[CML 014761] 蜷川幸雄氏インタビュー 朝日新聞(2)

BARA harumi-s at mars.dti.ne.jp
2012年 2月 4日 (土) 10:52:07 JST


――作家の村上春樹さんはエルサレム賞受賞の際のスピーチで「壁と卵」の比喩を用いて、「私は常に卵の側に立つ」と暗にイスラエルを批判しました。イスラエルで公演することに批判的な声はありませんか。 

「僕は、小さな希望のためにその場を利用すべきだと考えています。ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の問題を抜きにしてイスラエルがあるわけではない。なおかつ凶暴な支配者に変貌(へん・ぼう)したイスラエルで仕事をすれば、加担していると思われるマイナスの意味もある。それでもやった方がいいと証明できるのは作品の力でしかない。村上さんとは今度、『海辺のカフカ』をやるので、じっくり話してみたい。これも何かのご縁かな。お互い、日本じゃあんまり評判よくないしね」 

――文化人が、イスラエルの入植地などでの活動をボイコットする動きもあります。 

「文化的なボイコットはすべきではない。まず、文化人に語らせるべきです。『関与するんだ』と。我々には一番答えにくい質問ですよ。批判が起きることは当然考えています。でも、こういうことを問われるたびに自分を追い詰めていかなければならない。そこが大事なのです」 

■危機的状況の今 すべてを洗い直し悲劇から希望発見 

――中東和平は進展せず、破局的な状況。日本も昨年、東日本大震災がありました。劇の舞台であるギリシャでも経済危機が起きています。 

「今こそ全部それを洗い直す、考え直すスタート地点だと考えている。日本みたいな小さな村にいると激流にさらされることが少ない。少し日本を出てね、いろんな現代の物語に参加しないといけない。あんな事件も起こした日本だし。放射能危機、あれは『起きた』のではなく『起こした』んだよ」 

――そういう状況で、あえて悲劇をすることの意味は? 

「悲劇から希望を見いださない限り、悲劇をやる意味はないと思う。嘆くこと、怒ることは人間が回復するためにあるんじゃないかという気がする。悲劇的な時に喜劇をやるのではなく、より悲惨な現実の中だからこそ希望を発見できる」 

「3・11以降の日本の状況が視覚的な形で残るようにしたい。自然災害や政治、原子力の問題も含めてね。直接は表に出ないけれども、はっきり分かる形にする。我々が置かれている一番分かりやすい状況は、津波でビルの上に載った船とか、海岸に打ち上げられた巨大な船とか。そのことと現代の光景を交えながら……。これ以上言えないけど」 

――蜷川さんの作品は、ローカルなものと普遍的なものが共存していますね。 

「欧州の戯曲を演劇でやるには僕たちが感動しない限りできない。感動する欧州の古典のなかに、僕らはある普遍的なものをつかんでいる。そこが唯一の橋がかり。飛んできた種を日本で育てて、咲いた花をちょっと回すぜ、といった感じです」 

「近代演劇には、ギリシャ悲劇のコロス(合唱隊)という存在がない。しかし、コロスは民衆の代表だったり、全体の歴史を述べる役割だったりと、鍵的、抽象的な役割を担っている。リアリズム演劇だけでやろうとしてもできない。でも僕らはギリシャで、コロスの存在をちゃんと演劇的にできると評価された。日本の古典的な演劇スタイルが、そういう意味で役に立った」 

――「トロイアの女たち」の日本公演では演出を変えますか。 

「変えないで、そのまま通用するのかどうかやってみたい。その結果として、注目されて世界各国から呼ばれるような作品に仕上がればいい。日本のローカルなところで育ってきた我々が、果たして現代史のまっただ中で成果を上げられるのか、ものすごい不安はある」 

「個々の違いを残しながら、集団的には統一性を持たせるにはどうやったらいいか。あらゆるものをユニゾン(同じ音や旋律)にしてしまうと面白くない。これは大変ですよ。どうやるかは、勘ですね」 

■にながわ・ゆきお 35年生まれ。彩の国さいたま芸術劇場芸術監督。「トロイアの女たち」はイスラエル・カメリ劇場と東京芸術劇場の共同制作で12月に公演予定。




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