[CML 021484] 【毎日新聞】 敦賀原発:2号機の廃炉不可避 直下「活断層の可能性」

石垣敏夫 motoei at jcom.home.ne.jp
2012年 12月 11日 (火) 20:55:07 JST


前田朗さん
お世話様
福井敦賀原発、活断層問題は
自民党歴代の国民ダマシの一端、
騙し続けた自民党、再稼動の民主党
の責任追及をすべきと考えます。
自民党はフクシマで謝罪をしていません。
                      石垣敏夫

前田 朗です。
12月11日

毎日新聞、朝日新聞が報じたように敦賀原発は廃炉の方向になりそうです。

脱原発を求めて闘ってきた皆さんの運動の成果です。

市民の徹底監視がなければ、活断層は隠され、切り取られてきたのですから。

原発民衆法廷は、6月17日に大阪で開催された第4回公判において決定第4号
を出しました。下記の通りです。


「3. 被告日本原子力発電は、敦賀原子力発電所1号、2号機を再稼働するこ
となく、すみやかに廃炉にせよ。」


この決定全文は最新刊のブックレットに収録されています。


原発を問う民衆法廷実行委員会編『原発民衆法廷ぁ 原発は憲法違反だ! 日本
に原発は許されない―』(三一書房)
http://31shobo.com/?p=1755





----- Original Message -----
>
> 敦賀原発:2号機の廃炉不可避 直下「活断層の可能性」
>
> 毎日新聞 2012年12月10日 21時46分(最終更新 12月10日 23時19分)
> http://mainichi.jp/select/news/20121211k0000m040080000c.html
>
> 調査団が注目した溝(トレンチ)
>
> 日本原子力発電敦賀原発(福井県)の敷地内の断層(破砕帯)を調べている
原子力規制委員会の調査団は10日、評価会合を開き、2号機(116万キロワ
ット)の原子炉建屋直下を通る破砕帯について「活断層の可能性が高い」と結論
付けた。これを受け、規制委の田中俊一委員長は「今のままでは再稼働に向けた
安全審査はとてもできない」と述べ、再稼働は極めて困難になった。原電が今後、
活断層ではない明確な根拠を示せなければ、2号機は廃炉を迫られる可能性が高
まった。
>
> 規制委は近く調査団の報告を受け、正式な見解を出す。
>
> 同原発は全国で唯一、敷地内に活断層「浦底(うらそこ)断層」が通る。そ
こから枝分かれするように延びる複数の破砕帯の一部が1、2号機の原子炉建屋
直下を通り、浦底断層と連動して地面がずれる危険性が指摘されていた。
>
> 会合には、規制委の田中委員長や島崎邦彦委員長代理、外部専門家4人が出
席。今月1、2日に実施した現地調査の内容を議論した結果、2号機直下を通る
「D-1破砕帯」と、浦底断層との合流地点付近で新たに見つかった地層のずれ
について、「十数万年前より最近に動いた」との見解で一致した。さらに浦底断
層と連動して動く可能性が高いと判定。その上でこのずれをD-1破砕帯の一部
ととらえ、「活断層の可能性が高い」と判断した。
>
> 原発の耐震設計審査指針は「12万~13万年前以降」に動いた断層を今後
も動く可能性が高い活断層とみなす。島崎氏は政府の地震調査委員会の見解に基
づき、「40万年前以降」を目安に定義を拡大する方針を示している。
>
> 一方、1号機(35・7万キロワット)は運転開始から42年が経過。改正
原子炉等規制法は、原発の運転を原則40年に制限しており、今後廃炉となる可
能性が高い。
>
> 同原発をめぐっては、10年には旧経済産業省原子力安全・保安院の専門家
会合で、敷地内の破砕帯が浦底断層と連動して動く可能性が指摘された。東日本
大震災などを受け、保安院は11年11月に原電に調査を指示。今年4月に専門
家を交えて現地調査し、活断層の疑いが浮上した。【岡田英、中西拓司】
>
> ◇原電「受け入れがたい」
>
> 日本原子力発電は10日夜、東京都内で記者会見を開き、評価会合の結論を
「到底受け入れがたい。客観的なデータに基づき、当社の主張を実証していく」
と反論。追加調査を進める姿勢を示した。
>
> 日本原子力発電は10日夜、東京都内で記者会見を開き、評価会合の結論を
「到底受け入れがたい。客観的なデータに基づき、当社の主張を実証していく」
と反論。追加調査を進める姿勢を示した。
>
> 原子力規制委の田中俊一委員長が敦賀原発の再稼働を容認しない意向を示し
たことについては「現段階ではコメントできない」と述べた。
>
> ◇日本原子力発電敦賀原発
>
> 福井県敦賀市に1、2号機が立地する。1号機は東京電力福島第1原発と同
じ沸騰水型(BWR)、2号機は加圧水型(PWR)で、2基の総出力は151
万7000キロワット。1号機は日本初の商業用軽水炉で1970年3月14日
に営業運転を開始。発電された電気は、その日開幕した大阪万博会場へ送られ、
会場で「原子力の灯が届いた」とアナウンスされた。2号機は87年2月17日
に営業運転開始。3、4号機の増設計画があり、敷地造成工事は既に終わったが、
今年3月予定だった本体着工は延期されている。



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