[CML 016139] 混迷のシリア情勢について―土民百姓の立場から

Yasuaki Matsumoto y_matsu29 at ybb.ne.jp
2012年 4月 3日 (火) 21:24:26 JST


みなさまへ   (BCCにて)松元

シリア情勢について発言をつづけている童子丸開さんが、TUP速報で紹介されたピーター・ハーリング&サラ・バーク「シリア政権崩壊の先にあるもの」に関説しながら、「土民百姓」の立場で見解を述べられていますので紹介させていただきます。

※投稿原稿は、文字の色分け太字、リンク先提示などになっていますが、ML配信の都合上、消えていますのでご了承ください。

・・・・・・・・・以下、転載・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ご紹介いただいた文章の作者(ピーター・ハーリングとサラ・バーク)が正直で誠実な報告をしていることを疑うような根拠を私は持っていません。同時にまた、ここに書かれていることが本当に正しいと確認する手段もありません。まして彼ら(外国人のように思える)の判断が実際のシリア国民の「多数派の声」を代弁しているのかどうかなど、当事者ではない我々に知るすべはありません。

 シリア国内から何らかの報告が現れる場合、私がこちら(*)でご紹介しているような明らかに疑惑を持たれる例を除けば、部外者にとって、いったい何が本当で何が間違っているのかの判断をつける材料はありません。
(* http://doujibar.ganriki.net/Today%27s%20World%20of%20Fraud%20&%20Myth/Today's_World_of_Fraud_&_Myth-initial.html) 



 政府側の立場に立つ声にしても反政府側の立場に立つ声にしても、どれが本当なのかと問いに、おそらく「本当に正しい答」など見つからないでしょう。報告している人が正直で誠実な場合、たとえ正反対の結論を出しているものがあっても、きっとどれもみな正しいのでしょう。それぞれの人がそれぞれの立場で主体的に、多くの場合命がけである出来事に関わっている際には、たとえ意図的な嘘ではなくても、その出来事に対する見方はそれぞれで異なってくるのが当たり前だと思います。戦いの当事者たちは、どちらの立場にある人々も必死なのです。多少の誇張や感情的な決めつけなどはあって当然です。

 他と切り離してシリアだけを考えるのなら、いったいどちら側の情報により真があるのだろうと悩み迷うこともまた当たり前だと思います。しかし我々にとって、現在現れている情報と同時に、過去の事実、すでに歴史となった諸事実からの学びもまた、現在に対する重要な判断材料になると思います。
 欧州にいる私は、昨年来、テレビや新聞を通して知ることのできるシリアについての情報が、あまりにも一方的で、集中的で、実にしつこいことに気付きました。それはNATOによるバルカン、アフガニスタン、イラク、リビアへの軍事介入前の状況と似通っています。ですからここで私は、このピーター・ハーリングとサラ・バークの声をいったんそのままの姿で胸にとどめておき、少し別の角度からシリアの問題について語ってみたいと思います。

 カダフィ体制にしてもサダト体制にしても、紛れもない独裁政権で、数多くの部族や宗教・宗派を国内に抱え、外国の影響を受けた人々や集団もあるわけで、一つを立てれば一つが立たない状況で国家を統一しているわけですから、必ず弾圧や抑圧があります。これはイランでも中国でもベネズエラでも一緒です。
 誰が何を軸にして国家をまとめようとしても悲劇の種が尽きることは無いし、抑圧とそれに対する告発が続くでしょう。抑圧される方の側から見れば、それが誠実で正直な報告であるのなら、ピーター・ハーリングとサラ・バークが報告するように、まさに体制による殺戮に他なりません。

 スペイン人も内戦とフランコ独裁という同種の悲劇を身にしみて味わった歴史的な経験を持っています。スペイン人たちは「独裁」という言葉に特に敏感です。もしフランコに何かほめるべき点があったとすれば、ヒトラーの誘いを拒否して第2次世界大戦に加わらなかったことでしょうね。もし加わっていたとすれば、結果として国の滅亡と分裂、外国人による支配という、もっと大きな悲劇を招いていたのかもしれません。
 しかし私が『「スペイン内戦」の幻想と傷と癒し(http://doujibar.ganriki.net/webspain/guerracivil.html)』でも書いておりますように、もし仮にスペイン共和国側がフランコ側を破っていたとしても、フランコが行ったのと同じくらい多くの悲劇を生み出していたことでしょう。
 この文章に私は次のように書きました。引用します。

