[CML 014727] ●自由報道協会の一周年&表彰式・・その時の受賞式の模様が動画で見られます。 {動画有り}

中田妙佳 gukoh_nt at yahoo.co.jp
2012年 2月 3日 (金) 02:27:22 JST


nakataです。重複おゆるしください 
メールをいつも送らせていただき、ありがとうございます。

(以下拡散転送歓迎)
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●自由報道協会の一周年&表彰式について、(日々坦々)さんブログが、当会の成立経過、
 いきさつについて書かれています。はじめて知る内容も書かれています。
 http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/614.html

 下記に投稿記事の要旨を、抜粋して、ご紹介させていただきます。
 ぜひ、みなさまに、表彰式当日の様子、みなさまの発言を、ご視聴お願いいたします。

 ★ガンの病に闘いながら、書き続けられている日隅一雄氏のブログ。『情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士』を、
 皆さま、ぜひ!合わせてお読みいただきたいと思います。
  http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005

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何故、自由報道協会という組織・チームが、日本の報道の現状について必要だったのか。

記者会見にフリー記者・雑誌記者・外国人記者たちには、日本の国は、、何故か参加できる資格が認められていなかった。
情報は、●記者クラブというギルド制ともいえる、特権組織によって、国民には、情報は、操作されていた事実が、
自由報道協会や、フリー記者たちの活躍によって、明らかになってきました。

世界がこれだけ動いているのに、日本は、トップニュースがポーツネタ!
どの新聞・TVも、まったく金太郎飴のニュースが毎日流れている日本の風景。
おかしい何故?という疑問を持ち続けてましたが、自由報道協会や、フリー記者のたいへんな努力により
また、ユーストリームなど、即時性の報道ツールも新しく利用されて、官房機密費問題や、記者クラブ組織の問題など、
一般市民にも、身近に考える情報が入ってくるようになりました。

デモや、集会などの情報が、自ら発信できる,市民メデイアとなっての活動も、新たに立ち上がってきました。

このような中、国民の中には、震災・原発・そして戦後の日本の実態が、すこしづつ姿を現してきたのを知ることができる、
激動の1年であったと私は思います。



(貼り付け開始
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●自由報道協会の一周年&表彰式・・・この会の言い出しっぺは小沢一郎氏だった!
 (日々坦々){動画有り}

http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/614.html

参考資料: 

・ウィキリークス以後の日本 自由報道協会(仮)とメディア革命 (光文社新書) 

・報道災害【原発編】事実を伝えないメディアの大罪 (幻冬舎新書) 

・記者クラブ崩壊 新聞・テレビとの200日戦争 (小学館101新書)



■自由報道協会の一周年&表彰式・・・この会の言い出しっぺは小沢一郎氏だった!
 January 28 ,2012 :(日々坦々) 


小沢一郎という人は、良きにつけ悪しきにつけ、人を分別させる。 

国民はもちろん、メディアも官僚も国会議員も、ほとんど全てが、「好き」と「嫌い」に別れ、その評価も真っ二つに別れる。 

先日、たまたま一緒に呑んだ大学生が、3.11以降、価値観が変わったと言い、「原発や政治」などの話の中で、「小沢さんの問題でも」とさりげなく言った。その話題の最後に恐る恐る小沢さんのことを聞いてみると、あれだけ悪者にされてるのは何かあると、ネットなどで調べたということで、今では支持していると言っていた。 

西松事件で小沢さんが代表を辞めざるを得なくなった時も、「やっぱり悪い奴だったんだ」という人と、「何かおかしい」と違和感を覚えた人が増えた。検察審査会で強制起訴された時も、同じく「違和感」を覚えた方も多くいただろう。それまでは一方的に与えられた情報だったけど、自ら進んで情報を探しに行き自分の頭で考えるようになって、徐々に小沢さんに対する見方が変わったという方も多いだろうと思う。 

自由報道協会一周年を記念して「自由報道協会賞」の授賞式が行われたが、その前に小沢さんの名前がウェブ上にあがったとたんに、賞を辞退する人や脱会するというフリージャーナリストが出てきた。 

