[CML 015082] ICRPの低線量被ばく基準を緩和しようという動きの担い手は誰か?(2)

Yasuaki Matsumoto y_matsu29 at ybb.ne.jp
2012年 2月 19日 (日) 02:44:23 JST


みなさまへ   (BCCにて)松元

東京大学の島薗進氏が、日本の低線量被曝研究の問題の背後には、「ICRP基準をもっと緩和すべき」という電力中央研究所(電中研)を中心にした研究グループの存在があるとブログで指摘しています。そして彼らが、原子力安全委員会などの要職に名を連ねています。

著者の了解を得ましたので、たいへん興味深い論考を全文紹介させていただきます。今回はその(2)。後日その(3)につづくようです。

◆ブログ:島薗進・宗教学とその周辺
http://shimazono.spinavi.net/

=====以下、その(2)全文転載=====

■日本の放射線影響・防護専門家がICRP以上の安全論に傾いてきた経緯(2) ――ICRPの低線量被ばく基準を緩和しようと
いう動きの担い手は誰か?――
2月14日
http://shimazono.spinavi.net/?p=279#more-279

1999年4月21日に、東京の新宿京王プラザホテルで開催された「低線量放射線影響に関する公開シンポジウム―放射線と健康」は低線量被曝は安全でありむしろ健康に良いことを示そうとする意図のもとに行われ、放射線影響学・防護学をその方向に動かしていこうとする潮流を盛り上げるものだったことを示して来た。この会議の主催者は「低線量放射線影響に関する公開シンポジウム」実行委員会となっている。では、共催・後援・協賛団体はどうか。以下のとおりである。

共催 日本機械学会,米国機械学会、仏国原子力学会
後援 米国放射線・科学・健康協会、日本原子力学会,日本放射線影響学会、日本保健物理学会、原子力発電技術機構、電力中央研究所,日本電機工業会、放射線影響協会、日本原子力産業会議、原子力安全研究協会,日本原子力文化振興財団、体質研究会
協賛 電気事業連合会

この会議は国内の原子力関係の5団体、放射線・健康関係の4団体、電力・電気工業関係の4団体、それにアメリカ・フランスの関連領域の3団体が協力して行われていることが分かる。
低線量被曝では放射線の健康に対する悪影響は少なくむしろプラスの影響があるということを示そうとするシンポジウムに原子力推進の諸団体、電力関係の諸団体が応援し、放射線影響・防護学関係の専門家と彼らが中心メンバーである諸学会が会の企画・運営に関わっている様子がうかがえる。

一方、2002年に経団連ホールで行われた国際シンポジウム「低線量生物影響研究と放射線防護の接点を求めて」の主催者は電力中央研究所低線量放射線研究センターである。その内容要約が同センターのホームページに掲載されている。http://www.denken.or.jp/jp/ldrc/information/event/symposium/symposium2002.html
その末尾には次のように記されている。

「昨年度のシンポジウムは、これからの放射線防護のあり方についての議論でしたが、本年度は放射線生物影響研究の データがICRP勧告に反映される
ためにはどのようにすればよいかという昨年度の議論を一歩進め、生物影響研究成果を放射線防護基準に取り込むための溝を埋めるための一助となるようなシンポジウムにしたつもりです。当センターでは、今後もこのような低線量放射線の理解のための様々な活動を展開していきたいと考えています。」

これはこのシンポジウムの背後に、低線量では健康影響が少ないので、ICRPの防護基準を緩和したいという強い意欲があることを示すものである。続いて共催団体の名前があげられているが、それは日本放射線影響学会、日本保健物理学会、日本原子力学会保健物理・環境科学部会である。

では、このシンポジウムの主催者である電力中央研究所(電中研)とはどのような組織か。1都4県に多くの施設をもち、2011年度で322.7億円の予算、840人の人員を擁する大組織である。主要なスポンサーが電力業界であることは言うまでもないだろう。「次世代電力需給基盤の構築」、「設備運用・保全技術の高度化」、「リスクの最適マネッジメントの確立」を「研究の3本柱」とする機関だが、原子力関係は主要部局の1つである原子力技術研究所で多くの研究がなされている。その中で放射線と健康に関わる研究は、長期にわたり低線量被曝の生物影響についての研究にほぼしぼられている。

電中研の低線量被曝の影響研究とはどのようなものか。『電中研ニュース』401号(2004年9月)、『電中研レビュー』53号(2006年3月)、『DEN-CHU-KEN TOPICS』8号(2011年10
月)によっておおよそ知ることができる。『DEN-CHU-KENTOPICS』8号には、「電力中央研究所では、1980年代後半から、低線量放射線の生物影響に関する研究に取り組んできました」とあり、『電中研レビュー』53号には次のように記されている。

「電力中央研究所では、低線量放射線の影響研究に取り組み始めた初期の段階から、外部研究機関との連携体制を取ってきた。1993 年には、本格的なプロジェ
クト研究を開始し、共同研究のプロモートと研究のコーディネートを進める体制を確立した。」p12
同誌の「電中研「低線量放射線の生物影響研究」のあゆみ」と題された簡易年表P4を見ると、1985年には第1回ホルミシス国際会議がオークランドで、86年には第2回ホルミシス国際会議がフランクフルトで行われており、それに合わせるように研究所内に85年に低線量効果研究会が発足している。
主な研究はマウスに低線量放射線を当ててその影響を調査するもので、その目的について、『電中研ニュース』53号では次のように要約している。

