[CML 016755] <テント日誌 特別編 大飯現地から>

Kimura-m kimura-m at ba2.so-net.ne.jp
2012年 4月 30日 (月) 11:45:37 JST


<テント日誌 特別編 大飯現地から>
   戸別訪問で住民との対話
   26日の住民説明会アクションに100名

◎反戦老人クラブ滋賀の高瀬です
23日から大飯町に泊り込み、テント村の人々との交流、戸別訪問によるビラ配りをしました。
1.戸別訪問
 大飯町は、大飯町と名田庄村が合併してできました。
 大飯町は原発賛成が多かったが、名田庄村は圧倒的に反対が多かった と聞いていたので、名田庄村を重点的に回りました。
 地形図を見ればわかるように、名田庄村は山で大飯町とは隔絶されており、合併するなら、小浜市との方がいいのじゃないかと思えます。
 何らかの意図があったのでしょうか? 町民の意見を大別すると、
「原発がないと生活できないから再稼動してもらいたい。」
「当初は反対だったがやむを得ず賛成になった。いまさら心をかき乱さないでほしい。」
「あんな事故があったのだから、絶対動かさないで。」
 強い口調で噛み付くおじさん、影で応援していると言う人、時岡町長と関電の癒着を激しく非難するおばあちゃん、ポスティングでなく、多くの声を聞けたのは成果でした。
 尚、このビラをもっての戸別訪問は、メンバーチェンジして25日、26日午前まで続けられた。
2.テント村
 最初にテントを設営したのは、埼玉から原付バイクで22時間かけてやってきた青年です。当初は、運動内部でも先走りという意見もありましたが、今はすっかり定着しています。
 国内メディアはもちろん、ドイツ国営テレビやフランスからも取材がありました。
 福島や伊方からも激励に来ました。
 地元の方も、「よくやってくれた」と言ってくれたり、差し入れしてくれたり。
 漁業組合との約束があるので、泊が停止する5月6日未明以降に撤去します。
 再稼動への動きをにらみながら、別の場所に再度設営します。
3.住民説明会
 24日に下見に行った時は、会場へ行く出入り口は全て閉鎖されていました。
 警備員が歩哨のように配置されていました。何人かの人に聞くと、全員県外から来たそうです。600m×200mの広大な敷地に、5棟の豪華な建物があります。
 24日時点では、大半の住民は自家用車、車で来られない人は3台のバスで来る という情報でしたが、直前になって歩行者・自家用車は不可になり、全員貸し切りバスで到着しました。
 26日当日、雨の中、正門前に県内外から集まった人は100人弱。
 開会時刻の19:30には会場に近い通用門前の歩道に移動。
 出入り口をはさんで警備の警察とやり取りしているうちに、
 彼らが挑発的に開門し、若い人たちと激しい揉みあいに。
 22時近く、20台を越えるバスで住民が帰るのを見届け解散。
 住民説明会に要したお金は2600万円だそうです。

 説明会の様子はさまざまな報道でご存知だと思います。
 現地でメディアの人に聞いたところでも、予想以上に、不安や疑問の声が多かったようで、言いたいことを言えない閉塞感に満ちた壁に、戸別訪問で小さい穴をあけられたのではないか  と自負しています。
 再稼動への儀式を目論んでいた推進派にとってはむしろブレーキになったのではないでしょうか。

当面の福井での予定
5月1日 小浜市住民説明会
5月5〜6日 テント撤去
5月12日 福井市役所横の中央公園で集会(詳細未定)

◎Qより
 26日の大飯町総合運動公園での原発再稼働にまつわる経済産業省副大臣柳沢の住民説明会は地元の方々になにをもたらしのだろうか?
 嶺南は、Qの観点では伝統として、渤海帝国と古代王朝との蝶番になっていたルートの上にある。このルートは、朝鮮半島南部の文化共同体としてのヤマトとは、母型が違う。裏日本という一種の蔑称はあながちまとはずれではない。1945年以降アメリカが太陽とすればここは月だ。カリフォルニア州にある原発の三倍が福井県に集中している。ここは一種の原子力村であり、世界の核開発推進センターの実験場にほかならない。
 大陸の文明の要衝という伝統にとって、アメリカ・フランスの核開発戦略をとるかドイツ・イタリアの反・脱核開発エコロジー文化をとるか、説明会の反応を知りたかった。

 以下は福井新聞の我々の行動の報道した記事である。
 
 反対派「公開しろ」「経産省の人間出てこい」「門を開けて公開しろ!」。‐。雨が降りしきる中、関西を中心に、約80人の反原発団体のメンバーらが集まった。説明会が始まった同7時30分すぎ、男性数人が公園内に入ろうと、入り口におしかけた。うち男性一人が柵に上がり「中にいれろ」「責任者を出せ」などと叫び警察官と口論になった。同8時すぎ、男性が柵を乗り越え公園内に入り込んだ。
 この運動の仕掛人はUさん大飯テントの創設者もそのひとりだった。万歳と叫ばせられたうえに、福島原発のようなことになる。地元の人々とともにできる限り抵抗したい!犠牲者になってからでは遅すぎる。「男性が警察から柵の外に出される際に、ほかの反対派が一斉につめかけ揉み合いとなった。
「人殺しに加担するのか」と怒鳴り声も飛び交い、騒然とした雰囲気に包まれた。揉み合いが一段落したあとも、説明会が終わる9時頃までにらみ合いが続いた。
 また、説明会に参加する町民が公園に入ろうとしたさいに、原発の危険性を訴えるビラを手渡したり、足早に会場に向かう町民の背中に向けて柵越しに「国は事故が起きても責任を取ってくれませんよ」と声を掛ける姿もあった。(藤田尚久、別司愛実記者)

  町議会町会などで意見を集約、町長に伝える段取りにはなっている。しかし、説明会のまえに町議たちと電源三法交付金の懇談会がひらかれ、停止していても8割分交付することなど約束されたもよう。交付金に縁のない近隣こそ深刻。現状で再稼働は無理だ。
                   (Q記) 


CML メーリングリストの案内