[CML 014999] FW: 映画「私を生きる」私見その2

masuda miyako masuda_miyako1 at hotmail.com
2012年 2月 15日 (水) 12:11:12 JST


皆様

 おはようございます。増田です。これはBCCでお送りしています。重複・長文ご容赦を!

 

 ***以下、田畑和子さんから転載許可を得ましたので、ご紹介します。

 

 確かに、自分が作り上げた「ヒーロー・シナリオ」に適合する映像だけを取って、つなぎ合わせた映画を「ドキュメンタリー映画」と称していいのだろうか? と疑問ですね・・・そして、重要な真実を隠蔽して作り上げられたその映像を見て「感動したぁ!」という人々に対して、監督さんは「私の映画の意図が汲み取られた!」と満足なさるんでしょうかしらね?
 

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 東京の田畑和子です。

 

 都教委から校長の捏造した理由によって再雇用拒否され、16年闘っています。今般、映画「私を生きる」について疑問を持ち、自分のブログに書いたものに目を通していただきたいと思い投稿します。五回分あり、長文になっていますが、順序があるわけではないので、どこからでも、お読みになれます。
 
 私が、今、問いたいのは、「ドキュメンタリーは真実を伝えなくてもいいのか」ということです。テレビでよく「ドキュメンタリー」と銘打った番組が映し出されますが、私はその映像は事実であり、番組全体として訴えかけるものにウソは入っていないと理解していました。時々「やらせ」が発覚して問題になったことがありましたが。


 そこで、「私を生きる」は果たして「ドキュメンタリー映画」と言えるのか。監督が感動したことを伝えるため、それに邪魔なものは捨象して作り、観客が間違って思い込んでも責任はないと言わんばかり。「日の君」問題がテーマではないとおっしゃってますが、根津さん・佐藤さんを取り上げれば、そんなことは言えないはず。誰もが知りたい土肥校長の都教委への恭順を伏せて、真実を伝えない映画が「ドキュメンタリー映画」として評価を受けるのでしょうか。そんな甘い業界というなら、今後「ドキュメンタリー」に興味を持つことをやめたいと思っています。
 
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1月29日
▽土井敏邦監督 映画「私を生きる」への疑問 その1
 
今日は、今、いちばん気になっていることをお伝えします。
 
「私を生きる」というドキュメンタリー映画についてです。この映画は、都教委の「『日の丸・君が代』の強制」に従わないで処分された根津公子さんと、ピアノ伴奏を断った佐藤美和子さん、都教委の指導「職員会議の採決禁止」に異議を唱えた都立三鷹高校の校長土肥信雄さんの3人を取りあげています。
 
疑問1は「事実を映し出さない映画を『ドキュメンタリー』と名付けていいのか。」と言うことです。
 
これは土肥校長の部分について言っているのであって、他の2人の方は、「君が代・日の丸」の強制に対し、本当に都教委と闘ったのですから疑問を持つことは全くありません。
 
 私の土肥校長への疑問は2つあります。
 
 ?「職員会議採決禁止」について土肥校長は都教委に異を唱えたものの、結局は従い採決をしませんでした。校長の権限をもってすれば、採決できたのです。都教委は校長に命ずることはできないのですから。しかし、土肥校長は、マスコミを使って都教委に「公開討論」を呼びかけました。それは新聞・テレビ等で大々的に報道され、土肥校長は「都教委に抵抗した人」として有名になりました。
 
?「『日の丸・君が代』について立てよ歌えよ」と職務命令を発出。
 
土肥校長は都教委の言うとおり、教職員に職務命令を出し、事故報告書を書いて教員を一人懲戒処分させました。
 
都教委に抵抗などしていないのです。職務命令は校長の権限で出すのですから、教員処分も承知の上です。ここで、土肥校長が職務命令を出さなかったら、「都教委に抵抗したたった一人の校長」として称賛されていいのです。
 
どうして他の2人と同列に並んで映画の主人公になっていられるのか分かりません。
 
さて私の疑問は、「この映画が土肥校長が職員会議の採決をしなかったこと」及び「『日の君』の職務命令を出したことを伏せているところにあります。物事を正確に伝える、ウソは入れないのがドキュメンタリー映画の筈です。伏せてあるため、見る人が土肥校長という人を間違えて認識してはいけないのではないでしょうか。現にこれまで「『日の君』反対集会」で土肥校長を講師に招くという笑えぬ喜劇が起きています。事実を伏せて間違いやすい映画を作るのは罪な話です。
 
土肥校長は退職の際、再雇用拒否されました。彼は都教委に全部したがった。「法令遵守したのになぜなのか」と土肥校長は不満を述べています。
 
「職員会議の採決を行った(本当は行わなかった)り、職務命令を出さなかった(本当は出した)ということで再雇用拒否されたのではない」ということは、私たちは知っておかねばなりません。
 
