[CML 015010] Re: 市民的不服従をどこまで実践できるか  映画「私を生きる」に関連して

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2012年 2月 15日 (水) 21:04:13 JST


増田さんが本日「 映画「私を生きる」私見その2」を発信され、前田さんも同ドキュメンタリーに関連して「市民的不服従
をどこまで実践できるか」という問題提起をされていますので私もこの問題についてもう少しだけ発言させていただこう
と思います。

私のこの問題についての本メーリングリストにおける発言は「Re:『“私”を生きる』14日(土)~2月3日に延長」(CML
014367 2012年1月16日付)だけですが、同発言を基調にして弊ブログにも以下の形でエントリさせていただいています。

■ドキュメンタリー映画『"私"を生きる』(監督・撮影・編集/土井敏邦)の評価には負の意味で留保するべき点がある
(弊ブログ 2012.01.16)
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-379.html

この中で追記として、昨日付けで、先にあったいわゆる「日の丸・君が代」処分取消訴訟の分断判決と「"私"を生きる」
上映運動問題に共通する問題点として以下のような私としての見方を付加しています。この私としての問題提起が前
田さんの言われる「市民的不服従の実践」の問題提起と重なるところがあるかもしれません。

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【補足】

先の2012年1月16日にあった君が代斉唱時の不起立等を理由とした懲戒処分取消等請求訴訟における最高裁の
分断判決(河原井純子さんの停職処分の取り消しと根津公子さんの停職処分の容認)について東京「日の丸・君が代」
処分取消訴訟(一次訴訟)原告団・弁護団は声明を、日弁連と東京弁護士会はそれぞれ会長声明を発表しています
が、そのどの声明も同分断判決について一応の批判をしているものの、その分断の肝心の中身の「根津さんへの嫌
悪感に満ちた判決文。秩序を乱す人間については許さないという内容で、教育現場に息苦しい重圧をもたらすもの」
(岩井信弁護士)と少なくない法曹関係者や教育関係者から危惧視されている今回の判決の最大の問題点について
は完全に沈黙し、「東京都の教育行政の暴走に歯止めをかけた」「一定の歯止め」「前進」「勝利」と同判決を全体とし
て肯定的に評価しています。

しかし、このような判決では、分限事由を援用して、ある教員を国家=教育行政が「学校の規律と秩序を破壊する」と
認定すれば容易に免職できるということになってしまいます。こういう教員については「一定の歯止め」がかかった判
決には決してなりえない、といわなければならないのです。問題は、傍観者、あるいは批評家気取りのマスメディアで
はなく、「日の丸・君が代」の強制に反対し闘ってきた団体や弁護士団体が上記のような本質から遠く離れた判決評
価しかできないというところにあります。今回の最高裁の分断判決は、その分断によって国家=裁判所がこの闘いの
幕引きを図ったところにその最大の特徴と本質があります。上記のような民主諸団体の判決評価では国家ぐるみの
この策謀にまんまと乗ってしまうということにしかならないだろう、と私は思います。 


問題の本質を理解しない支援運動という点では、私は、今回の民主諸団体の最高裁分断判決評価と土肥元校長の
裁判支援運動(ドキュメンタリー映画『"私"を生きる』(監督・撮影・編集/土井敏邦)上映運動を含む)とは共通する
ところが少なくないように思っています(2月14日)。
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東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/

-----Original Message----- 
From: maeda at zokei.ac.jp
Sent: Wednesday, February 15, 2012 7:23 PM
To: 市民のML ; 市民社会フォーラム
Subject: [CML 015007] 市民的不服従をどこまで実践できるか 映画「私を生きる」に関連して

前田 朗です。
2月15日

映画「私を生きる」をめぐる意見交換が続いています。

私は映画をまだ見ていないので、内容に関する発言は控えますが、提起されてい
る問題についての感想を少しだけ。

増田さん、東本さんの指摘は重要で、私もどちらかというと、この立場になるだ
ろうと思います。

観点をほんの少しだけずらして、市民的不服従の問題として考えたいと思います。

私は「非国民がやってきた!」(耕文社)という本で、非国民に残されている途
としての市民的不服従について書きました。アイヒマンと、根津公子さんという、
まったく対照的な人物を取り上げています。

また、「平和力養成講座」(現代人文社)という本では、根津公子さんにインタ
ヴューして、市民的不服従について考える作業を行いました。

他方、「9条世界会議の記録」(大月書店)をごらんいただけば、私が担当した
パネルディスカッションにおいて、韓国における兵役拒否問題を取り上げている
ことをごらんいただくことができます。

ですから、私自身も、市民的不服従を実践する責任があり、そのように努めたい
と思ってきました。

「上官の違法命令には従わない」

命令の違法性に関する自分の判断を棚上げして、他人を処分させてしまうことに
ついて、どのように評価するべきかはいうまでもありません。

ただ、そういう立場に立たされたことのない私が、この立場をどこまで貫けるだ
ろうか、という「不安」を自ら感じつつ、生きています。

市民的不服従に関する理論的理解は誰よりも十分に持っているつもりですが、実
践の問題はやや異なるかもしれません。

増田さんや東本さんと、私の間に幾分か違いが生まれるとすれば、私の「不安」
の部分かもしれません。

さらに考えたいと思います。 



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