[CML 015018] Re: 市民的不服従をどこまで実践できるか  映画「私を生きる」に関連して

masuda miyako masuda_miyako1 at hotmail.com
2012年 2月 15日 (水) 23:03:34 JST


前田先生

 こんばんは。増田です。

 

>観点をほんの少しだけずらして、市民的不服従の問題として考えたいと思います。
>

 私は、「観点をほんの少し」も「ずらさずに」(笑)、でも、「市民的不服従」に関連して映画『私を生きる』において、土井敏邦さんが描かれた土肥元校長像の欺瞞について書いておきます。

 

 土肥元校長は、「服従」者であり、他者に「服従」を強制し、校長=学校管理者・最高決定権者として教職員に「市民的不服従」を許さなかったたヒトです。今までこれは書いていませんでしたが・・・それでなくとも文章が長すぎるかな、と増田さんでも(笑)少々遠慮があったので・・・具体的に、一例を挙げます。

 

 私は、2004年3月31日(つまり、10・23通達の出た年度の最後の日)に「日の君・不起立」により戒告処分を受け、再雇用合格していたのに取り消しとなり、「日の君、解雇裁判」を闘っていた先生たちの裁判の傍聴に行ったことがあります。その時、証言に立たれた土肥元校長の言葉にはビックリしたことが多かったのですが、最大のものは、卒業式の時に「個別職務命令は出さなかったが、それは、全員が起立できる状況」について「一人一人確認した」「一人一人みんなを信頼していいねということを確認した」からであるという証言です。彼は、このことが含む重大性を認識していないようですが、「職権」にもとづき「思想信条の告白」を強要したという意味で、とんでもないことではないでしょうか?

 

 そして、これは「実質的に個別職務命令」以外の何物でもないでしょう。これまた、土肥元校長お得意の、言行「不一致」というより、言行「背反」の好例ではないでしょうか? 個別職務命令の外形は確かに無いけれど、「一人一人」不起立しない、ということを「確認した」「「一人一人」不起立しないということで「みんなを信頼していいねということを確認した」わけですから・・・明確に黙示の「個別職務命令」を出してるではありませんか? そして、これは管理される教職員にとっては、ただ単に「職務命令です」と言われる以上のプレッシャーでしょう!?


 都教委の「個別職務命令を出せ」という指示命令に口先で反対しても、行為(行動・実践)としては都教委に抗った事実はなく都教委の指示命令に従って、都立三鷹高校の教職員一人一人に「市民的不服従をするな」と強制したのです、土肥信雄・都立三鷹高校校長は・・・

 

 

 映画『私を生きる』は、こういう「服従した」人物であり、かつ職権を乱用して他者に自分と同じように服従することを強制した人物・・・彼はそれを「法令に従うのは当然」と今でも誇っている・・・を「市民的不服従者」として描き出し、しかもそれを「ドキュメンタリー」と称するのは三重の不正ではないでしょうか?
 
 


  		 	   		  


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