[CML 015056] Re: 市民的不服従をどこまで実践できるか  映画「私を生きる」に関連して

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2012年 2月 18日 (土) 02:04:45 JST


前田 朗です。
2月17日

みなさん
ご意見ありがとうございます。

複数のMLにまたがっているので、片方のMLにしか入っていない人にはわかり
にくくて恐縮ですが。

私は映画の批評をしているのではありません。映画については述べていません。
しかし、ドキュメンタリーのもとになった人々を私は実際に知っています。知っ
ていることをもとに意見を述べています。ですから、「映画を見てから意見を述
べてください」という意見は無意味です。

私は八王子市民で、根津公子さん、河原井純子さんの地元です。彼女たちの闘い
を近くで見ています。また、彼女たちを撮影したビデオプレス(松原明さんたち)
の作品上映会を主催したこともあります。根津公子さんをお招きしてインタヴュ
ー講座も開きました。今回、映画にご意見を提示している増田都子さんも、私が
主催した『非国民入門セミナー』にお招きしてお話を伺っています。土肥校長が
話題になった時に支援集会にも参加しました。そうした「よく知っている」とま
ではいえなくても「知っている」人たちのことです。

自分自身が「服従した人間」であるばかりではなく、同時に「他人を服従させた
人間」、他人の思想良心の自由に手をかけ、処分させた人間の「私」とは何か、
それが問題です。

市民的不服従の問題は、徴兵制のない日本ではなかなか伝わりません。良心的納
税拒否の闘いも一部にしか広まりませんでした。日の丸君が代問題、無防備地域
宣言運動、民衆法廷運動のいずれも、すこしつながっています。

いま国連人権理事会諮問委員会で議論している平和への権利国連宣言草案でも兵
役拒否の権利が問題になっています。宣言草案には良心的兵役拒否や、大量破壊
兵器の禁止がはいっています。これまで賛成してきたロシアや中国も、この先、
賛成するかどうかわかりません。アメリカと日本は一貫して断固反対してきまし
た。

私が主張してきて、この1月に公表された草案に取り入れられた「ピースゾーン
をつくる権利」も市民的不服従とつながっています。不服従が権利であり、しか
も平和への権利にかかわるということを、理解してもらえれば、議論は簡単にな
ります。

なお、市民的不服従については、私の本以外に、よりまとまっているものとして、
寺島俊穂「市民的不服従」があります。

岡林さんの意見は、私の「不安」と交錯しています。

増田都子さんのようにすでに試され済みで闘っている人と、そうではない人では
受け止め方が違うかもしれません。私は随分と修羅場をくぐってはきたものの、
自分のために闘えても、「他人のために闘える保障」はないのです。岡林さんも
たぶんそうなのでしょう。

土肥さんは、自分のためにも、他人のためにも闘わなかったことを恥じて、今頑
張っているのでしょうか。そこはわかりません。


----- Original Message -----
> 
> 前田先生
> 
>  こんばんは。増田です。
> 
>  
> 
> >観点をほんの少しだけずらして、市民的不服従の問題として考えたいと思い
ます。
>> 
>  私は、「観点をほんの少し」も「ずらさずに」(笑)、でも、「市民的不服
従」に関連して映画『私を生きる』において、土井敏邦さんが描かれた土肥元校
長像の欺瞞について書いておきます。
> 
>  
> 
>  土肥元校長は、「服従」者であり、他者に「服従」を強制し、校長=学校管
理者・最高決定権者として教職員に「市民的不服従」を許さなかったたヒトです。
今までこれは書いていませんでしたが・・・それでなくとも文章が長すぎるかな、
と増田さんでも(笑)少々遠慮があったので・・・具体的に、一例を挙げます。
> 
>  
> 
>  私は、2004年3月31日(つまり、10・23通達の出た年度の最後の日)に「日
の君・不起立」により戒告処分を受け、再雇用合格していたのに取り消しとなり、
「日の君、解雇裁判」を闘っていた先生たちの裁判の傍聴に行ったことがありま
す。その時、証言に立たれた土肥元校長の言葉にはビックリしたことが多かった
のですが、最大のものは、卒業式の時に「個別職務命令は出さなかったが、それ
は、全員が起立できる状況」について「一人一人確認した」「一人一人みんなを
信頼していいねということを確認した」からであるという証言です。彼は、この
ことが含む重大性を認識していないようですが、「職権」にもとづき「思想信条
の告白」を強要したという意味で、とんでもないことではないでしょうか?
> 
>  
> 
>  そして、これは「実質的に個別職務命令」以外の何物でもないでしょう。こ
れまた、土肥元校長お得意の、言行「不一致」というより、言行「背反」の好例
ではないでしょうか? 個別職務命令の外形は確かに無いけれど、「一人一人」
不起立しない、ということを「確認した」「「一人一人」不起立しないというこ
とで「みんなを信頼していいねということを確認した」わけですから・・・明確
に黙示の「個別職務命令」を出してるではありませんか? そして、これは管理
される教職員にとっては、ただ単に「職務命令です」と言われる以上のプレッシ
ャーでしょう!?
> 
> 
>  都教委の「個別職務命令を出せ」という指示命令に口先で反対しても、行為
(行動・実践)としては都教委に抗った事実はなく都教委の指示命令に従って、
都立三鷹高校の教職員一人一人に「市民的不服従をするな」と強制したのです、
土肥信雄・都立三鷹高校校長は・・・
> 
>  
> 
>  
> 
>  映画『私を生きる』は、こういう「服従した」人物であり、かつ職権を乱用
して他者に自分と同じように服従することを強制した人物・・・彼はそれを「法
令に従うのは当然」と今でも誇っている・・・を「市民的不服従者」として描き
出し、しかもそれを「ドキュメンタリー」と称するのは三重の不正ではないでし
ょうか?
>  
>  
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