[CML 016572] ICRPの低線量被ばく基準を緩和しようという動きの担い手は誰か?(7)

Yasuaki Matsumoto y_matsu29 at ybb.ne.jp
2012年 4月 22日 (日) 00:15:25 JST


みなさまへ     (BCCにて)松元

島園進氏の表記の連載、(7)です。

すでに、その(1)(2)でお知らせしたように東京大学の島園進氏が、電力中央研究所(電中研)を中心にした研究グループがホルミシス論に基づいて「ICRP以上の安全論」を追究、推奨してきた経緯に注目しています。

「低線量被曝」を無視・軽視しているICRPをさらに乗り越えて、「安全神話」の学問的裏づけに邁進する被爆国日本の「研究者」たち。

彼らが放医研、放影研はもとより、原子力安全委員会、内閣官房低線量被ばくリスク管理に関するワーキンググループメンバーなどの要職に就くようになった歴史に光を当てています。

著者了解のうえで、この興味深い論考を紹介させていただきます。
今回(7)は「安心安全科学アカデミー」と「保健物理」への注目。後日(8)につづくようです。


◆ブログ:島薗進・宗教学とその周辺
http://shimazono.spinavi.net/

=====以下、その(7)全文転載=====

■ 日本の放射線影響・防護専門家がICRP以上の安全論に傾いてきた経緯(7) ――ICRPの低線量被ばく基準を緩和しようと 
いう動きの担い手は誰か?――

日本の多くの放射線健康影響の専門家が1980年代後半から「放射線ホルミシス」論に注目し、低線量被ばくによる健康への悪影響は少なくむしろよい影響があることを示すための研究に取り組んできたことを示してきた。電中研と放医研がその中核だが、全国の大学でも保健物理や放射線医学の研究分野でその影響が広がっていった。原子力推進に関わる官庁、業界、学界が後押しし、菅原努(京大)、近藤宗平(阪大)、岡田重文(東大)ら保健物理と医学の双方に場をもつ有能な研究者がそれを牽引したから、低線量安全論は急速に力を強めていった。

1990年代末頃からは世界的な情勢をにらみながら政治的な意図をもった働きかけが強まる。各国政府の意向を反映しつつ世界的に合意されているICRPの防護基準を、緩和の方向で見直そうとする論が強力に展開されていく。「ICRP厳しすぎる」論が花盛りとなったのだ。こうした動向を反映して、低線量被ばく安全論が大量に集められているウェブサイトの1つに「安心安全科学アカデミー」のそれがある。http://homepage3.nifty.com/anshin-kagaku/

この「安心安全科学アカデミー」は2001年に設立されたもので、「「暮らしの中での科学技術に対する不安」について気軽に相談できるようなボランティア組織」だという。その「入会のしおり」には、「ブラックボックス化する科学技術の急激な進歩の中で、住民は、さまざまな不安を抱いている。科学技術が進歩し高度になればなるほど、専門家集団と一般住民との問に大きな乖離が生じてくるのは必然であろう。そしてその正確な知識の欠如が、時には不安を増幅し、時には誤った判断・評価により重大な社会的損失を生み出しているかもしれない」、それを克服するために住民が能動的に考えていくのを支援するのだと述べられている。

設立経緯のより詳しい説明は、理事長の辻本忠氏の名による次の文章に見られる。
http://homepage3.nifty.com/anshin-kagaku/sub030518tujimoto.htm

「東京電力株式会社の柏崎刈羽発電所でのプルサーマル計画実施の是非を問う住民投票2001年5月27日に 刈羽村の住民(有権者数4,090人)に対し 
て行われた。プルサーマル計画は国の核燃料サイクル政策の柱で、国のエネルギー政策に対して非常に重要である。そのため、政府、電力会社は必至になってプルサーマルの安全性について説明された事と思う。ところが、結果は反対派が多数を占めた。「安全でも安心出来ない」と言うのがその答えである。

