[CML 016109] 橋下徹・大阪市長と古賀茂明、飯田哲也・大阪府市統合本部特別顧問の「脱原発」は原発再稼働を認める虚偽の「脱原発」でしかない!

higashimoto takashi higashimoto.takashi at khaki.plala.or.jp
2012年 4月 2日 (月) 16:06:48 JST


本メーリングストをはじめとしていくつかのメーリングリストで事実に基づいた度重なる私の批判(注)にも関わらず橋下
徹(大阪市長)と古賀茂明(大阪府市統合本部特別顧問)の「脱原発」政策をほんものの「脱原発」政策であるかのよう
に(大阪市の思想調査アンケートは民主主義破壊的というべきだが、橋下、古賀の「脱原発」政策は評価できる、とい
うがごとき)称揚する人たちが少なからずいました。

   注:下記参照。
   (1)脱原発主義者を自称する人たちのハシモト的なもの、みんなの党的なものへの傾斜について(弊ブログ 20
   12年2月16日)
   http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-397.html
   (2)ある「脱原発」主義者との問答――「原発推進」政党の民主党やみんなの党に投票するという「脱原発」主義
   者を脱原発主義者といいえるのか?(弊ブログ 2012年1月19日)
   http://mizukith.blog91.fc2.com/blog-entry-382.html

   たとえば上記の(1)で私は橋下の「脱原発」政策について、「橋下氏は知事時代につくる会の歴史教科書を大阪
   府の全公立校で採択させようと再三試みていますが、その「つくる会」系2社の公民教科書の記述は「原発推進」
   で突出しています。このことは橋下氏は「脱原発」よりもつくる会の歴史教科書の採択の方に重きを置いていると
   いうことを示しています。「世に倦む日日」ブログの管理人氏の「こういう人間の『脱原発』は信用できないな。ま、
   いずれ、橋下徹も渡辺喜美も、再稼働と原発推進へ舵を切るのは確実だが」という観測はマヌーバーとしての脱
   原発主義の本質を衝く指摘というべきで必ずしも邪推とばかりはいえないだろうと私は思います」と述べています
   し、同様のことをメーリングリスト上でも再三述べています。

しかし、橋下、古賀の「脱原発」政策について大いなるクエスチョンは提起しえても、彼らの「脱原発」政策のマヌーバ
ー性についての決定的な言質の提示が不足していたため(それはもとより彼らが本音の核心部分を隠蔽したまま「脱
原発」政策を唱えていたことに起因するわけで、マヌーバー性のマヌーバー性たるゆえんであるわけですが)、彼らの
「脱原発」主張のマヌーバ―性を証明するまでには到っていませんでした。

しかし、ここにきて彼らの「脱原発」主張は、いまだ「条件つき」という化粧を凝らしているものの、やはり原発再稼働を
認めるたぐいの「脱原発」主張でしかなかったことが明確になりました。

   ■橋下市長、大飯再稼働「1次評価だけでは無理」(読売新聞 2012年4月2日)
   http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866922/news/20120402-OYT1T00005.htm
   「福井県おおい町の大飯原子力発電所3、4号機の再稼働について、大阪府と大阪市の「エネルギー戦略会議」
   は1日、同原発から100キロ以内にある自治体と安全協定を締結し、同意を得ることなどの8条件を政府や関
   西電力に求める方針を了承した。(略)橋下徹・大阪市長は「大飯原発の再稼働は現時点で反対ストレステスト
   の1次評価だけでは(再稼働は)無理」と述べた。」
   (注:条件が整えばOKということです)。

   ■橋下市長「原発止まって明日あさって死ぬわけではない」 大飯再稼働に反対(SankeiBiz 2012年4月2日)
   http://backupurl.com/5bbrg5
   「一方、1日の会議では、NPO法人「環境エネルギー政策研究所」所長の飯田哲也特別顧問と、古賀茂明特別
   顧問の両委員が、それぞれ「再稼働の8条件」を提示。大阪府域も対象となる大飯原発から80~100キロ圏内
   について、住民同意を得て自治体と安全協定を締結すること-などを条件にすることを盛り込んだ。」
   (注:やはり条件が整えばOKということです)。

「原発止まって明日あさって死ぬわけではない」などという言説だけを見れば、いかにも橋下は「脱原発」を主張してい
るかのように見えますが、実は橋下、古賀、飯田の「脱原発」主張は、真の「脱原発」ではなく、「原発容認」の主張でし
かないということを私たちは心して観察しておく必要があるように思います。

もちろん、それでも部分的共闘は可能です。共闘できるところは共闘して構わないわけですが、彼らが真の脱原発主
義者ではありえないことは心しておく必要があるように思います。そうでなければいつか、どこかで足を掬われることに
なりかねないと私は思います。


東本高志@大分
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