くまで。

どんなにカネをつまれようとも、カネの誘惑に負けて正道を踏み外すことは、絶
対ない。

どんなに貧しくなろうとも、志を曲げてカネのために悪を働くことは、絶対にない。

どんなに強力な権力が脅しにかかろうとも、恐れ命を惜しんで屈服することは、
絶対にない。

__と、このような言葉を[孟子]は説いておりますが、先生のおっしゃっる
”始末に困る人”とは、こうした人格を指しているのですか]と。

すると西郷先生は、大きく頷いておっしゃっいました。

[まさしく、そのとおりです。道に正しく立った人でなければ、そこまでの気構
えは持てぬものです]と。

(引用終わり)

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