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 ここに、スペインのセビーリャ大学出版の学術雑誌「アンビト」2000年3−4号に掲載された「戦争とプロパガンダの犠牲者としての市民:スペイン内戦(1936-1939)の例」という論文があります。著者はセビーリャ大学コミュニケーション科学研究員コンチャ・ランガ・ヌーニョ。その一部を翻訳・引用しましょう。

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【前略:訳出・引用開始】
 1936年に始まった内戦はスペイン人にとっては可能な限りの最も悲劇的な性質のものであった。同様に、国外ではその展開が情熱を掻き立てるようなものであり続けた。二つの対抗する勢力と大戦間のヨーロッパでの思想的な重荷がそれに油を注いだ。国外からの援助の必要性が、共和国政府をも武装蜂起勢力をも国際的な同調を得るためにプロパガンダの戦いを拡大しようとさせた。両陣営とも、いかに自分たちが犠牲者であるかを誇示し、自分たちの行動を正当化するために理屈を振りかざした。共和政府側がその政治的正統性を武装勢力と保守主義者とファシストによって脅かされていると主張する一方で、相手側はスペインの救済を掲げて人民戦線内閣と「左翼勢力」の横暴を非難した。当然だが、一般市民の苦しみと人権の無視は、どちらの陣営にとっても相手を非難するあらゆる言葉の中心だった。

 このような状況の中で、プロパガンダとそのコントロールが最も大切な手段となった。アレハンドロ・ピサロソが断言したとおりである。「スペイン内戦は武器と戦術の実例の宝庫であったと共に、情報とプロパガンダの分野におけるパイオニアだった」のだ。この点に関しては、大戦間のヨーロッパで全体主義のシステムが主役を演じていたことを思い起こす必要がある。スペインの両陣営によって追求された形態はそれに沿っていた。そしてそれはヘスス・ティモテオ・アルバレスが次のように示唆している。

 『ここでは、このような全体主義のシステムが幅を利かす。それは党派主義者と狂信者であることによって、少なくとも精神的に帝国主義者であることによって、大衆の共感を得る必要があるし、プロパガンダをすぐれて公的な機能にまで、国家と社会システムの中心柱にまで高めるための手段を必要とするのである。』


【後略:訳出・引用終わり】
http://www.ull.es/publicaciones/latina/aa2000kjl/y32ag/75langa.htm

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 スペイン内戦は単に軍事的な対決だけではなく、あらゆる種類のプロパガンダの対決でもあったわけです。上記の論文の引用箇所の中で『大戦間のヨーロッパで全体主義のシステムが主役を演じていたことを思い起こす必要がある』と言う部分の「全体主義」とは、当然ですが、ファシズム(およびナチズム)とスターリニズムのことを指します。この内戦がヒトラーとスターリンの「代理戦争」としての一面を強く持っていたことは周知の事実でしょう。

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 どちらの側の支配者にとっても、人民の苦しみは、情勢を自分たちにとって有利にするための宣伝材料に過ぎなかったのです。双方の立場に分かれて戦った人たちのどちらの声も事実の一面であり、そして同時にどちらの声も支配者に利用されるプロパガンダの一面でした。そして結果として被支配者には悲惨さだけが残りました。この文章の最後に私は次のように書きました。

 『私は「土民百姓」の一人です。「土民百姓の味方」ではありません。仏の嘘も武士の嘘も、結局は「味方面した敵のプロパガンダ」に過ぎないのです。「土民百姓」は、何にたぶらかされてどうなるのか、を正確に見抜く知恵を手に入れなければなりません。』
 私の視点は一貫してここに置かれています。

(シリア問題から離れますが、日本の「土民百姓」は長い間、「原子力の平和利用」という名の緩慢な核戦争のプロパガンダにたぶらかされてきました。その結果、何がどうなったのかは明らかですね。そしていまどうやら、「絆」なんていう「仏の嘘」で次なるたぶらかしが開始されているようですが・・・。)

