[CML 016606] 民主党の「民主党革命」(政権交代)とその後の「反革命」(失政というも愚かな失政)それと軌を一にする 「小沢派左派」の成立について

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2012年 4月 23日 (月) 15:44:32 JST


政治批評に常に鋭い視点を提起する金光翔さん(元『世界』編集部、現岩波書店社員)が民主党の「民主党革命」(政権交
代)とその後の「反革命」(失政というも愚かな失政)、それと軌を一にする「小沢派左派」の成立について、これもやはり鋭
い視点を提起しています。

■2010年秋の情勢について(2):言論界における「小沢派」の成立(上)(私にも話させて 金光翔 2010年12月9日)
http://watashinim.exblog.jp/12465295/

金光翔さんの上記の論は2年前の論になりますが一向に古びていません。CML(市民のML)においては先に「小沢信者
批判」に関してそれぞれの肯定、否定のやりとりがありましたが(下記参照)、その「小沢信者」なるものの成立のゆえんに
ついても重要な考えるヒントを与えてくれる論攷になっているように思えます。ご紹介させていただこうと思います。

金光翔さんは上記の論の中で「小沢派」の成立について次のように書いています。

   「民主党革命」(東本注:2009年の衆院選における「政権交代」劇)を支持したリベラル・左派の多くは、それが失敗で
   あったことを認めるよりも、むしろ、小沢一郎の権力の再奪取により真の「民主党革命」(「小沢革命」)を実現する、
   ということに期待している。後者の人々にとっては、現状は確かにどうしようもないが、「民主党革命」はまだまだ終わ
   っていないのである。」

   「佐藤や『月刊日本』周辺の人物あたりが「小沢派右派」である。岡本編集長や『金曜日』その他が「小沢派左派」で、
   必ずしも小沢を明示的に支持していなくても、その政治的主張の論理的帰結が小沢への期待ということになってい
   たり、人脈が「小沢派」と骨がらみになったりしていれば、広義の「小沢派」と見なすことができよう。その意味で、社
   民党は典型的な「小沢派左派」であり、『金曜日』の執筆陣なども「小沢派左派」と見なして差し支えないと思う。共産
   党系の一部の学者や、渡辺治なども広義の「小沢派左派」と見なさざるを得ない地点に来ている。」

   「リベラル・左派は、今や「国益」志向型に完全に再編されており、今さら「民主党革命」支持は間違っていた、とも言
   えない(言う勇気がない)。とすると、小沢への期待・親和性をますます強めて、「剛腕」小沢の下で、「民主党革命」を
   やり直し、自分たちの主張を実現する、という形にならざるを得ない。小沢も、自らの政治的復権のために、マスコミ
   を徹底的に利用しようとしている。そのためには言論界におけるリベラル・左派はまだそれなりの利用価値があるの
   である。」

下記の弊論で指摘している「必ずしも事実に基づかない小沢氏評価」と「事実誤認の小沢氏評価」。すなわち「小沢信者」
現象といってもよい現象がなぜかくも易々と生じるのか。なぜかくも再生産され続けるのか、という私たち(「小沢信者」で
はない人たち)の疑問のひとつの解が上記の論攷には示されているように思います。重要な指摘だと私は思います。

■「小沢信者批判について」という文章をめぐる市民のML(CML)上のやりとりについて(弊ブログ 2012年4月22日)
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-422.html

「さようなら原発」というのであれば、原発推進政党である民主党とも「さようなら」しなければ決して「さようなら原発」は実
現しないことはあまりにも当然すぎる論理の帰結というべきものです。もちろん、同じくこれまで原発を推進してきた旧政
権政党としての自民党、公明党などの保守勢力、イデオロギー的には同質のみんなの党、維新の会などなどとも「さよう
なら」しなければ。改憲問題についても、新自由主義という名の所得格差拡大のポピュリズム政策と「さようなら」するため
にも。そうであれば、「民主党革命」(「小沢革命」)に期待することにどんな有意があるというのか。そのことに私たちはい
くらなんでもそろそろ気がつきたいものです。手遅れにならないうちに。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/ 



CML メーリングリストの案内