[CML 021485] 修正再送・今日の朝日新聞から 歌手UAさんの福島・沖縄・総選挙 ほか

BARA harumi-s at mars.dti.ne.jp
2012年 12月 11日 (火) 20:58:17 JST


メール増やしてすみません
先に送ったものに間違いがありました。
訂正したものを再送します

-----Original Message----- 
From: BARA
Sent: Tuesday, December 11, 2012 8:42 PM
To: 市民のML
Subject: [CML 021483] 今日の朝日新聞から 歌手UAさんの福島・沖縄・総選挙 ほか

原発事故の時妊娠していた歌手UAさんは 神奈川から沖縄に移った。
そこでみたのは「住民の生活と命を脅かしながら建設される米軍施設、頭上を飛ぶ軍用機、米兵によるレイプ事件でした」。
今の日本に「周囲との同調を強いる圧力を感じます」。
次世代のために「言葉を発しないといけない」
「これからも原発を推し進めるのか、戦争ができる国にするのか、と」。
UA さんの移住したのは、沖縄・東村。高江のある土地でした。
今夜の朝日新聞・名古屋版から。
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*以下 新聞記事につき そのまま転載はNGでしょう

関連記事http://digital.asahi.com/articles/SEB201209080067.html …
基地を拒む、母として 歌手UAさん 沖縄の痛み訴える

沖縄の「神秘さ」にひかれた。東日本大震災を機に移り住んだ。
そして「基地の島」を目の当たりにした。
「ダメなものはダメ。
母親として、沖縄の住民の一人として、オスプレイに反対し続けます」。
そんな思いを語る歌手がいる。
9日(2012.9)、米新型輸送機オスプレイ配備に反対する県民大会に参加する。

1995年にデビューし、命や自然をテーマにした独特の世界を個性的な歌声で表現するUA(ウーア)さん(40)。
沖縄本島北部の東村(ひがしそん)に、夫(30)と3人の子どもと一緒に暮らす。

昨年3月、東日本大震災での原発事故を知り、神奈川の住まいを離れた。
放射能の不安のない場所を求めて居を構えたのが東村だった。
2007年に訪れた際、「地球と人間をつなぐへそ」のような豊かで神秘的な森に魅せられた。
今は田畑を耕し、のんびりした生活を送る。

沖縄での暮らしは「戦争をたえず意識させられる日々」でもあった。
森の上を米軍機が飛び、兵士を乗せた車が生活道路を行き来する。

村の高江地区では米軍のヘリコプター着陸帯の建設が計画され、反対する住民の座り込みは6年目に入った。
オスプレイはそのヘリ着陸帯でも訓練する予定だ。
「沖縄の基地問題を知ってはいたけれど、住んでみて少し苦しみがわかった。これまで内地が見て見ぬふりをしてきたことも」

なぜ、森を壊して新たな軍事施設をつくるのか。
なぜ、沖縄が拒んでも国は耳を貸さないのか。
県内外のライブで高江やオスプレイのことを訴え、座り込みのテントに1歳の息子、莞紗(かんしゃ)君を抱いて応援に駆けつけることもある。

「オスプレイ配備は全国が注目している。内地との懸け橋になって沖縄の問題を訴えるのが『移住組』の使命」と思うUAさん。
こんな願いも抱く。「配備をとめることができたら、沖縄に大きな勇気になる。それが普天間返還の糸口になれば」(奥村智司)

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ついでに 朝日・朝刊から

http://digital.asahi.com/articles/TKY201212100346.html?id1=2&id2=cabcbcbb
除染の村から 飯舘村民の酒井政秋さん〈乱流総選挙〉
■はぎとられる田畑 研究?何のため? 国が、政治が遠い

東京電力福島第一原発の北西に位置する福島県飯舘村は、全村避難が続いている。
国による除染が始まった。
村民が戻るためには不可欠のはず。
だが意外にも、「除染は村を壊してしまう」と訴える人たちがいる。
それはなぜ? その一人、酒井政秋さんと村を歩きながら考えた。
見えてきたのは国、そして政治との、はるかな距離だった。

◇

村の小学校の真ん前の空き地に、黒い大きな土嚢(どのう)袋がびっしりと並ぶ。
放射能に汚染された土や草木、廃棄物が詰まっている。
その向こうに、かつて田畑だった土地、そして冬の山々が連なる。

――小学校の前に、除染した廃棄物の仮置き場があるのですね。

「村民への説明会でも反対の声が多く出ました。
子どもたちは今、村の外の小学校に通っていますが、将来はどうなるのか。
これがあるから村に戻りたくないという人もいると思います」

