[CML 019437] <テント日誌 8/20(月)――経産省前テントひろば 345日目>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2012年 8月 23日 (木) 21:24:20 JST


<テント日誌 8/20(月)――経産省前テントひろば 345日目>
     伊方原発現地に赴いて――<命の海に連なる人々>
     「ふるさとは原発を許さない!」

8月20日(月) 今日は午前9時から昨日に続いての全国ネット相談会であったが、松山に来たからにはどうしても道後温泉に入らねば・・・と、6時過ぎに起き出して道後温泉に向かう。
 風格ある建物もさることながら、とてもいい温泉であった。まだ朝早い時間帯ながら結構多くの人がいる。地元の人たちに親しまれてようだ。2階の休憩室でノンビリした時間をすごした後会場へ。
 9時から12時まで活発な議論が交わされた。次々と発言する人たちから日頃の思いや活動の様子が切に伝わってくる。テントからいった若いM君も各地のいろいろな人の思いや考えが聞けてとてもよかったと感想を述べていた。
 そして最終的に、各地の現在の状況が緊急性を要し、個々のグループだけでは対応しきれないとの声から全国ネット準備会が発足されることとなった。この全国ネットは全国の原発現地を横につなげるということと、実際に現地行動を全国連帯で積み重ねることを通して創り上げるというその実践性に特徴を持っている。志賀・泊等でのさしあたっての行動も提起された。
 相談会が終わるとすぐさまバスに乗って伊方原発に向かう。八幡浜から原発から子ども達を守る女たちの会の斉間淳子さんが同乗され、いろいろな説明をしていただいた。とくに伊方原発建設がが九長の被差別部落を狙い打ちするように進められたこと、オヤジ達が出稼ぎに行っている間にだまし討ちのように契約書にサインさせ、出稼ぎから帰ってきたオヤジ達がその出稼ぎ先で苦しんでいる若狭の原発と同じものが建設されることを知って心底怒り、子ども達の同盟休校も含めて、山を越えて町役場に押しかけて闘ったという話には心打たれた。
 そして斉間さんの、権力や抑圧者に対する凜とした姿勢と、抑圧され差別されている者に対する優しい温かな眼差しが話の中ににじみ出ていた。
 ビジターハウス(PR館)の展望館からは原発が頭を覗かせ、方向を変えれば祝島がすぐ間近に見える。過去に3度、原発近くの海一面に大量の魚の死体が浮いたという。そこから伊方原発反対の看板をいくつも見ながら、ゲート前へ。原発3基が間近に一望される。
みんなで抗議の声をあげ、木田さんが警備員に「会社はあなたたちを守らない。事故があったら、自分の命を大切にしなさい。」と呼びかける。帰り道にもいくつもの原発反対の看板を目にした。それだけ土地買収に応じなかった人たちがいるということだった。原発反対の意思を最後まで貫いた廣野房一さんの記念碑が建っていた。
 空港に向かうバスから瀬戸内海が一望された。いくつもの島影が重なり合う穏やかな海は夕陽にきらめき、瀬戸内地域に生きる人々の<命の海>というに相応しい。木田さんが歌った「瀬戸の花嫁」が心地よく響く。この<命の海>に結ばれる人々の闘いのネットワークは広がり、そしてそれに私たちもつながっていく。今回の松山行動と全国ネット相談会はそのことを実感させてくれるものであった。                         ( Y・T )



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