「短時間に多量の放射線を受けた場合に「がん」のリスクが高まることは、広島・長崎に投下された原子爆弾などを含め、過去の事例から、明らかになっています。/一方、放射線は、地球の誕生の時点から自然界に存在しています。その中で人類が生まれたことを考えると、日常受けている放射線の量は、生命の存続に悪い影響をもたらすとは考えられません。/しかしながら、微量放射線の生体への影響は、研究成果が少ないこともあり、放射線防護の立場では、“しきい値なしの直線仮説”(どんなに微量の放射線でも線量に比例してリスクが高まる)の考えが採用されています。

電力中央研究所では、微量の放射線が生体にどのような影響をもたらすかを明らかにするため、マウスを用いたさまざまな研究を行っています。/この研究の中で、受けた放射線の総量が同じでも、短時間で受けた場合と、長時間にわたってわずかずつ受けた場合の影響の違い(線量率効果)など、色々な条件での検討を行っています。/生体の機能と放射線の影響が明らかになれば、放射線被曝に対する不安を払拭でき、さらには放射線防護に対する基準の見直しにもつながるものと考えています。」

つまりは、低線量被曝が健康に害を及ぼすことはなく、むしろプラスの効果を及ぼすことを示し、LNT説を覆して放射線防護の基準をもっと緩やかにするための研究を進めようということだ。
どのような研究成果があげられたのか。『電中研ニュース』401号では、「従来の直線仮説はリスクを過大評価」と題して次のようにまとめられている。

「従来、総線量で評価してきた放射線被曝の考え方、そして、放射線はわずかでも生体に悪影響を及ぼすとの、放射線防護のための直線仮説は、必ずしも正しくないことがこれまでの研究結果から、明らかになりました。」

これはICRPが採用しているLNT説を正面から否定するものだ。続いて「ひとこと」と題して、原子力技術研究所低線量放射線研究センター上席研究員(1999年から2006年まで在籍)の酒井一夫氏が次のように述べている。

「どんなに微量であっても放射線は有害であるという誤解が放射線・放射能に関する恐怖感の原因となっています。/微量の放射線についてこれまで断片的に報告されてきた事例を、統一的に取りまとめることができないかと考える中で、「線量・線量率マップ」に思い至りました。これによって放射線に関する社会の不安を軽減するとともに、低線量・低線量率放射線の有効利用につながる議論ができればと期待しています。」

要するに酒井氏は低線量放射線被曝は危険がなく、むしろ健康にプラスの効果があることを示し、ICRPの基準を緩和することを主目的とする研究を続け、電中研ではその研究の先頭に立ってきた人物なのである。
電中研時代の酒井一夫氏には稲恭宏氏との共著論文が多数ある。その1つ「低線量率放射線による生体防御・免疫機構活性化」と題された論文(『電力中央研究所報告』(研究報告G03003)2003年5月)を見ると、その結論は以下のようなものだ。

「以上より低線量率の放射線は、高線量率の放射線とは異なり、炎症や自己免疫疾患様の症状、変異型細胞の生成等の放射線による傷害を引き起こすことなく、生体の免疫能を活性化し、感染症やがん、自己免疫疾患等に対する防御状態を効率的に誘導し得ることが初めて示された。」

酒井一夫氏は一貫してICRPの防護基準を緩和すべきだという立場を後押しする研究を進めてきた人物である。世界の放射線影響学・防護学の専門家の中でこれは平均的な立場だろうか。後から述べるように、ICRPに科学情報を提示する機関であるUNSCEARの立場から見ると一段と安全論に偏っており、ICRPの中で安全論の極を代表するフランス科学アカデミーの立場に近い。この考えに基づく研究を進めてきた人物が、ICRPの基準をできるだけ楽観的に解釈しようとする立場から防護のあり方について説明しようとしても、市民からいぶかられるのは当然だろう。

なお、この研究はマウスに放射線を当ててその生体機能を分析するものだが、内部被曝についてはまったく考慮されていない。原爆症認定集団訴訟で酒井氏は重松逸造氏らとともに国側(被告)証人として意見書を出している。内部被曝による健康影響を認めないという立場によるものだが、酒井氏が支えようとする国側は敗訴し続けている。裁判所は内部被曝を認めているからである。

なお、この研究の謝辞は電中研の名誉研究顧問である田ノ岡宏氏(元国立がんセンター放射線部長)と放射線医学総合研究所の名誉研究員である佐渡敏彦氏に捧げられているが、電中研の研究が放医研等より国に近い機関と連携するものであることを示唆するものだろう。

その後、酒井一夫氏は2006年4月から放射線医学総合研究所の放射線防護研究センターのセンター長に赴任している。2011年3月11日の福島原発事故災害が起こると、酒井氏は政府の、あるいは政府の周辺のきわめて多くの審議会等に名前を連ねるようになった。単に学会の役職というのではなく、政治的な機能が大きいもので、私の目についた範囲のものを以下にあげておく。

文部科学省放射線審議会委員
原子力安全委員会専門委員
国連科学委員会(UNSCEAR)国内対応委員会委員長
日本保健物理学会国際対応委員会 (旧 ICRP等対応委員会)委員長
ICRP 第5専門委員会委員
首相官邸原子力災害専門家グループメンバー内閣官房低線量被ばくのリスク管理に関するワーキンググループメンバー
原子力安全委員会放射線防護部会UNSCEAR原子力事故報告書国内対応検討ワーキンググループメンバー
日本学術会議放射線の健康への影響と防護分科会委員

そもそもこれほどたくさんの委員が務まるものかどうか。私ならもちろん音を上げてしまう。「すごい体力・能力ですね、まことにご苦労様」と皮肉を込めて言いたいところだ。だが、国としてこのように1人の人物が大きな力を行使するような事態が妥当であるかどうか。他に人材がいないのだろうか。国民の生活に関わる多くの事柄をこの1個人に委ねるべき、それほどの見識ある科学者として評価されているのか。大いに疑問がわく。


(以上、その(2)転載終わり、(3)へつづく)




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