そこで、東京電力株式会社では「プルサーマル推進本部を早急に新設し、幅広い理解活動に取り組んでいく、経済産業省も「政府を挙げプルサーマル推進に向けた活動を目的に関係府省による連絡協議会を設け、実績などを示して地道に説得していく」などの考えを表明している。このように電力会社や政府はプルサーマルの技術的な安全性、実績などについて正しく伝え、エネルギー間題や原子力政策についての考えを解ってもらおうとしている。しかし、このような「解ってもらおう」とする説得型の一方向からのアプローチではなかなか住民の理解を得る事は難しいと思われる。これからは双方向のコミュニケーションが必要である」。「そこで、住民と共に考え、住民をサポートする人達が必要となる。また異常が発生した場合、住民より信頼され、「心の相談員」となる人が必要である。このように、常に住民より信頼され、住民をサポートし、異常時には「心の相談員」になる、このような人達のポランティア組織が「安全安心科学アカデミー」である」。この組織は原発が安全であることを住民に納得させるために設立されたということだ。

「心の相談員になる」という叙述には、「安全」に関わる放射線の科学的専門家であるとともに、「安心」に関わる心のケアの専門家ともなるべきだ、またなりうるのだという考えがうかがわれる。放射線の専門家が心理説や精神論や文化論を語る傾向のよい例だ。福島原発事故後に放射線影響に関わる医学の専門家が「ニコニコしていればだいじょうぶ」という発言を行って住民を困惑させたことが思い出される。

この安全安心科学アカデミーのホームページには、『低線量放射線の健康影響に関する調査』という報告書が収められている。anshinkagaku.com/reportindex.htm
2003年5月刊行で近藤宗平、米澤司郎、斎藤眞弘、辻本忠の4氏が執筆したものだ。その「序章 放射線を正しく怖がろう」は近藤宗平氏の筆になるものだが、次のように主張されている。

「現在の放射線防護規則の履行により、生命を救うという名目で出費されている金額は、ばかげているほど高額であり、非倫理的出費である。このことは、はしかやジフテリア、百日咳などにたいする予防注射によって生命を救うのにかかる安い費用と比較するとよく分かる。放射線から人間を仮想的に防護するため巨額の費用が使われている。他方、本当に生命を救うためのずっと小額の財源はたいへん不足している。」

放射線ホルミシス論を受けて、LNTモデルが廃棄され、「しきい値あり」との立場が採用されれば、原発の安全性を保つために費やされている資金が大幅に節約できる。これまで原発の安全性のために余計なコストがかかり、そのために他の目的で健康維持等に費やすことができた費用が無駄にされてきた。それは「非倫理的出費」だという。放射線ホルミシス論はICRP防護基準を緩和し安全性のための出費を減らすことによって、原発のコストを大幅に下げることができるという意義をもった研究だということが堂々と示されている。こうした論をあからさまに提示しているのは、電中研の服部禎男と阪大名誉教授の近藤宗平らだが、多くの専門研究者はそれに異論を立てることなく、その立場を知った上でその路線上の研究を進めてきた。それはこの連載記事の(1)から(6)までに書いてきたことでご理解いただけるだろう。

では、こうした動向に関わってきたのはどのような専門家たちなのか。科学的な専門分野としては、主に保健物理と放射線医学が関わっている。後者については別に取り上げることにして、ここでは「保健物理」について述べよう。辻本忠氏の「これまでの保健物理」(『保物セミナー』2009、ttp://www.anshin-kagaku.com/theme_3_1.pdf )という文章 
が役立つ。

「1942 年Enrico Fermiによってシカゴ大学で世界最初の原子炉(シカゴ・パイル)が完成した。この原子炉は原子爆弾の材料となるプルトニウムを生産するために作られたものである。プルトニウムについては人体に障害を及ぼす恐れがある。そこで、原子炉が完成するに先立って、A.H.Comptonを委員長に数人の物理学者が集まり、原子炉から出る放射線及びプルトニウムのような放射性物質から作業者や研究者及び環境を物理的方法で護るための研究を始めた。そして、この人達の研究部門は“Health Physics Division 
と呼ばれていた。Health Physics という用語を初めて用いたのはこのときからである。保健物理とはHealth Physics の直訳である。A.H.Comptonは 
「保健物理とは放射線障害を防止するために安全な被ばくレベル、遮へい、放射性廃棄物の放出等について研究を行う」と述べている。その後、原子力の開発に伴い、この分野が急激に発達していった。」

