[CML 014797] 放射能汚染に対する除染の幻想

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2012年 2月 5日 (日) 23:03:21 JST


福島第一原発事故で広範囲に広がった放射能汚染に対し、除染に過大な期待をすべきではない。以下に理由を述べる。 

第一に効率性である。福島原発周辺地域から人間を移動させることと、周辺地域にある物質(大気や土壌、地下水まで)を除染することの何れが相対的に容易かという問題である。除染は絶望的な作業である。 

恐らく行政は福島第一原発から半径50キロメートル以内の住民を避難させることは頭から非現実的と考えているだろう。しかし、半径50キロ内の放射能に汚染された物質全てを除染する方が難事業である。避難よりも除染の方が容易で経済的と考えているならば、適当な除染で、お茶を濁そうとしていることになる。 

第二に除染の未完成性である。除染は拡散した放射性物質を抽出して隔離することである。原子力発電所の基本は「閉じ込める」である。福島原発事故では「閉じ込める」ことに失敗した。だから改めて放射性物質を閉じ込める必要がある。 

ところが、除染技術は放射性物質だけを抽出するというところまではできていない。それ故に放射線量の高い土を全て取り出すという形になる。その結果、「閉じ込める」放射性廃棄物は膨大な量になる。そして、その膨大な放射性廃棄物を閉じ込める場所は見つからない。当時の菅直人首相が中間処理施設を福島県内に設置すると発表した時でさえ猛反発を招いた(林田力「第一原発からの撤退認めていたら東北は全滅していた…菅内閣の元側近が明かす3・11直後の官邸VS東電ドキュメント」リアルライブ2011年9月5日)。関係者が納得する最終処分場を見つけることは不可能である。 

「除染に取り組めば、やがて効率的な除染技術が開発される」という楽観論があるが、これは原発推進派と同じ過ちを繰り返すことになる。このような論理で原発推進派も原発という未完成な技術を進めてきた。そして原発は放射性廃棄物の処理の点で「トイレのないマンション」にたとえられるが、除染を進めることも「トイレのないマンション」の矛盾に陥ることになる。 

第三に偽りの除染の危険である。正しい除染は拡散した放射性物質を抽出して閉じ込めることであるが、それは上述の通り、行き詰るものである。そこで偽りの除染が登場する。放射性物質を一層拡散して希薄化することで放射線量を低下させることである。残念なことに日本では偽りの除染が進行している。放射能汚染水を海中に流す、放射能に汚染されたガレキを焼却するなどである。 

これらは絶対にやってはいけないことである。特にガレキの焼却で大気中に放出されると内部被曝を防ぎようがなくなる。2012年1月に関東地方の照射線量が急上昇したことがあった。福島第一原発4号機に関心が集まったが、東京都によるガレキ焼却の可能性も指摘されている。世界中に放射性物質を拡散することで、国際犯罪にもなりかねない。 

これは偽りの除染に対する批判であって、除染そのものの批判ではない。しかし、現実の除染の中に偽りの除染がある以上、批判しなければならないものである。 

第四に除染は原子力村の延命になる。除染を行うためには原子力産業のノウハウが必要であり、除染は原子力産業を潤わせる。本来ならば福島原発事故は原子力産業の息の根を止める人災である。実際、ドイツなどでは原発から撤退した。ところが、日本の原子力村は除染ビジネスで肥え太ろうとしている。 

これは放射能汚染の対策が人の避難ではなく、除染中心になってしまったことが問題である。避難中心ならば原子力村にとっては賠償や生活保障の問題である。ところが、除染中心となったために盗人に追い銭を与える状況になってしまった。除染幻想は罪深い。 

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