――先日の被災地見学バスツアーで、案内役の酒井さんは「除染は村の環境を破壊してしまう」
「除染はしないで」と語って参加者を驚かせました。どういう意味ですか。

「まずは現場を見てください」

除染中の農地を歩くと、あぜ道の中に宅地造成中のような、むきだしの地面が広がる。 

道路わきに看板が立ち、東北農政局の名前で「農地除染の対策実証試験をしています」とある。

「これはもう、田んぼじゃないです。グラウンドみたいになってしまった。表面を削って赤土や砂を入れた結果です。
線量を下げるためだけに行っているように見えます。
農業として稲を作るとなると、何年もかかるでしょう。それに、風評被害は避けられないと思います」

――でも、除染をしないと村には戻れません。除染は村の人たちがここで生活をするためでは。

「除染して線量が一時的に下がっても、しばらくして上がったところがあります。村の75%は山林です。
そこの除染をせず、農地や宅地だけ行ってもどうなのか。
村に戻りたいけれど放射能の不安を抱えながら生きていくなんて、という村民は少なくないと思います」

「何のための除染なんだろうと思います。線量を下げるため? 本当に村民のため? 
どうかなあ……。
ここまでやりました、何々シーベルトになったのでもう安心です、さあお帰り下さい、 

これで政府の仕事は終わりです、というためなのか」

「除染は農村より都市の方が効率がいいそうです。都市部で、出たいけれど出られない母子がたくさんいると聞きます。
同じ巨額のお金をかけるなら、そちらに使ってほしい」

――うーん。

「土をはぎとられたり木々を伐採されたり。こんな姿は私たちの村とは思えません。木にも山にも一つひとつ思いがあります。
それがなくなってしまう。私たちは自然の恵みに感謝しながら神々を祭って暮らしてきました。
土にも木にも神様が宿っています。何かをする時には神様にお祈りをしてから始めます。それがこんなになって。
村が壊されているというのは、そういう意味です。放っておいて自然に線量が減るのを待つ方がいいのかもしれない」

――国にそう訴えましたか。

「ええ。村民への説明会で何度も質問しているのですが、返ってくる答えは『除染はまったくの未知、
最善の努力をしています、研究段階です』。そんなあやふやなことで進められていいのかと思いますね。
私たちは研究対象なのでしょうか」

「国は、もっと現地に来て我々と話をしてほしい。あの高いビルの上で考えるのではなくて。
そうでないと信用も信頼も生まれません。私だって、除染に本当に効果があると思えたら賛成したい。
でも、政府の進め方が正しいとは思えないのです」

「それに、除染といっても実際は『移染』です。放射能で汚れたものを別の場所に移すという意味で」

県道から山の中へ数キロ入ったところにある「飯舘クリアセンター」。一般廃棄物の最終処分場だったが、
今は除染後の仮置き場だ。隣の山から見下ろすと、敷地内には黒い大きな土嚢袋が数え切れないほど積み上げられている。

――こんな山奥に。

「そうです。見えないところに隠しておくという感じです。県道を走る車からも、こんなところがあるとはわからない。
説明会で私たちは『仮置き場は見えるところに』と何度もお願いしました。
みんなが見えるところに置いて、3年たったらどうなっているかを見せてほしいと。でも聞いてもらえません」

「国は『仮置き場』と言いますが、どうでしょう。
ここの掲示板には『一般廃棄物の最終処分場』とありますが、いつのまにか『一般』の上に『放射性』というシールが
貼られているかもしれないなあ、と思うことがあります」

山に囲まれた、酒井さんの自宅。築60年。いまは祖母、母と村外の仮設住宅に暮らす。 


――原発事故から1年9カ月がたちます。この間、酒井さんにとって政治はどう見えましたか。

「政府が『ただちに影響はありません』と言った時は、国が言っているのだから大丈夫だろう、と信用していました。
でもその後、どんどんどんどん信用がなくなった」

「説明会では資料を棒読みするだけ。質問しても、線量の測定は文部科学省、除染は環境省、田んぼは
農林水産省などと言って。なんだろうこの人たちは。被災地のためにぜんぜん連携していないじゃないか」

「2人の大臣と話をする機会がありました。思いを手紙にして直接渡したのですが、返事がありません。
大人の礼儀として、これでいいのか。そういう人たちが政治家をやっていることに失望しました。

『国民のために』と言っているのに」

――今の政治は飯舘村をしっかり見ていると思いますか。

「たぶん、見られてはいないと思いますね。福島県自体が見られていないような気がします。
総選挙で有名な政治家が福島に来て演説しますが、なんだろうなあ、自分たちのことしか考えていないんじゃないかと思う。
被災地ならではの、もっと真剣な演説をしてほしかったのに」

「私だって、こういう現状だからこそ、政党を選びたい。
でも、どの党を選んだところで本当に福島の復興に、震災の復興にかじをきれるんだろうか、と思ってしまいます」

「政治の世界では尖閣諸島やTPP(環太平洋経済連携協定)、脱原発の問題で激しくやり合っています。
どれも大変な問題ですが、私には、すりかえに見えます」

――すりかえとは?