それにはそれなりの理由があり、単に好き嫌いでは片付けられないとは思うが、その辺を小沢さんに対して常に批判的なネットメディアであるJ-CASTニュースが、話を面白おかしくして報じている。



(略)

■第一回自由報道協会「記者会見賞」について 

≪協議中だった「記者会見賞」について結論に達しました。選考不備による「記者会見賞」の協議延期を決定しました。これにともなって受賞者の確定をいったん取り下げます。・・・記者会見賞予定受賞者だった小沢一郎様については、当協会発足前からのご理解に感謝して、すべての協会賞とは別に顕彰したいと存じます。自由報道協会代表 上杉隆≫ 

ということでゴタゴタがあって、小沢さんが授賞式に来て次のように語っている。 

≪登壇した小沢氏は「いろいろなメディアの方の、いろいろな切り口があっていい。オープンな会見をするべきだという考えを持っていた」「(自分もオープンな会見のために)自由報道協会を活用させていただき、感謝している」と述べた上で「民主党も、政権をとったら(会見を)全部オープンにすると言った気がするが、現実には実現されていないのじゃないかと思う。その気になれば、お金もかからないし、すぐやれる」(ニコニコニュース)≫ 


■各賞の受賞者・作品は以下の通り 

・大賞(日隅一雄賞)
岩上安身氏 

・3.11賞(東日本大震災と福島第一原発事故に関係する報道)
『石巻日日新聞』 

・マイクロジャーナリズム賞(ツイッター、ブログ等を表彰)
IWJ 

・自由賞(3.11賞、報道賞、マイクロジャーナリズム賞に該当しないもの)
山本太郎氏 

・報道賞(媒体、報道機関を対象としたもの)
「吉田照美 ソコダイジナトコ」 

・協会賞(自由な言論ならびに多様な言論の構築のために著しい貢献をした個人、団体)
ニコニコ生放送 


ちなみに田原総一朗氏がプレゼンターとしてのあいさつで次のように語っている。 

≪自由報道協会というのは、既存の記者クラブとケンカをしているように見えますが、私はむしろ既存の記者クラブを応援している、励ましていると思う。
悔しければ小沢一郎の会見をしてみろと、できないわけですからね。そういう意味では既存の記者クラブを励ましていると言えると思います。≫ 


一側面ではそうだなあと納得。 


そういえば、自由報道協会というのは、そもそも上杉隆氏が小沢さんの会見を開くために作った団体だと上杉氏がどこかで語っていたビデオをみたことがあるが、まさか小沢さんが提案したというのは初めて聞いた。 

尤もこの団体が3.11以降、大変大きな役割を果たすことになり、きっかけは小沢さんだというだけで、その存在意義と価値はそこから抜け出し非常に大きくなっていったと思う。考えれば絶妙のタイミングで設立されたことになる。 

上杉氏が今回の表彰式を前にして、小沢さんの挨拶の前に、その辺の経緯を詳しく話しているので書き写してみた。 

≪・・・フリーランスというのはそもそも大概仲が悪い。そういう中で、記者クラブ問題の一点で共通点があり発足した。その会ができるきっかけを与えてくれた人物がいます。1年前の、その2週間前に、フリーランスの記者たちが政府の会見に出られなくて困っていると、質問ができないと、という陳情をその人にした。「じゃあ、話を聞こう」ということで、赤坂の居酒屋にフリー記者たちが集まった。 

そして、その会の最後に、この会を繰り返しやっていただきたいとの要望をしたら、その方から提案がありました。 

●「こういう形でオープンで開かれた記者会見でもやって、正々堂々と丁々発止やろうや」と 

●「それが日本の社会の言論の自由に寄与するんだったら、是非みんなでやれればいいんじゃないか」 

と言って、それから2週間、その政治家の方が記者会見を主催するわけにはいきません、ということで、慌てて集まった現メンバーが任意団体を立ち上げて、記者会見を行うということで発足したのが、この会です。 

