[CML 015020] 脱原発主義者を自称する人たちのハシモト的なもの、みんなの党的なものへの傾斜について(1)

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2012年 2月 16日 (木) 00:26:17 JST


いまやいうまでもないことですが、「脱原発」は福島以後、わが国多数派市民の世論そのものになっている、とみなしてよい
ことは下記のわが国を代表するメディアの世論調査などを見ても明らかなことだといってよいでしょう。

■将来的に「脱原発」賛成74% 朝日新聞世論調査(朝日新聞 2011年6月13日)
http://www.asahi.com/national/update/0613/TKY201106130401.html
■「脱原発」70%賛成、共同通信の世論調査(共同通信 2011年7月24日)
http://www.afpbb.com/article/politics/2815546/7494328

それだけにあまりにも当たり前すぎて見逃されているある問題があるように私は思います。それは、脱原発とはなにか?
という基本的でもあり、かつ根底的でもある理念の問題です。しかし、その見逃されている脱原発の理念の問題をいうため
には、少しく遠回りして脱原発運動とポピュリズムのある種の親和性について述べておく必要があるように思います。仮に
大衆の基盤に立つ運動をポピュリズムと規定するならば、脱原発運動はまぎれもなくポピュリズムの運動です。したがって、
脱原発運動の中にポピュリズムの思想、またポピュリズムの弊が入りこまないという法はないのです。

しかし、これもいうまでもないことですが、ポピュリズムの思想はひと色ではありません。辞書的に見ても、ポピュリズムとい
う語には「大衆主義」、「民衆主義」、「衆愚政治」、「カリスマ性のある為政者が大衆の評判を集める政策を行ない、内外の
危機を煽るなどして民衆を扇動する主義」などさまざまな意味があります(「ポピュリズム」Wikipedia)。ここで私が「ポピュリ
ズムの弊」と言っているのは「民衆を扇動する主義」という意味においてです。現代ではこの用法がもっとも一般的な用法と
して用いられています。ドイツのヒットラーやイタリアのムッソリーニなどのポピュリズムにこの用法は適用されてきました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0


さて、脱原発運動の中にポピュリズムの思想、またポピュリズムの弊が入りこんでいるひとつの例として、私は、前便メール
でも少し触れておいたのですが、これまで「脱原発運動の旗振り役」「脱原発運動の雄」とみなされてきた(そして、いまもみ
なされている)環境エネルギー政策研究所長の飯田哲也氏の例をあげてみようと思います。飯田氏はこの1月31日にTwi
tter上でその掲げる「愚民」政策(たとえば一見庶民受けする公務員たたき政策)と言動によって一躍ポピュリスト知事とし
て全国的に名を馳せることになった橋下現大阪市長を賛嘆する次のようなメッセージを発信して少なくない脱原発派市民
を驚かせました。

「橋下徹大阪市長(@t_ishin)を囲む企画の朝生(1/27)をiphoneへの録画で見る。批判サイドが抽象論・形式論・重箱のスミ
論に留まっていたのに対し、政策の実質・実現などリアルを問い続ける橋下市長の独壇場。問題意識とアプローチが飯田
も全く同じで共感。」
http://twitter.com/#!/iidatetsunari/status/164176146769002496

しかし、飯田氏が「政策の実質・実現などリアルを問い続ける橋下市長」と賛嘆する橋下市長の「リアルな政策」とは、辛淑
玉さんが「ウケ狙いの政治の果て」(週刊金曜日748号、2009年4月24日)という論攷で見事に喝破しているように「社会の
変化についていけず、被害者感情を募らせている一般大衆の持つねたみやそねみを、八十年代以降のリベラルな社会運
動がもたらした制度改革によって社会上昇を果たしたマイノリティに対する攻撃に誘導しようと」すること。「大衆の中にある
差別感情を扇動することによって(略)資本の手先となって『大衆の敵』を作り出し、本当の敵から目をそらさせ、日本を政
治のガラパゴス化させる」というたぐいの「リアルな政策」でしかありません。事実、橋下氏が08年1月の府知事選挙で公約
し、かつ知事就任直後に断行しようとしたのは国家公務員の給与を100とした場合、大阪府の給与水準は全国最低の89
になるという「リアル」な大幅な府職員給与の削減政策でした。
http://focus.allabout.co.jp/gm/gc/294041/?from=dailynews.yahoo.co.jp

この点について、辛淑玉さんは、「彼らの常套手段は『公務員攻撃』だ。カメラの前ではこれがウケる。公務員はその仕事
の割に高給を取っているというのがその理由だが、バブルの頃は優秀なやつは公務員になどならなかった。今は、民間の
給与水準が低下したために、相対的に地方公務員が給与が高くなっているだけだ。/労働者の組織率が低く、組合運動
が弱い地方の民間企業の労働者が資本の攻撃に負けた結果として賃金の崩壊が進んだにもかかわらず、その大衆のう
っぷんを地方公務員に対する怨嗟と八つ当たり攻撃にすり替えた。まさにウケ狙いの政治だ」(同上)とやはり見事にその
橋下ポピュリズム政策の本質を言い当てています。

メディアもその当時のポピュリズム政治の風潮を「職員の待遇や税金のあり方に疑問を投げかける首長が全国で相次い
で生まれている。/08年1月の大阪府知事選で、人件費カットを含む財政健全化を訴えた橋下徹氏が当選。今年4月の
名古屋市長選でも、『市民税10%減税』『職員人件費10%削減』などを掲げた河村たかし氏が圧勝した。橋下氏は職員
の基本給カットを実施。竹原氏の職員年収公開を評価し、府幹部職員のモデル年収を府のHPに掲載した」(「『職員厚遇』
不満が追い風 阿久根市長選で竹原氏再選」朝日新聞 2009年6月1日)などと報じています。

いまや橋下氏のポピュリズム政策は、大阪市職員への思想チェック、業務命令としての組合破壊「アンケート」という憲法
違反、地公法・労組法違反も甚だしい法を恐れぬ究極のポピュリズム政策にまで突き進んでいることは大阪市民だけで
なく、広く衆人の知るところです。私はかつて竹原阿久根前市長と橋下大阪府知事(当時)の似非「革命」家、ポピュリスト
としての著しい類似性を指摘したことがありますが(弊ブログ 2009年6月1日(2010年3月29日)付)、竹原前市長は「自
治労は阿久根から出て行ってもらう」と宣言し、事実、阿久根市職員労働組合に対して市庁舎内の組合事務所の明け渡
しまで求めましたが、結局、裁判にも負け、選挙にも負けました。いま橋下氏はその竹原氏と同じ末路を歩もうとしている
かのようです。ポピュリズムの行き着くところというべきでしょうか。
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-233.html

飯田氏はそうした橋下氏のポピュリズム政治に「問題意識とアプローチが飯田も全く同じで共感」というエールを送ってい
るのです。その飯田氏の根底的な誤りを指摘することはたやすいことですが、なにゆえに飯田氏はそうした橋下ポピュリ
ズムにいとも簡単に、そしていとも熱烈に共感を示しえるのか。それがここでの問題です。
(続く)


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



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