「福島の現実を忘れさせよう、たくさんの人が避難したままのことを忘れさせよう、風化させようという気持ちが強いように感じます。
今の日本から、福島がどんどん置き去りにされているなあと」

「政治家は、もっと現場を歩いて自分の目で細部まで見てほしい。
仮設住宅ごとに、状況や生活は全然違うんです。政治は、私たちにとって一番遠いところにあります」

「帰りたい、でも帰れない。そういう村民は多いでしょう。私たちは選択肢がほしいだけなのです。
一人ひとりに寄り添った復興の道筋が」

――酒井さん自身のこれからは。バスツアーでは「60歳になったら村に帰る」と話していました。

「結婚して子育てするには、線量の少ない土地で暮らしたい。でも会社勤めが定年になったら、
自然の力で線量が下がっていたら、永住の地として帰りたい。
そういう気持ちを語りました。
人生の最後は飯舘村で村民として過ごしたい。そのとき村があるかどうかはわかりませんが」

「村の外にいても、飯舘村民であることを忘れずに生きていきます。26年は、長い年月ですが」

(聞き手 編集委員・刀祢館正明)

◇

さかい・まさあき 78年、兼業農家で生まれる。震災前は村内の婦人服会社の工場長。 

現在は友人・知人らと対話の会を催し活動している。

◇

■生活再建の道筋、具体的に示せ(福島大准教授・丹波史紀さん)

私は基本的に「除染は必要だ」という立場です。考えるべきは、原発事故前の状態にできる限り戻すこと。
避難を強いられている人たちがふるさとに帰り、警戒区域以外の子どもたちも安心して外で遊べる。
そうした原状回復の取り組みは、まだあきらめてはいけないと思います。

除染に消極的な意見があるのは承知しています。ひとつは、莫大(ばくだい)な費用がかかることが理由です。
被災した方の間にも「そんなにお金を投入するのは無駄では」との声があるのです。
除染費用のほとんどはゼネコンなどに回る。それより一世帯につき何千万円か配分してくれるほうがいい。
「家が建てられる」「別の土地で暮らせる」というわけです。

効果への疑問も根強いですね。除染をしても再び放射線量が上がることは実際にあります。
元のもくあみだと思われがちです。

ただ、さまざまな疑問を持っていても、被災地のみなさんは、汚染された環境をなんとかしたいという思いは共通しているんですよ。
それなのに除染問題がこじれる根っこにあるのは、生活再建が進んでいないからです。 

先日、7人家族が6カ所で避難生活を続けているという方に会いました。
地域はバラバラになり、仕事の再開もめどが立たない。

除染は、原発災害を克服するための手段のひとつでしかありません。
除染をして「安全」になっても、村や町に医療・介護のスタッフは戻ってくるのか、商店は再開するのか。
国は除染の効果を検証しつつ、被災者が生活再建の道筋を見いだせるように、具体的な施策をセットで示さなければならないのです。

除染で出た土などを保管する中間貯蔵施設をどうするかが決まらないことも大きい。
原発災害の問題は日本全体の課題であり、福島県境で閉じているわけではありません。 

それを民主党政権はいわば「福島対策」に矮小(わいしょう)化してきたように見えます。
原発を推進してきた自民党は、事故直後には反省の弁を述べましたが、もう原発容認をちらつかせている。

選挙戦で原発という争点をずらしたり、隠そうとしたりする候補者もいます。
福島の痛みはひとごとになっているな、という気がしてなりません。
除染ひとつ取っても賛否がまじる問題ですが、政治家だけでなく、広く考えてもらいたい。
「総論賛成、各論反対」を乗り越えようとする過程で、何か新しい民主主義のかたちが出てくる気がするのです。

(聞き手・撮影 磯村健太郎)

◇

たんば・ふみのり 73年生まれ。
専門は社会福祉論。福島大に設けられた「うつくしまふくしま未来支援センター」マネージャー。





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