[CML 016138] Re: 橋下徹・大阪市長と古賀茂明、飯田哲也・大阪府市統合本部特別顧問の「脱原発」は原発再稼働を認める虚偽の「脱原発」でしかない!

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2012年 4月 3日 (火) 19:46:50 JST


前田さん、第1と第2と第5の点についてのみ少しばかり応答しておきます。

第1の脱原発共闘(という言い方がふさわしいかどうかという問題はさておいて)においてネオリベなどなどの「脱原発」
主張をどのように評価するかという問題は難しい(決して易しくはない)問題です。具体的にいえば古賀茂明や飯田哲
也、河野太郎などなどの新自由主義者の脱原発」主張をどのように評価するかという問題、ということになるでしょう。

この点については前便メールの最後でも少し触れておきましたが、私は、大雑把な言い方ですが、「共闘できるところ
は共闘して構わない」、ということだろうと思っています。「構わない」という表現はむろん積極的肯定論ではありません。
なぜ、積極的肯定論ではありえないのか? これも前便メールで少し触れておきましたが、私にはやはり「いつ、どこで
足を掬われることになるかわからない」という彼らに対する強い不信の念と危惧の念が拭えないからです。その不信と
危惧の念がおのずから「構わない」という消極的表現になりえている、ということです。 



さて、その私の不信と危惧の念の中身について少し触れておきますと、彼らが新自由主義者であれなんであれ、また、
「脱原発」志向であれなんであれ、結局のところ彼らの所属する政党、ないしは彼らがシンパシーを抱く政党であるとこ
ろの自民党、みんなの党、あるいは橋下・維新の会、さらには民主党は詮ずるところ「原発推進」政党でしかすぎない
ということです
http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-374.html

その「原発推進」の政党に所属していて、あるいはその政党を支持する「脱原発」志向、「脱原発」主張とはなんなのか
? 私には理解できないことです。彼らの政治理念の問題としてその矛盾を私は決して軽視することはできません。個
人の理念と政党の理念に矛盾があるとき、これまでの政治史を振り返る限り個人の理念は必ず潰されていきます。そ
ういうことがわかっていて(わかっているはずです)「原発推進」の政党に留まっているというのは結局のところ彼らには
真の「脱原発」の意志はないものと私は判断せざるをえません。その矛盾に気がつかないふりをしているところに私は
彼らの政治家、あるいは評論家としての重大なマヌーバ―性を見る思いがするのです。また仮にそういうことがわかっ
ていないでただ「脱原発」「脱原発」と言って騒いでいるだけだとすると、彼らはあまりにも能天気なお坊ちゃんというほ
かありません。そういう意味でも彼らに私は信をおけません。そういうしだいで、「ネオリベでも脱原発ならOK」というの
はなかなか危険な言い方、難しい問題、決して易しくはない問題だと私は思わざるをえないのです。

第2の飯田哲也氏の評価に関していえば、前便で私は「1日の会議では、NPO法人『環境エネルギー政策研究所』所
長の飯田哲也特別顧問と、古賀茂明特別顧問の両委員が、それぞれ『再稼働の8条件』を提示」云々というSankeiBiz
の報道を紹介しておきましたが、飯田氏の「脱原発」志向の姿勢については、左記の報道を一瞥するだけでも十分だ
ろうと私は思っています。彼の「脱原発」は所詮いろいろ条件はつけたとしても「原発再稼働」を許容する程度の「脱原
発」主張でしかないことは明らかだということができるからです。ここでは私は飯田哲也氏はほんものの脱原発主義者
とはいえない、ということを言っています。彼が橋下の思想調査アンケートをどのように思っているかということはここで
の評価に関しては無関係です。ただ、「飯田さんが強制や思想調査をしているわけでは」ないとしても、彼がその反民
主主義性において際立つ思想調査アンケートを強行する橋下ブレーンの一員になっていることはその橋下の反民主
主義とプチ独裁の手法を許容しているからにほかならない、ということになるでしょう。そういう意味でも飯田氏は評価
できません。

