[CML 019075] Re: 「法の廃墟(8) 水戸事件の闘いに学ぶ」『無罪!』2006年11月号

maeda at zokei.ac.jp maeda at zokei.ac.jp
2012年 8月 4日 (土) 18:51:43 JST


前田 朗です。
8月4日

楠さん

近代市民法は自由・平等・独立の市民像を前提としていました。それは、一方で
は、身分性の打破であると同時に、他方で、ブルジョワをモデルとした「強い個
人」像を想定しています。憲法学者の樋口陽一さんが、近代憲法の市民像はやは
り強い個人であると、確認というか、ある意味では開き直っているのは、正解で
す。

もちろん、現在では、さまざまなマイノリティの権利が保障されてきています。
女性、人種・民族、先住民族、子どもとともに、いわゆる障害者についても権利
条約が国際的にできています。立岩真也さんの「弱くある自由へ」がすぐれた問
題提起だったのは、このことにかかわります。
http://www.arsvi.com/ts/2000b1.htm

裁判の場面では、「強い個人」による「権利のための闘争」モデルで事柄が考え
られます。「弱くある自由」があるとしても、「弱い個人」が法主体として直ち
にそのまま認められるわけではありません。裁判の場面では、「弱い個人」は
「保護の客体」にされかねません。パターナリズムの「必然性」はここにありま
す。

「強い個人」の間の形式的平等が明快なのは、近代における普遍化可能性と予測
可能性を容易に担保しうるからです。「強い個人」は確実に体験、記憶、想起、
証言をなしうるとされているわけです。「弱い個人」のための実質的平等性の確
立は重要ですが、実質的平等性の議論は、つねに普遍化可能性と予測可能性を犠
牲にしてしまいます。ここが難しいところです。


----- Original Message -----
> くすのきです。
> 
> >「法の廃墟(8) 水戸事件の闘いに学ぶ」『無罪!』2006年11月号
> 
> を拝読しました。明日の学習会で使わせてください。
> 
> 水戸事件だけではなく、浦安事件にも言及されていらっしゃいますので、
> 伺いたいことがあります。
> 
> 水戸事件、浦安事件のように、知的障害の女性・女児が、性的虐待を受けた
> とき、彼女たちの判決に不服がある場合、最高裁に上告することは可能でしょ
うか?
> 最高裁は憲法判断が含まれる場合には上告できるが、憲法判断がない訴訟では
> 高裁判決で確定、との話を聞いたことがあるのですが、、、。
> 
> 知的障害ゆえに、被害にあった日時、時刻、場の特定が困難で、それゆえに
> 警察に取り合ってももらえず、民事でも立証困難な状況は許しがたいことです。
> 健常者も障害者も法のもとでは平等(憲法?条)という論理で、最高裁に持ち
> 込めるかどうかが知りたいのですが、、、。
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