[CML 016588] 民主党政権と小沢一郎氏

櫻井 智志 sa104927 at yahoo.co.jp
2012年 4月 22日 (日) 16:51:39 JST


   櫻井智志です。市民のMLでのやりとりですが、「平和の風」にも提起したい課題ですので、二つのMLとしました。ご一瞥いただければ、幸いです。

小沢一郎氏に対する東本氏のご意見には、事実に対する認識のあやまりがあります。
以下に記すしだいです。

 東本氏は、「小沢氏を「対米従属でなく、アジア、中国、アメリカと等距離外交路線」(CML 016521)の人とみなす小沢氏評価も事実とは遠くかけ離れた主観的な小沢氏評価でしかないことも指摘しておかなければならないでしょう。」と述べる。
 その論拠として、2010年の民主党代表選での小沢氏の発言と、2007年の『世界』11月号での小沢氏の論文を浅井基文氏が批判していることと二つをあげています。
 
 慇こΑ截横娃娃掲11月号論文への浅井基文氏の批判
   この叙述は、東本氏の杜撰な論述を如実に表しています。
なぜか?
『新保守主義−小沢新党は日本をどこへ導くのか−』(浅井基文 1993年、pp.110-136
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/pdf/07/ozawa01.pdf
それは、2007年の小沢論文を、1993年に浅井氏が批判できるわけがないからです。
浅井氏が小沢氏を1993年に批判なさっていることにはそれだけの説得力があります。
しかし、民主党が政権交代をとげたのは、2009年8月30日の総選挙の結果です。
16年間の期間に、政局も民主党も小沢氏もみな変化をしています。
ではどのような変化でしょうか。
 
東本氏はこう書いています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ひとつ目の論拠として菅氏と小沢氏の一騎打ちとなった2010年9月の民主党代表選の告示にともなう菅氏との共同記者会見の席上での小沢氏の発言を例としてあげます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 私は、2009年の政権交代前後の民主党と小沢一郎の変化をこう考えます。文章が長くなるので、常体にします。渡辺治氏の論文「政権交代と民主党政権の行方」を背景としています。
 
 自民党の構造改革政治の矛盾の顕在化による自公離れの票を、政策転換をした民主党が受けとめた。民主党はもともとは、構造改革政策を強行した自民党の大敗北に衝撃を受けた保守支配層が、「第二」保守政党として期待し、育てた政党であった。
 とくに2003年の総選挙直前に行われた小沢自由党との合同によって、民主党は自民党と政権を争う保守政党としての地位を確立した。

 ところが、小泉構造改革のつけがまわって、自公政権に対する批判がつよくなり、いよいよ第二保守政党とての民主党の出番が見えてきたところで、民主党は政策の急転換を行い、支配階級を裏切った。2007年参院選を前にしてのことである。2006年5月に前原誠司の執行部が犯したミスに乗じて、小沢一郎が念願の代表になっていたが、小沢のイニシアティブによる転換だった。

 2007年参院選での民主党の選挙公約には、いくつかの特徴がみえた。
小沢がイニシアティブをとってつくった参院選選挙政策の外交面を掲げる。
10.主体的な外交を実現する。
*わが国外交の基盤として、相互信頼に基づいた、強固で対等な日米関係を構築する。
*自衛隊のイラク派遣を直ちに終了する。
*国連を中心に世界の平和を構築するため、国連の活動に積極的に参加すると共に、国連 改革を主導する。                                     
*中国、韓国をはじめ、アジア諸国との信頼関係構築に全力をあげる。
                                                                        
自衛隊派兵を核とする軍事大国化問題でも、小沢一郎主導のもと、民主党は大きくニュアンスを変更した。マニフェストには用心して載せなかったが、その直前につくられた政策集では、インド洋海域での自衛隊の給油支援を根拠づけたテロ対策特措法の延長に反対の態度を鮮明にし、またイラクに派兵されている自衛隊の「即時撤兵」をマニフェストで主張した。
 
 ここでは内政面での自公政権の新自由主義政治を大幅に改善する政策をうちだした。こういった外交・内政にわたる小沢民主党の急激な路線転換は、あきらかに民主党が保守支配層の考えてきた保守政党の枠を踏み破る逸脱であった。財界とアメリカ政府は、こうした急転換に驚き、危機感を強めた。アメリカ政府と財界の猛烈な巻き返しと民主党への圧力が始まった。

