[CML 015071] 前田先生2 Re: 市民的不服従をどこまで実践できるか  映画「私を生きる」に関連して

masuda miyako masuda_miyako1 at hotmail.com
2012年 2月 18日 (土) 16:19:45 JST


前田先生
こんにちは。増田です。

 

>今回、映画にご意見を提示している増田都子さんも、私が主催した『非国民入門セミナー』にお招きしてお話を伺っています。
>
 その節は、私を「非国民」のお仲間に入れていただき、たいへん、ありがとうございました(笑)。

 

>自分自身が「服従した人間」であるばかりではなく、同時に「他人を服従させた人間」、他人の思想良心の自由に手をかけ、処分させた人間の「私」とは何か、それが問題です。
>
 そうです。それこそが問題です。その人間を、「『教育の統制』の巨大な流れに独り毅然と抗い、“教育現場での自由と民主主義”を守るため、弾圧と闘いながら、“私”を貫く教師たち」『日本社会の“右傾化”“戦前への回帰”に抵抗し、“自分が自分であり続ける”ために、凛として闘う、3人の教師たち』」の一人として描きだす映画を、「ドキュメンタリー」映画と称していいのか? という問題です。

 

 事実に反する虚像の「素晴らしい元校長像」を作りあげ、「ドキュメンタリー」として上映を行うのは観客に対する背信行為ではありませんか? この映画の描く土肥元校長像に素直に感動する人たちには・・・感動するように「作って」あるので当然ですけど・・・素直に土肥校長を信じて、彼を「教育委員会の弾圧にも負けず」と讃える「卒業証書」を書いて渡した彼の教え子たちに感じるのと同じ気の毒さを感じます。

 

 通常は「それは不正だから、自分は反対だ」と声高に語る人物が、「それは不正だから、自分は反対だ」ということを、堂々と「法令遵守」の名の下に実行・実践しているとは、考えられませんからね・・・通常は、「それは不正だから、自分は反対だ」と声高に語る人物は、「それは不正だから、自分は反対だ」という行為を実行・実践はできないものですから・・・

 

 ですから、普通のヒトなら、土肥元校長は「それは不正だから、自分は反対だ」という都教委の指示命令には服従せず、都教委に抗って、都立三鷹高校においては職員会議の挙手採決を行い、教職員に言論の自由、思想・信条の自由を保障したがために都教委に弾圧され、再雇用を拒否されたのだろうと、錯覚してしまうのは当然なのです。

 

 こういう、よくありがちな、人々の錯覚に漬け込む「ドキュメンタリー」映画は犯罪的ではないでしょうか? 私は、監督の土井敏那さんには、土肥元校長についての重大な真実=都教委の指示命令に服従し、他者にも服従を強制し、服従しなかった教員を処分・弾圧した事実を隠ぺいして「『都教委に抗った唯一人の勇気ある校長』として描くのは間違っているから、根津さん、佐藤さんだけに限定した映画にすべきだ」と忠告しました。

 

 そして、このMLに投稿する「土肥元校長&土井敏那監督批判」メールは全て、彼のメル・アドにも送信しています。しかし、彼は全く聞く耳を持たず、現在、大々的に土肥校長も「『教育の統制』の巨大な流れに独り毅然と抗い、“教育現場での自由と民主主義”を守るため、弾圧と闘いながら、“私”を貫く教師たち」『日本社会の“右傾化”“戦前への回帰”に抵抗し、“自分が自分であり続ける”ために、凛として闘う、3人の教師たち』」の一人として描きだす『私を生きる』を宣伝してらっしゃるわけです。

 

『営業利益』は、真実より優先するのでしょうね?

 

>土肥さんは、自分のためにも、他人のためにも闘わなかったことを恥じて、今頑張っているのでしょうか。
>
 土肥さんが、自分の都教委への服従を「恥じ」、他人にも服従を強制したことを「恥じ」る、ということは、私は絶対に有り得ないと思います。それは彼にとってはアイデンティティーの否定となり、自殺行為でしょう・・・彼は、三鷹高校卒業式の時に「個別職務命令は出さなかったが、それは、全員が起立できる状況」について「一人一人確認した」「一人一人みんなを信頼していいねということを確認した」という「実質的に個別職務命令」を出しました。

 

 彼は、「包括的職務命令で十分だから」と、都教委の「個別職務命令を出せ」という指示命令に口先で反対しましたが、行為(行動・実践)としては都教委に抗った事実はなく都教委の指示命令に従って、都立三鷹高校の教職員一人一人に「市民的不服従をするな」と強制し、不起立という「市民的不服従」をした教員について都教委に「厳正なる処分」を求める事故報告書を書き、都教委に処分させました。そして、「都教委の指示命令は法令と同じであり、『法令遵守を信条としている』(土肥さんの訴状)から、服従して当然である」と誇っており、それが、彼の「都教委による再雇用拒否、不当」裁判の大きな根拠なのですから・・・

 

 2004年の卒業式(つまり、03年「日の君」強制10・23通達後初の卒業式)で、『日の丸・君が代』強制への不起立=「市民的不服従」を行い、都教委により、嘱託継続拒否をされ、第一次「日の君、解雇」裁判闘争を闘われた元都高教の教員の方から、いただいたメールには次のようにありました。

 

「土肥氏は自分の立場は『日の君の被処分者』とは違うことを強調し、彼の集会等では、『日の君』関係のビラなどは配布しないよう、強く求めました。それなのに、どうして、『日の君』の被処分者の根津さんや佐藤さんと一緒に映画の『主人公』になることを承諾するのか、不可解です。勿論、理屈は後付けで、目立ちたい、立派な人間だと宣伝してもらいたい、それが全ての動機だとしたら、素直に理解することができます。勿論、侮蔑の意をこめて。」

 

  確かに都教委による「職員会議の挙手採決、禁止」に声高に反対を唱え、「公開討論」を申し込んだ都立高校校長は、二百数十人いる校長のうち、土肥信雄・三鷹高校校長、唯一人でした。そして、都教委による「職員会議の挙手採決禁止」に反対し、自分が校長として「校務をつかさどり、所属職員を監督する」(これは改悪教基法の下の改悪学校教育法でも、旧教基法と変わっていません)高校において、「職員会議の挙手、採決」を実行した都立高校校長は、二百数十人いる校長のうち、唯一人いませんでした。

 

 「都教委による『日の君』強制、10・23通達」に声高に反対を唱え、「公開討論」を申し込んだ都立高校校長は、二百数十人いる校長のうち、土肥信雄・三鷹高校校長を含め唯一人もいませんでした。そして、「都教委による『日の君』強制、10・23通達」に反対し、自分が校長として「校務をつかさどり、所属職員を監督する」高校において、「『日の君』強制職務命令は出さない」ということを実行した都立高校校長は、二百数十人いる校長のうち、唯一人いませんでした。せめても、不起立教員処分を求める「事故報告書は出さない」ということですら、実行できた都立高校校長は、二百数十人いる校長のうち、土肥信雄・三鷹高校校長を含め、唯一人もいませんでした。


 


  		 	   		  


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