その方というのが、いろいろ批判があります小沢一郎さんです。 

ここには小沢一郎さんに批判的な人も入っています。そして賛同する人は少ないジャーナリズムの世界の中でも、とにかく会見で繰り返し質問ができるという機会を、ずっと1年間67回の記者会見のうち6回という最多会見で機会を与えてくれて、この会の成長に寄与していただいたということで、権力者・政治家とジャーナリトという対立する構図にはありますが、同じ日本人、同じジャーナリスト、同じ日本、世界を思う人間として、その部分は共通できるのではないかと、自由な言論のために寄与していただいた小沢一郎さんに、今日は会として、これは賞ではありません、表彰、顕彰をしたいと思います。≫ 


こうした内容はどこかで読んだかビデオで見たことはあったが、ここまで詳しく聞いたのは初めてだった。 

その時の受賞式の模様が動画で見られる。

■自由報道協会賞の選考について
http://fpaj.jp/?p=2407 

■自由報道協会賞結果について
http://fpaj.jp/?p=2416

(略)

ただ、冠の名前にもなった日隅一雄氏の意向もあって急遽、準備不足のなかでの授賞式になり、段取りや連絡も後手後手になったであろうことが想像できる。 

最後に、日隅一雄氏の想いが自身のブログで書かれていて、そうしたものを忖度して、記者クラブメディアと闘うためにも結束していってほしいと強く希望するものである。 

昨年5月にガンで余命半年と宣告されて以来もずっと東電会見に出続けていた。 

今回も、本当は3月にやる予定だった授賞式を、日隅氏が3月まではもたないかもしれないという日隅氏自身の申し出によって、急遽1月中にということになったとのこと。 

こうした配慮に日隅一雄氏は自身のブログで次のように書いている。 

■自由報道協会賞大賞に「日隅一雄」の冠をいただいたことの私的な意義〜現実と希望
 (『情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)日隅一雄』ブログより  2012-01-28) 

≪正直、何か、証がほしいと願っていた。私がこれまでしてきたことよって、これだけの進展があったという…。年末が近づき、私の体は、医師が宣告したとおり、弱っていった。腫瘍が大きくなり、食べ物がまともに食べられない、腹痛で寝られない…。
上杉さんから、「日隅一雄賞」の申し出を受けたのはこの前後だった。自由報道協会が良質の報道を表彰する予定で、ついては、日隅一雄を大賞に冠したいという申し出だった。まさに、これは「証」だった。密室的な報道(異論もあるでしょうが、客観的にはそう批判されても仕方ない状況)をブレイクスルーしつつある●「自由報道協会」が、既存メディアも含めた顕彰を行うことは、日本の情報流通が大きく変わることにつながる。これに私の名前を付してもらい、毎年、私のこと、そして、私が言いたかったことを思い出してもらえる。これこそ、「証」だ。まだまだ生き抜くつもりだが、客観的には終末期が近づいていることは否定できない。
しかし、冷酷な現実を前にしても希望を忘れてはならない。●上杉さんたちは私に「証」という希望を与えてくれた。この希望を胸に、現実に立ち向かっていきたい。≫ 


●そして、授賞式の挨拶で日隅氏は次のように語っている。 

≪今回の件(原発事故)は忘れてはいけない、ということが一つと、これを機に学ばなければならないということが沢山あると思う。 

●その一番大きなことは、我々は主権者なのだということ。 

●十分な情報を得て、十分な振る舞いをしてきたのか。 

●それができていたら事故はなかったと思うし、事故対策ももっと違ったものになっていたかもしれない。≫ 


■日隅一雄著 『「主権者」は誰か 原発事故から考える』( 岩波ブックレット) 

☆2月8日出版予定☆ 

【内容】 

福島原発事故後、市民に伝えられるべき情報の多くが隠され、誤った説明が繰り返され、国民不在の場で様々な基準が決められていった。なぜ、これほどまでに「主権者」である国民がないがしろにされたのか。政治家、官僚、メディア、専門家、そして東電などによる事故後の対応を振り返りながら、その構造的問題点を指摘する。 


参照: 

岩波ブックレット編集部の「編集部だより」での案内
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/booklet/ 

紀伊国屋書店Book web で予約受付中
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4002708306.html 

日隅一雄氏のブログ『情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士』
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005



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