つまり、原子力の開発・利用と相即し放射線防護のための専門科学分野として保健物理は形成された。辻本氏は保健物理がこのように原子力開発の副次的分野であることについて否定的ではない。むしろそのことを積極的に受け止め、「実学」として進んでいくのが保健物理の本来的なあり方だと述べている。辻本氏は個人的な考えとして、そこにさらに「安心」のための心の問題の考察も含めたいとしている。辻本氏は言う。

「保健物理(学)は原子力の発展に伴って急激に発達した新しい学問であり、また実学であるので学問体系を構築するのは非常に難しい。そのため、人によっていろいろと見解の相違がある。また、実学であるので時代の影響を大きく受ける。よって一義的に定義する事が非常に難しい。これまで、放射線の人に与える影響は身体的影響と遺伝的影響に区分されている。私の個人的な見解ではあるが、上記二つの影響に心理的な影響を付加させたい。放射線に対する心理的な影響で健康に害を及ぼす人もいる。……昔、東京大学の吉沢康雄教授の研究室は「放射線健康管理学教室」であったと思う。私の個人的考えでは、もう一歩進んで「放射線の安心科学」にしたい。」

「保健物理は実学」ということの意味だが、保健物理は原子力利用と不可分のものであるから、原発推進の時代にはそれにそって保健物理を強化すべきであり、保健物理の専門家もその自覚の下に研究を進めるべきだという主張が含まれている。
「ところが最近になりアメリカが原子力発電に積極的になると日本でも「原子力ルネッサンス」と叫び、再び原子力工学科の設置が計画されはじめている。

鳩山由紀夫首相は9 月22 日に国連気候変動サミットで日本の温暖化ガスの中期目標について、「2020 年までに1990 年比で25%削減を目指す」と表 
明した。この目標を達成するには原子力発電所の役割が非常に重要になる。原子力発電所を発展させるには保健物理の活動が必須である。人材というものは急に育つものではない。これからも原子力発電を発展させていくには保健物理が活動しなければならない。それには、国および原子力関係者はもっと保健物理(学)を理解していただかなければならない。」

また、この学問領域は個々人のアカデミックな研究業績によってではなく、政策担当機関と協働して組織的に進められるべきだという考えも見られる。
「K.Z.Morgan は原子力研究所の中の保健物理の位置付けを次のように述べている。「国は研究所を助成し、研究所長は保健物理部を助成している。そして、保健物理部では部長、室長、研究員、技術者、秘書などが一致協力して仕事を進めていく。そして、その成果が直接研究所の頭脳に報告できるような組織でなければならない。

実学というものは時と共に変わって行くものである。原子炉のような大型施設を作るのも一つの研究である。この時にはK.Z.Morganが言われていたように、所長も研究者も技術者も一致団結して原子炉の建設に立ち向かう。(中略)京都大学原子炉実験所の初代より3期まで所長を勤められた柴田俊一先生は常に「管理優先、研究尊重」言われていた。ところが、文部省が各大学の評価を行った際に京都大学原子炉実験所は「A1」評価になった。「A1」とは一番よい評価であると思っていたが、一番悪いという事が後でわかった。それからというものは、教官は研究が使命である。そのため、研究優先、管理尊重に代わっていった。そして、現業的な仕事は技官に任せ、教官は研究に専念するようになった。しかし、研究というものはこのように画一的なものではない。特に保健物理(放射線管理)というものは実学で現場の中に入り込み、社会の動きについても変わっていかなければならない。」

アカデミックな審査で低い評価を与えられたので、科学研究充実の方向に向かう研究者が増えたが、これはこの専門分野の主旨に反する。むしろ組織一丸となり実用目的にそって動いていた初期のような「実学」としての自覚を取り戻すべきだという。辻本氏のこの考えが保健物理の専門家の共通見解だと言いたいわけではない。ただ、専門分野を代表するような有力な研究者のひとりがこう述べていることは注意しておいてよいだろう。

近藤宗平氏や辻本忠氏の述べていることから知れるのは、日本の保健物理の分野では、1)ICRP防護基準の重要な柱である低線量「しきい値なし」論を否認することを目指す研究者が多かったこと、2)「しきい値なし」論の否認は防護にかかるコストを下げるのに通じており原発推進に適合的であると意識されていたこと、3)そのことが彼らが進める研究のメリットだと主張されてきたこと、4)この種の研究の推進が政治的な背景をもち異なる立場からはそれへの批判が強いことが意識されているはずであること、5)しかしそうした批判者との学問的討議の場を設けることは避けられてきたこと等である。