明日(30日)は、その裁判の地裁の判決が出ます。予想はつきません。   ではまた。 


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2012-02-04
土肥裁判地裁判決ー全面敗訴ー 土肥校長の言葉に違和感
 
1月31日、東京地裁から全面敗訴の判決が申し渡されたとのことです。判決文を見ていないので、詳しいことが分かりません。但し2月1日に土肥元校長書かれた次の文章に違和感を覚えました。
 
《 日本という国は「嘘」をつくものが勝って、正直者が負ける国なのでしょうか。私は教師として子どもたちに、「嘘」
 
をついてはいけない、正直に生きていれば必ず報われると教えてきました。今回の不当判決は、私が子どもたちに教えたこ
 
とが間違っていることになり、その責任からもこの不当判決を許すことはできません。》 

 


 それは、1月29日の日記に書いたように、土肥氏は言わねばならぬ自分の行為
 
  ‥垓軌僂暴召ぁ⊃Π会議の採決をしなかった。
 
 ◆‥垓軌僂慮世Δ箸り「君が代・日の丸」の強制に従い職務命令を発出、事故報告書を提出して一人の教員に懲戒処分   をさせた。
 
について口をつぐんでいるからです。たいていの人は、土肥校長は職員会議では裁決し、「日の君」強制には反対して職務命令を撥ね付けたと理解しています。そうなるように仕向けたのは土肥氏です。必要なことを言わず勝手に思い込んだんだから自分には責任はないというのでしょうか。黙っている自分を「正直者」と呼べる神経が私には理解できない。「正直に生きていれば必ず報われる」と高校生に教えるのもどうかと思う。現実を見るよう教師は教えるべきです。
 
「嘘」というのは都教委が土肥校長の言い分に対し「嘘」を使ってで否定したことを指しているのでしょうが、それは高裁で明らかにしてほしいと思うけど、やはり自分の身を顧みてものを言わないと、共感を得られないのではないかと思います。
 
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2012-02-05
 映画「私を生きる」への疑問 その◆漆深造鬚覆いしろにしていいのかー
 
土井監督は上映に際し以下のように述べています。(抜粋)
 
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【映画「“私”を生きる」とは】
 
東京都の教育現場で、急激に“右傾化”が進んでいる。卒業式・入学式で「日の丸
 
・君が代」が強制され、教師たちの言論は、厳しく統制されてきた。
 
その「教育の統制」の巨大な流れに独り毅然と抗い、“教育現場での自由と民主主
 
義”を守るため、弾圧と闘いながら、“私”を貫く教師たちがいる。
 
 これは「教育」問題や「日の丸・君が代」問題を論じるドキュメンタリーではな
 
い。
 
日本社会の“右傾化”“戦前への回帰”に抵抗し、“自分が自分であり続ける”た
 
めに、凛として闘う、3人の教師たちの“生き様”の記録である。
 
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私は「教育問題」や「『の丸・君が代』を論じるドキュメンタリーではない。」
 
というところに監督の「逃げ」を感じます。私が一昨年試験的に上映された会場で、「土肥校長が、都教委の言うとおり「日の君」強制の職務命令を発出し、従わなかった一人の教員を事故報告書を上げたことによって懲戒処分させた」と発言したとき、監督はこれをご存じありませんでした。会場に驚きと戸惑いの空気が流れ、「本当ですか?」という声も聞こえました。
 
 土井監督が十分時間があったにもかかわらず何の修正もせず、そのまま上映したことに驚いています。監督は、土肥校長についてどんな調査をしたのでしょうか。ドキュメンタリーである以上、真実を伝えねばならないでしょう。「日の君」を強制して教員の弾圧に加わり、職員会議の採決禁止に異を唱えながら、採決しなかった土肥校長がなぜ「教育の自由と民主主義を守る」ことになるのですか。この映画は、土肥校長の部分については「有害」です。良心的と思われるマスコミ人が土肥校長を「都教委に反乱したたったひとりの校長」と称賛したり、「職員会で採決を行っていた」かのような解説をしています。こういう結果は予想できたはず。真実をないがしろにしたドキュメンタリー映画には何の価値もないどころかマイナスだと考えます。こんなことで東京の教育界にマサツを起こしてほしくない、そして全国に間違った発信をしてほしくないと思います。
 
 出演者紹介は次の通り。いいことばかり書いてあります。
 
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【土肥信雄】(元三鷹高校校長)
 
 都教育委員会による学校現場への言論統制に、現職の校長として初めて公に異議
 
を唱えた。
 
「教育がどんどん右傾化している。言論の自由がなくなったときに、戦前の日本に
 
戻るのではないかという恐怖心があります。以前は不安でも言えなかったが、今言
 
わなければ、あの時の一点になっていなければ後悔する、その後悔だけはしたくな
 
かったんです」
 
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生徒に「正直の勧め」を説いている校長がこれでいいんでしょうかねえ? 

