[CML 014970] 女性天皇・女性宮家と男女同権

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2012年 2月 13日 (月) 22:38:53 JST


賛否両論ある女性天皇(女系天皇)・女性宮家。男女同権を推進する立場から検討する。結論を先に言えば男女同権論者として女性天皇や女性宮家を支持することも反対することも成り立つ。 

まず賛成論である。表面的には女性天皇・女性宮家は男女同権と親和性がある。男性皇族に限定されていたものを女性皇族にも認めるものであり、両性の平等に資する。看護師のように特定の性のみの職種が別の性にも認められることは男女同権の流れである。 

女性天皇・女性宮家反対論の拠り所は伝統であるが、これは理由にならない。まず現代においては天皇制の拠り所は日本国憲法である。過去の天皇制がどのようなものであれ、現代の天皇制は日本国憲法の定める「両性の本質的平等」に即して制度設計されなければならない。 

反対論は男系にしか遺伝しない「Y染色体」という生物学的な要素まで持ち出すが、これも理由にならない。伝統的な天皇制は男系でも女系でもなく、両系であった。皇后は皇族に限られ、父親だけでなく、母親の身分も重視された。皇后が人臣である藤原氏から出されることが常態化することで既に天皇家の伝統は崩壊している。 

また、「Y染色体」が根拠ならば全国に広がる源氏や平氏など全ての皇室に連なる男系の子孫は皇位を主張できることになる。「Y染色体」論は皇室の伝統を守る立場から出ているが、むしろ皇室を相対化し、その神聖性を希薄化することになる。「Y染色体」論を登場させた点で女性天皇論の功績になる。 

次に反対論である。第一に女性天皇・女性宮家が真の男女同権になるかという問題がある。単に女性が天皇に即位し、宮家を開設できるだけでは男女同権には不十分である。男性天皇と女性天皇、男性宮家と女性宮家の区別がなくなって初めて男女同権と呼べる。この点で歴史上存在した女性天皇は男女同権からの女性天皇論の根拠にはならない。 

現実問題として女性天皇・女性宮家を認める場合には法律の改正が必要で、その場合に女性天皇・女性宮家ならではの条項が定められることが予想される。女性天皇・女性宮家を認めることで、かえって男女の差異を際立たせる危険性も高い。それが男女同権に資するか、女性差別を拡大するか議論が分かれるところである。 

第二に法の下の平等の矛盾拡大である。世襲制の天皇・皇族は日本国憲法の定めた法の下の平等の例外である。よって可能な限り、限定に解釈することが法の下の平等からの要請である。女性皇族が婚姻によって皇族から抜けることは、法の下の平等の範囲を広げる意味では望ましい。反対に天皇や宮家という法の下の平等に反する地位に就ける人を拡大することは、法の下の平等との矛盾を拡大する。 

たとえば女性天皇を認めるとして、親王と内親王がいた場合に皇位継承順序をどうするかという問題がある。もし親王に優先順位があり、親王がいない場合だけ、内親王が即位できるとなれば男女差別である。親王・内親王に関わらず、年齢順で継承できるとすれば男女は同権であるが、兄または姉と弟または妹の間で年齢による差別になる。結局のところ、天皇制自体が差別の根源であり、取り繕うとしても別の観点で矛盾が生じてしまう。 

女性天皇・女性宮家の議論では純粋な理念としての男女同権だけでなく、現実政治における主張者の動機も分析する必要がある。賛成論は皇位継承者や皇族の減少という現実に直面して天皇制を延命させるために提示された。男女同権という理念から提示されたものではなく、男女同権論者が熱くなる話ではない。 

皇位継承者や皇族が途絶えてしまうならば、法の下の平等を実現する上で望ましい結果になる。日本国憲法の最大の矛盾が天皇制であり、その矛盾を抱えた日本国憲法を護る護憲運動に終始していることが日本の市民運動の限界であり、弱点であった(林田力「中井洽の非礼発言と天皇制の対立軸化(下)」PJニュース 2010年12月5日)。皇室が自然に途絶えるならば憲法改正を経ずして天皇制を解消できる。 

女性天皇・女性宮家の熱烈な反対論にも思惑が見え隠れする。敗戦によって皇族から離脱した旧宮家の子孫が、あわよくば皇族に復帰しようという思惑である。結局のところ、明仁一家と遠い親戚との間のお家騒動という側面がある。この視点に立つならば皇太子夫妻への人格攻撃も理解しやすくなる。女性天皇・女性宮家を否定した上で天皇制を存続させようとするならば旧宮家の子孫の皇族復帰は現実的な選択肢になる。 
http://hayariki.net/hayariki2.htm#16
旧宮家の皇族離脱は皇室なりの戦争責任の果たし方であった。本来は昭和天皇(裕仁)が退位すべきであった。承久の乱のように敗戦による退位は珍しくない。それが天皇制を存続する道であった。昭和天皇が留まったことは天皇制の伝統からも特異であった。それは戦争責任の追及が不十分になっている大きな要因である。旧宮家の皇族復帰までも認めるならば戦後改革を否定する逆コースを象徴することになる。 

故に「旧宮家の皇族復帰を阻止するためにも女性天皇・女性宮家を認めるべき」との主張は一つの現実論である。「皇族が途絶えて自然消滅させることが法の下の平等を達成する」は楽観論である。現実に途絶える事態になれば、旧宮家を皇族復帰させて天皇制を延命させようとする公算が高い。それならば女性天皇・女性宮家を認めた方がいいという考えも成り立つ。 

一方で旧宮家を皇族復帰させた方が天皇制の矛盾を明らかにできるとの考えもある。現状では天皇制は国民に広く支持されているが、それは現在の天皇・皇族の人間性に負うところが大きい。現在の内親王が天皇や宮家設立するならば国民の支持は得られやすい。 

残念ながら天皇制と差別についての国民の問題意識は低いものの、それまで馴染みのなかった人物が、祖先が天皇というだけで皇族となることに支持するほどには国民は幼稚ではない。旧皇族の皇族復帰は世襲に基づく天皇制の不合理を白日の下に晒すことになる。それ故に天皇制に批判的な立場からも、むしろ旧宮家の皇族復帰を歓迎する心理も働く。 

以上の通り、女性天皇・女性宮家は男女同権論者が必死に推進するほどの価値はない。世界的には「女性兵士が男性兵士と同じように従軍し、人殺しをすることが男女同権」というフェミニズムもある。しかし、男女同権以外の矛盾や人権侵害を放置して男女の平等だけを目指すことが正しいフェミニズムの姿勢ではない。女性天皇・女性宮家賛成論も独善的なフェミニズムに陥る危険がある。 

一方で男女同権の立場から女性天皇・女性宮家を賛成することがシャローということにはならない。まだまだ日本は男女同権の後進国である。一端の市民運動家を気取る人物でさえ、面識のない大人の女性を自分の娘ぐらいの年代だからという理由で「ちゃん」付けで呼ぶことを正当化するレベルである(林田力「若年層右傾化の背景と限界」)。フェミニズムの独善を懸念するほどの水準に至っていない。 
http://www.hayariki.net/poli/zainichi.html 

そして女性天皇・女性宮家は天皇制への問題提起になっている。天皇制の延命が動機であるとしても、天皇制の強固な信奉者からは猛反発を受けている。これによって市民感覚と乖離した天皇制の反動性が明らかになる。天皇制の枠内で男女平等を追求しても別の箇所で矛盾が拡大する。これは真実であるが、現行の天皇制の男女不平等を指摘しなくていいということにはならず、問題提起には意義がある。
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林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
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