事実、近藤氏、辻本氏が目指すような路線での研究を精力的に進めてきた酒井一夫氏は、この研究分野の新たな世代の代表的研究者として政府等の多くの委員の任務を与えられてきた。3.11原発事故後に「首相官邸原子力災害専門家グループ」や「日本学術会議東日本大震災対策委員会放射線の健康への影響と防護分科会」に名を連ねた放射線の専門家からは、厳しい防護基準にそった対策を回避するような発信が目立った。文科省による福島県の学校等の20mSv基準の指示(2011年4月)や食品安全委員会が暫定基準を厳しく改めようとしたことへの反対(2012年2月)などは分かりやすい例である。

だが、保健物理の専門家がすべて、こうした動向に従ったかというとそうではない。1999年4月21日に新宿の京王プラザホテルで行われた公開シンポジウム「放射線と健康」についての赤羽恵一氏の印象記は、こうした動向に対する批判的な視点が当時、健在であったことを示すよい例だ。(「低線量放射線影響に関する公開シンポジウム「放射線と健康」印象記」『日本保健物理NEWSLETTER』19号、http://wwwsoc.nii.ac.jp/jhps/j/newsletter/n19/16.html ) 
そこで赤羽氏は、「しきい値なし」を否認する方向での諸報告の論拠の弱さを明確に指摘している。

「低線量の影響のような、影響が微少である問題は、調査・研究において、交絡因子の扱いを慎重にしなければならない。例えば、ホルミシスの説明で、ラドン温泉や高バックグラウンド地域の住民調査が挙げられているが、これは非常に問題があると思われる。温泉自体の環境が負の効果をうち消しているかもしれないし、地域の特殊性も考えられるからである。また、Luckey氏の線量応答曲線は、ホルミシスは全身照射が自然放射線レベルから10Gy/yの間で生じ、許容値は「保守的に」1Gy/yとしているが、これは、既存の放射線影響の報告とかけ離れた数値である。その根拠となった適応応答を示すデータだけでなく、負の影響があるとする既存データの信頼性も同時に分析する必要があるのではないだろうか。」

赤羽氏はまた、提示された論証が既存の成果を否定することに急で上滑りしたものであったことも指摘している。そして近藤宗平氏の報告については倫理性にまで立ち入って厳しい評価を下している。
「非常に重要な人間性の根幹に関わる問題で、私が放射線防護に携わる者として絶対に無視できない発言は、近藤宗平氏の「原爆の放射線による死亡は無視できる」発言である。同じ言葉を原爆被爆者と遺族の前でも言うのであろうか。これがこのシンポジウムの演者の共通意見ならば、非常に残念なことである。」

同氏はまた、科学研究が政治的動機に引きずられていないか、危惧を表明している。
「質疑応答の中では、外国の演者から、科学のデータがどういうものかは金がからみ、国民の支持が得られなければ科学的根拠があっても出ない、2つ意見が出てくるとどちらがとられるかは政治の問題で議論は政治的なもの、という意見も出された。(中略)

この公開シンポジウムは低線量影響の研究成果を公開して発表する場として設けられたと思うが、科学的議論であるべきものが、その裏に感情論・政治論・社会的利害関係が見え隠れする。(中略)
低線量の放射線影響を明らかに することは、非常に困難な課題であり、それに挑む姿勢は評価したい。その分、一層慎重な科学的手法と分析が必要であり、感情論や社会的利害関係を考えることなく行うことが求められるだろう。今回の公開シンポジウムも、ホルミシス擁護派だけでなく、直線仮説支持派も交えて、科学的かつ冷静に議論ができたらよかったのではないか。」

この批判は、福島原発事故以後の放射線影響に関わる政府側専門家の発言や行動を理解する際にも、大いに参考になるものではないだろうか。今も批判的な立場の研究者・論者との討議は、ほとんど行われていない。


(以上、その(7)転載終わり、その(8)につづく)

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