[CML 019201] マニラの悲劇

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2012年 8月 12日 (日) 02:29:57 JST


 坂井貴司です。
 転送・転載歓迎。
 
 1946年8月、広島・長崎の原爆投下に関する報道が事実上禁止されたプレ
スコードが取られている中、原爆投下直後から被災者の救援に尽力し、自らも放
射能障害で白血病になった医師、永井隆の書『長崎の鐘』が出版されました。原
爆の惨状を描いた本格的な書として大きな反響を呼びました。
 
 (ただし永井は原爆投下を「神の御摂理」と説き、死亡した被爆者を「汚れな
き小羊の燔祭(ホロコースト)」、つまり神への聖なる生け贄であるとしました。
熱烈な反共主義者でもあり、反戦反核運動や労働運動を徹底的に敵視しました。
反戦デモを「赤いカニがアワを吹いて歩いている」と揶揄しました)
 
 さて、その『長崎の鐘』には「マニラの悲劇」という文が付属していました。
 
 太平洋戦争末期の1945年、フィリピンの首都マニラで行われたマニラ市街
戦で日本軍が残虐な行為をおこなった事を書いたものでした。「マニラの悲劇」
を原爆投下と対置させることで、アメリカへの批判をそらそうという意図があっ
たそうです。
 
 しかし、「マニラの悲劇」は実在しました。「帝都」東京よりも美しく豊かと
言われたマニラ市で繰り広げられた日本軍とアメリカ軍の市街戦で、町は死体と
ガレキの山と化しました。10万人のフィリピン人市民が戦闘に巻き込まれ、死
亡しました。日本軍は沖縄戦と同様、フィリピン人市民を盾として戦いました。
しかもマニラ市街戦は、マニラ死守に固執する日本海軍と、マニラを放棄しルソ
ン島北部の山岳地帯にこもって持久戦を行う陸軍の作戦上の対立によって始まっ
たものでした。
 
 「スターリングラードの戦い」と並ぶ都市を戦場とした戦いであったマニラ市
街戦を、フィリピン、日本、アメリカ、そして「大日本帝国臣民」として戦わさ
れた台湾人が証言する番組です。
 
 NHKBSプレミアム
 
 ハイビジョン特集「証言記録 マニラ市街戦〜死者12万 焦土への1か月〜」
 http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=501&date=2012-08-12&ch=10&eid=11567
 
 放送日:8月12日(日) 
 放送時間:午後1:30〜午後3:20
 
坂井貴司
福岡県
E-Mail:donko at ac.csf.ne.jp
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「郵政民営化は構造改革の本丸」(小泉純一郎前首相)
その現実がここに書かれています・
『伝送便』
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