 アフガニスタンでもイラクでもリビアでもバルカンでも、独裁的・軍事的支配者がいて抑圧と虐殺があったことには間違いはないでしょう。しかしこれらの地域について私にはっきりと言えることは、アフガニスタンでもイラクでもリビアでもバルカンでも、数多くの「抑圧と人権侵害の告発」が続いた後で、圧倒的な軍事力を持つ米欧諸国からの直接の攻撃が始まり、外国の力で政権の転覆が行われ、より大きな悲劇が開始されたという、紛れもない事実についてです。この事実は断じて「陰謀」ではありません。明々白々な戦争への意思であり、それに基づいたプロパガンダです。

 イラクでは、20年前の湾岸戦争以来続けられたサダムの悪魔化に続いて、軍事超大国の政府からとんでもない大嘘が次々とあふれ出し、西側世界を戦争とその支持に動かしました。(「西側世界」とは米国、EUを中心とした欧州、そして日本と韓国です。)こちらに書いたとおりです。
http://doujibar.ganriki.net/911news/these_big_lies_are_war_crime.html
 イラク侵略の後に米国で対イラン戦争熱が煽られたときも、各国首脳を巻き込んだ大嘘の嵐が吹き荒れました。その一例は次に紹介されています。(一例に過ぎません。)
http://doujibar.ganriki.net/translations/1-06,rumouragainstiran.html
 このときには幸いにして対イラン戦争(核弾頭を詰んだバンカーバスター弾を使用する予定まであったといわれる)は食い止められました。これについては次に書きました。
http://doujibar.ganriki.net/Today's%20World%20of%20Fraud%20&%20Myth/Warnings_of_war_against_Iran_by_Brezinski.html
 次は、少々イスラエルに対する警戒に傾きすぎる嫌いがありますが、参考になるでしょう。
http://doujibar.ganriki.net/translations/5-1,zionpowerandwar.html
 カダフィ後に国の分裂と黒人たちに対する虐殺や拷問が続くリビアについては、
http://doujibar.ganriki.net/Today%27s%20World%20of%20Fraud%20&%20Myth/the_truth_of_Libyan-war-1.html
 
 現在のシリア情勢からNATO(米欧)による明々白々な戦争への意思を見て取ることは極めて自然なことであり、「欧米の陰謀」などはちょっと違うように思えます。
 もちろんですが、紛争の当事者たちにとって、独裁者の弾圧とNATO(米欧)による侵略戦争と、どっちに転んでも悲劇です。狼に食われるのと虎に食われるのと、どちらを選ぶかと言われても、どっちもごめんだとしか答えようのないものです。しかし私は少なくとも、大嘘を付いてあたかも「正義」を行うような幻覚を振りまき、その圧倒的な軍事力を用いて各地域を戦争に導く者たちとそのプロパガンダを拒否します。拒絶します。私の立場と姿勢はそうです。これだけははっきりしています。

 シリア国内からの声は、政府支持側からの情報でも反政府側からの情報でも、きっと事実のある側面を語っているものがあるのでしょう。しかしそれと同時にこういった明々白々な侵略意図によるプロパガンダの中で利用され食いものにされる側面もあります。我々は、《外から吹き込まれ煽られた正義感》によってではなく、過去の事実と歴史の事実から学び自らの主体的な立場と姿勢でこの種の問題に相対するべきだと思います。

 最後に、元米国財務次官でウォールストリート・ジャーナル副編集長だったポール・クレイグ・ロバーツによる、次の記事をご紹介します。
http://www.paulcraigroberts.org/2012/03/26/empires-then-and-now/
 これは英文ですが、日本語訳が以下のサイトに掲載されています。
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-2d8a.html
 ロバーツは現在の米国の戦争が持つ重要な側面を簡潔に説明してくれています。詳しくは記事をお読みいただきたいのですが、第2次世界大戦後の米国支配者(軍産複合体と金融資本)にとっては戦争それ自体が《資源》つまり宝の山、それ自体が次々と場面を変えて行われる残忍非道なビジネスなのです。

童子丸開

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(以上、転載終わり)




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