第5の「再稼働の8条件」の中身の問題について若干のことをいえば、前便でご紹介した読売新聞の4月2日付け記事
によれば、その「8条件」の中には「同社の定款を変更・追加し、『原発事故の賠償責任が会社の負担能力を超えない』
ことを盛り込む」という項目が含まれています。なんとも違和感のある項目です。この項目は、人の尊厳と生命の値段
は「会社の賠償責任負担能力」の範囲内で量り売りされる程度のものでしかない。そういうことよりも株主利益を保守
することの方が重要、と言っているに等しい資本の論理丸出しの認識といわなければならないでしょう。ネオリベの面
目躍如の「非思想」というべきところでしょうか。このような項目の追加要求をして恥じない人物群は私は軽蔑しても、
信を置くことを断じてありえません。


東本高志@大分
higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
http://mizukith.blog91.fc2.com/

From: Maeda Akira
Sent: Monday, April 02, 2012 4:44 PM
To: 市民のML ; 市民社会フォーラム
Subject: [CML 016110] Re:橋下徹・大阪市長と古賀茂明、飯田哲也・大阪府市統合本部特別顧問の「脱原発」は原発再稼働を認める虚偽の「脱原発」でしかない!
前田 朗です。

4月2日

東本さん

ご苦労様です。

批判対象に私が入っているのかどうかわかりません(たぶん入っていないような
気も)が、私自身、いくつかの MLに「ネオコンだろうと、ネオリベだろう
と、脱原発ならOK」などと書いてきました(笑)ので、少々、弁明と反論らし
きものを書かせて いただきます。

第1に、事柄の優先順位の問題です。


ネオコンはともかくとして、私は「ネオリベでも脱原発ならOK」と繰り返して
います。ネオリベを積極的に評価するわけはないにしても、脱 原発問題を優先
してネオリベを許容するものと批判されるのは当然ということになります。私の
判断としては、脱原発の方が緊急の課題だか ら、こういう書き方をしています。



第2に、飯田哲也さんのことです。


私は脱原発の中で飯田さんを特に高く評価はしていませんが、ともかくもあれだ
けの活躍をされているので重要な人物だと思っています。飯田 さんが橋下ブ
レーンにはいっていることで、いろんな意見があります。他のMLでも「脱原発
なら、日の丸君が代強制や思想調査でもいいの か」という意見を見ます。で
も、飯田さんが強制や思想調査をしているわけではありません。そこは区別して
みるべきです。



第3に、本題の橋下派の評価です。


東本さんは、橋下派が「真の脱原発主義者」でないことを繰り返していますが、
わかるようで、わからないと言うのが正直な感想です。まず何 よりも「真の」
の意味がはっきりしません。


スリーマイル事件後に脱原発でなかった人は「真の」脱原発と言えるのでしょう
か。チェルノブイリ事故後に脱原発運動をしなかった人が「真 の」脱原発主義
者と言えるのでしょうか。もし、言えるのだとすれば、何が基準になっているの
でしょうか。商業用・発電用原発のみに反対し て実験用原子炉に賛成している
人は、どうなのでしょうか。「地震国日本の原発」だけに反対して、「地震のな
い国なら原発あってもいいので は」と言う人ならどうなのでしょう。と、いく
らでも質問を書き続けることができます。別にお答えいただく必要はありませんが。



第4に、私は「レッテル貼りの活用」路線をとっています。


橋下氏が脱原発と繰り返しているのですから、彼らを本当に脱原発にさせるため
に何ができるかを考えるべきだと思います。ニセモノだと批判 するよりもホン
モノにさせる方が重要。レッテルはとても意味あるものなのです。大阪府民、大
阪市民の声が大きくなれば、彼らはホンモノに ならざるを得ない面があるので
はありませんか。

第5に、東本さんの議論にしては大雑把だなと思う点を指摘しておきます。


飯田さんも加わっているらしい「再稼働の8条件」の中身に立ち入った分析を抜
きに、「8条件を示しているから真の脱原発でない」というの は、いつもの東
本さんらしくありません。8条件の中身をきちんと見るべきでしょう。


と、自分でやるつもりのない分析なので、東本さんに押し売りしておきます。

ではまた。




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