[CML 019014] パラグアイの「議会クーデター」/チリの「多数二名制」

pkurbys at yahoo.co.jp pkurbys at yahoo.co.jp
2012年 8月 1日 (水) 09:43:11 JST


紅林進です。

長らく右派政党による政権独占が続いてきた南米パラグアイで、
「解放の神学派」司教出身のフェルナンド・ルゴが2008年8月の
大統領選挙で勝利して、改革に取り組んでいましたが、6月22日
に大土地所有勢力に後押しされた議会保守派が、形の上では
「合法的」な形を取っていても、「議会クーデター」といわれるような
強引なやり方でルゴ大統領の罷免を行いましたが、この問題に関
する<パラグアイの「議会クーデター」>と題する、北沢洋子さんの
投稿をPARCの会員MLより転載させていただきます。

http://www.jca.apc.org/~kitazawa/

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-22/2012072207_01_1.html

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-01/2012070101_04_0.html


なお同じく南米のチリでも、2009年12月の大統領選挙において、
それまで政権の座にあった中道左派候補をピノチェトの流れを組む
右派連合のピニェラ候補が破り、民主化後、初の右派政権が誕生
しましたが、同国では、国会議員の選挙は、「小選挙区制」とは違い
ますが、「多数二名制」という、ピノチェト軍事政権末期に、民主化
を掲げる反政府派の議会における台頭を抑えるために導入した
選挙制度により、二大政党間で議席を独占し、チリ共産党などの
少数政党の議席獲得を阻んできました。

因みにチリ共産党は、2005年の下院選挙で得票率7・4%でしたが、
議席はゼロ。

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-04-08/2007040807_02_0.html

http://www.cl.emb-japan.go.jp/doc/senkyosikumi.doc
   
(以下転載)

パラグアイの「議会クーデター」
2012年7月31日                        北沢洋子

1. パラグアイのロゴ大統領の罷免
これまでの「クーデター」は、軍が武力でもって民主的に選ばれた大統領と
政権を打倒し、議会を解散させるというものが一般的であった。しかし、今年
6月22日、南米のパラグアイで起こったのは、全く意外な手法であった。
保守派が握る上院議会がフェルナンド・ルゴ大統領の罷免を39対4で決議し、
ただちに自由党のフェデリコ・フランコ副大統領を後釜に据えた。そして、その
数時間後、議会はルゴ大統領に対する告発状を提出し、裁判にかけることを
決議した。ルゴ大統領は、「反論を準備するための時間」を要求したが、これ
は却下された。
パラグアイの農民組織は、これに対して、その夜、抗議のデモを行った。
2日後、ルゴは、予定されていたメルコスールの首脳会議に出席し、11月末
まであった議長の座を、ペルーに譲る」と語った。そして、「私はフランコ政権
に協力しない。なぜなら、それは正当性を持っていないからだ」と語った。
 パラグアイのクーデターは、長い独裁政権時代を経験した南米大陸では、
激しい動揺と議論を巻き起こした。例えば、パラグアイに大きな経済的な影響
力を持っている隣国の大国ブラジルとアルゼンチンが、翌日、ただちに抗議の
意思表示として、首都アスンシオンから駐在大使を本国に引き揚げた。また、
ベネズエラのチャベス大統領をはじめ、エクアドル、アルゼンチン、ボリビア、
ブラジルなどの大統領が、ルゴ大統領の罷免を「クーデター」と非難し、「新政
権を承認しない」という声明を出した。
南米大陸では、これを「議会クーデター」、「合憲クーデター」、あるいは、「大
統領の弾劾」として非難する声がソーシァル・ネットワーク上で飛び交わった。
そこには、「議会は憲法に沿って行動したのかもしれないが、明らかに民主主
義を後退させる行為である」という声もあった。

2.独裁政権下のパラグアイの憲法
 2008年、ルゴが大統領に就任したことは、それまで60年にわたって続いた
軍と結託した右翼のコロラド党の一党独裁を終わらせたことを意味した。そして、
長い間野党であった「変革のための愛国同盟(APC)」の政権交代が実現した
のであった。
 パラグアイは、農業国である。しかし2%の地主が85%の豊かな土地を独占
している。一方、人口の40%を占める小農民が5%の土地にひしめいている。
カトリック主教出身のルゴは、貧しい農民と先住民族の声を代弁していた。
しかし、パラグアイに深く根ざした保守層は、ルゴが5年間もの間大統領の地位
にいることに我慢できなかった。
その上、パラグアイの憲法は、30年続いたストロエスネル大統領時代(1954
〜1989)に独裁政権の力を削ぐために、議会に大統領をチェックする機能を
大幅に与えた。例えば、大統領は、最高裁判所の判事任命、あるいはイタイプ・
ダムの水力発電所(パラグアイの最大の産業)の所長の任命といった重要な事
項について、大統領は議会の承認を必要とする。
 このような憲法のもとで、ルゴ大統領は、議会の足かせに悩まされた。メディア
は、ルゴの「無能ぶり」を書き立てた。そして、パラグアイの最重要課題である土
地の分配をめぐって事件が起こった。大豆と綿花のプランテーションのために
Curunguatyの森林からの強制退去をめぐって農民と警察が衝突して、17人の
死者が出た。この土地の地主は、長い間コロラド党の上院議員であった。ただち
に、ルゴ大統領は、内務大臣を罷免した。その6日後、議会の反ルゴ派は、これ
をフルに攻撃の手段とした。そしてしまいには、ルゴの弾劾と裁判にまで至った。
 以上のことが、ルゴ大統領の解任を「合憲」とする根拠になっている。ルゴは自
ら議会の決議を受け入れ、大統領官邸を出た。そして、後継者が大統領に就任
する数分前に、ルゴは、「今日、クーデターで罷免されたのはルゴではない。パラ
グアイの歴史であり、民主主義である。彼らはその行為の重要性を知るべきだ」
と語った。

3.ルゴ罷免をめぐる南米諸国の批判
パラグアイで起こったことは、南米大陸のなかで大きな議論を巻き起こした。例え
ば米州機構(OAS)の法律部門である「インターアメリカ人権委員会」のSantiago 
Cantin委員長は、「法のパロディである」と語った。 
 パラグアイ国内では、大統領に昇格したフランコ副大統領でさえ、記者会見で
「ルゴの解任は少し急ぎすぎだ。これでは、貧しい内陸国のパラグアイは地域の
中で孤立し、メルコスール(Mercosur)や南米諸国連合(UNASUR)など地域連合
からの除名を招きかねない」と語ったほどであった。
 たしかに、ベネズエラ、アルゼンチン、エクアドルといった左翼政権はルゴ解任
を声高く非難した。しかし実際にパラグアイに影響するのは、隣国の大国ブラジル
である。ブラジルのルセフ大統領は、UNASURの外相代表団をアスンシオンに
送り、ルゴとフランコに会った。その結果、代表団は「ルゴの解任は民主的秩序
に対する脅威」だと発表した。
 パラグアイでのルゴ大統領解任は、この大陸の民主主義がなお時間を要する
ことを物語っている。パラグアイの保守派は、遅かれ早かれ「土地の再配分」
「貧困撲滅」といった社会問題に対処せざるを得ないだろう。パラグアイ人口の
60%が接待的貧困下に置かれている。
そして、選挙によらない政権交代は、社会的不安定をもたらす。


CML メーリングリストの案内