 安保問題では、アメリカ政府が動いた。福田政権がテロ対策特措法延長で四苦八苦しているのを見て、アメリカは民主党がテロ対策特措法の延長に賛成するよう強い圧力をかけたのである。民主党は表面では突張ってはみたものの、しかし、アメリカに対して、あわてて民主党も責任をもつというメッセージを発した。『世界』2007年11月号の小沢論文は、その一環にある。こうした安保問題での後退、動揺は、民主党の転換がかなりあやふやな無原則のものであることをあきらかにした。 
 
 このように、日本外交にアメリカ政府と財界の強烈な圧力がかかることを見ると、鳩山政権にアメリカ従属外交からの脱皮の試行錯誤がつぶされて、菅政権に移行したかがわかります。そして現在の野田政権とは、さらに後退した対米従属政権であり、自民党と変わらぬことがいえましょう。民主党政権は、ふたたび、逆に大きく方向転換しています。その力関係を時間的な変化と明確に位置づけて、各政治家の言動の変遷を見ていかないと、時局の本質を見誤ることとなるでしょう。
 
 
以下 東本氏wrote
========================================
第四に櫻井智志さん(CML 016521)、豊間根香津子さん(CML 016530)、石垣敏夫さん(CML 016532)の小沢氏を「対米従属でなく、アジア、中国、アメリカと等距離外交路線」(CML 016521)の人とみなす小沢氏評価も事実とは遠くかけ離れた主観的な小沢氏評価でしかないことも指摘しておかなければならないでしょう。
この点について2点論拠を示しておきます。

ひとつ目の論拠として菅氏と小沢氏の一騎打ちとなった2010年9月の民主党代表選の告示にともなう菅氏との共同記者会見の席上での小沢氏の発言を例としてあげます。この記者会見の席上で小沢氏は「今、自分の頭にあることを申し上げるわけにいかないが、沖縄も米国も納得できる案は、知恵を出せば必ずできると確信している」と普天間移設問題に関して県外移設の「腹案」があるかのような発言をしました。が、翌日に開かれた日本記者クラブ主催の公開討論会の席では「日米合意を尊重することに変わりはない」という前提を述べた上で「今、具体的にこうするとかという案を持っているわけではない」とあっさりと前日の発言をひるがえしました。このことは前日の普天間の県外移設に関して「腹案
」があるかのような発言は小沢氏のハッタリでしかなかったことを如実に示しています。
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/435592/(リンク切れ) 

さらに上記で小沢氏の言う「日米合意を尊重することに変わりはない」とは、同合意が米国のアジア戦略を優先させた不平等合意であることが明らかである以上、これまでの対米従属路線堅持の姿勢となんら変わるところはないわけですから、その小沢氏の認識を「対等な日米関係」をめざしているとか「対米従属でなく、アジア、中国、アメリカと等距離
外交路線」をめざしているなどと評価することも適切とはいえないでしょう。

もうひとつの論拠として政治学者の浅井基文さんの次のような指摘をご紹介しておきます。浅井さんは下記の論攷で2007年の『世界』11月号論文における小沢氏の「ISAF参加合憲」発言は日米軍事同盟体制の堅持を前提にした自衛隊の海外派兵容認発言というべきものであり、同発言は自民党幹事長時代からの小沢氏の持論の焼き直しでしか
なく、小沢氏の日米同盟堅持、対米従属路線堅持の思想と姿勢は自民党幹事長「当時とまったく変わって」いないことを論証しています。小沢氏の日米同盟堅持、対米従属路線堅持の思想と姿勢は現在も続いている思想であり、姿勢とみなすべきものでしょう。小沢氏の認識を「対米従属でなく、アジア、中国、アメリカと等距離外交路線」をめざしてい
るなどという評価は事実に基づかない評価というべきでしょう。

■民主党・小沢党首のアフガニスタンISAF参加合憲発言(浅井基文 2007年10月10日
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2007/196.html
■『新保守主義−小沢新党は日本をどこへ導くのか−』(浅井基文 1993年、pp.110-136
http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/pdf/07/ozawa01.pdf
========================================


CML メーリングリストの案内