 

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2-06
映画「私を生きる」への疑問そのー永田浩三さんのブログー
 
今日は、「私を生きる」に関する永田浩三さんのブを《  》で紹介し、●でわたしのコメントを加えます。   
 
《きょうは、土井敏邦監督のドキュメンタリー映画『私を生きる」の上映初日。会場になった渋谷・円山町のオーディトリウム(ユーロスペースと同じビルの2階)は、お客さんでほぼ満席になった。映画が終ったあと、会場は、大きな拍手に包まれた。実に堂々としたいい映画だった。》
 
   ●と、称賛しています。
 
《3人が、教育委員会の指示に従わなかった理由さまざまだ。》
 
●「従わなかった」のは根津さんと佐藤さんであって処分を受けている。それは覚悟の上で大変な決断です。「凛とした生き方」に通じます。しかし土肥校長は異議を唱えただけで、従ったのです。校長権限を以てすれば、従わないで採決することもできた。都教委はは、これで処分はできない。もしされたら裁判に訴えればいいのです。
 


《土肥さんについては、校長時代むしろ君が代起立を命令する側にもいた。》
 
●「側にもいた。」の「も」は何だろう。だかこれでは曖昧で職務命令で教員を弾圧したことは読む人に伝わりません。
 
 《土肥さんを批判する方がおられることも事実だ。》
 
●事実を告げたとき、永田さんはその会場におられたのだから、いきさつはご存じの筈。あなたはどう思ったのですか?
 
《しかし、共通するのは、教師の職責として、多様な生徒たちに誠実であろうとしたことだ。》
 
●そうかなあ。土肥校長が卒業生全員の寄せ書きをもらったと言うが、だれが生徒に事情を説明したのか。生徒作成の卒業証書には「都教委の弾圧云々」の文言があったが、生徒は何をどのようにして知り、何を指しているのか、疑問だらけです。
 
「日の君」 の職務命令発出し彼らにとっての先生を懲戒処分したことを生徒・保護者は知っているのでしょうか。
 
●●永田さんはNHKの番組(慰安婦問題など)の制作に長く携わった方です。「本当の事を話して下さい。」と言って番組を作ったと書いておられました。その方が、この映画の真実を伝えないという不備な点をなぜ擁護するのか、私には理解できません。
 
                            では、また。
 
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2012-02-09
愛川欽也パックイン・ジャーナルの「土肥校長についての説明」はなぜ間違えたのか?ー映画「私を生きる」との関連ー
 
 2月4日.朝日ニュースターの《愛川欽也「パックイン・ジャーナル」で「リベラル元都立高校長 地裁で敗訴」というタイトルで土肥校長を取り上げました。教育問題はこれまでほとんど取り上げなかったのでどんな中身になるかとても期待したのですけれど失望しました。
 
 まず、横尾氏が「土肥校長は都教委の職員会議の採決禁止に反対し、現場ではそのように民主的にやっていた。しかし、退職の際、非常勤講師に採用されなかった。」と簡単に説明しました。この事件も裁判も初耳のコメンテーターが、「えっ、どうして採決しちゃいけないの?、」と驚きの声を発するのを聞き、東京の教育現場の深刻な状況は、一般の人には 分かっていない、苦しんでい 
るのは教師だけかと寂しい気持ちになりました。
 
 さて、話を元に戻すと、横尾氏の説明はまちがっているのです。お気づきのことと思いますが、土肥校長は採決禁止に異を唱えたものの、都教委に従って採決はしていないのです。どうして横尾氏は間違えたのでしょうか。それは、多分正確な情報収集をしていないからでしょう。確かに裁判報道にはそのことに触れていないので、横尾氏のように《土肥校長は都教委に従わず採決をしたから再雇用されなかった》と思い込むのも無理からぬ話かもしれません。しかし、ジャーナリスト・社会評論家である以上、綿密な調査を望みます。
 
 もう一つ指摘せねばなりません。 早野透氏は映画「私を生きる」を学生と一緒にみたということで、土肥校長のすばらしさを感に堪えぬように次々に紹介されました。しかし、「日の丸・君が代」強制のため、教員を弾圧したことをご存じの上で、こんなに褒めちぎられるのでしょうか。映画で伏せられていますが、職務命令を出して従わなかった教師を懲戒処分させています。
 
 私は安易な気持ちで教育を語ってほしくない。570万以上の世帯が見ている番組ですから影響も大きいし、何よりも真実をないがしろにしないでもらいたいとと思うのです。「君が代、強制旋風」が吹き荒れている中、それでは土肥校長はどういう態度だったのかは誰でも知りたいこと。それ抜きではどういう「私を生き」たか語れないでしょう。弛緩したものを感じてなりません。
 
                                  では、これにて。
 
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                                                    以 上
  		 	   		  


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