[CML 012849] Re: オキュパイ・トウキョウについて。

Sato Keyko j-y-k-s at mx3.nns.ne.jp
2011年 10月 28日 (金) 21:53:05 JST


服部様、みなさま

私も、世界を駆け巡った一連の行動「オキュパイ(占拠)」について考えてみました。 


最初にBARAさんや前田さんその他の方が指摘していました「植民地主義を受け入れている人々がいくらウオール街などを占拠してスローガンを叫んでも、資本主義を終わらせる

ことはできないだろう」という意見は正しいだろうと思います。

彼らが、資本主義の本当の姿・現在世界を覆っている搾取の実態と、そのおこぼれに私たちが預かっていることを理解して、そのうえでそれを止めさせるために自分たち99%が1

%を追い詰めているのであれば、それは正しいと思います。

沖縄の人たちは、まったくの理不尽を押し付けられているのにもかかわらず、切れずに諦めずに、アメリカの若者たちのことも考え、派兵先の人々の命や暮らしのことも考えて基地

反対闘争をしています。そのことに本当に頭が下がります。

実はこの10月26日に、日本に住んでいるフランス人の研究者(フランス国立科学研究センターの研究員)が作ったドキュメンタリー映画『ディゾナンス(日本語で不協和音という意

味)』を観ました。そして作者のティエリー・リポーさんのお話を聞く機会に恵まれましたので、そのことを話させてください。

反貧困と素人の会についての映画ということで、私は若者たちがどういう考えと行動をしているのか知りたくて、映画を見せていただきました。

映画が上映された後のティエリー・リポーさんの映画に対する説明は次の通りです。

「自分の意見を持つことができるとき、はじめて社会とのリンクをすることができる」 


「日本の民主主義とは何かについて知りたかった」

「個々人の声が再構築されないならば、10年20年後同じような問題に突き当たるだろう」

「私が驚いているのは、これほど個々人の声が重要になったことについて驚いている」 


以上のようなことを話されていました。

テレビや新聞では分からない若者一人一人の声を聞くことの大切さを強調していました。 


このドキュメンタリー映画は2009年〜2010年にかけて作られていますが、3・11の震災後その内容は一躍表舞台の真っただ中に躍り出た感じです。

映画の内容はそのうちにネットで公開されるかもしれませんが、簡単に説明しますと、 


登場する若者は、

京都大学吉田寮に住む学生

京都大学を解雇された二人の若者が、大学敷地内にテントを張り組合を立ち上げ、コーヒー豆を炒ってコーヒーを売りながら生活をしている様子

代々木公園でのホームレスの若者を取材、絵を描いて売って生活をしているその若者の言っていることは、私たちの心を明るくしてくれます。

3・11以後素人の乱を立ち上げた若者たちの、それ以前の生活と意見と活動を取り上げたもので、松本哉氏は3・11以降現在では有名人になっています。

 ティエリー・リポーさんは、アンテナを高くして日本の若者たちの今の現状をフランスに紹介すべく仏の日本文化センターや日本の日仏会館で上映をしたいと申し出たそうですが

社会にたてつくような若者の意見の紹介は良くないと思われているようで、実現できていないそうです。日本の若者は引きこもっていると紹介されているそうです。

でも、私はこの映画を一番日本人に観てもらいたいと思いました。

彼らはこの狂った日本の中で、世界観・哲学・自立心を持ち助け合って自分たちの世界を構築している人々でした。

彼らは正義と責任・倫理観を構築しているように見えました。

私は自分の子どもを含めてですが、若い人が何を考えているのか分からなかったので強烈な刺激を受けました。

これからは新聞テレビだけでなく直に若い人ともいろんな話をしてみようと思いました。 


服部さんが指摘されてました彼らがカレー交流会しかしなかったとしても、彼らが自分たちの言葉を取戻し、自分たちの空間を取り戻しつつあるのなら、それはそれで意味があるし

将来本音で自分を表現できる人間を増やしていく上で重要な一歩だったとは考えられませんか。

これが私の意見です。

  佐藤けい子

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From: "服部 一郎" <kamitotomoni at yahoo.co.jp>
Sent: Wednesday, October 26, 2011 12:38 PM
To: <civilsocietyforum21 at yahoogroups.jp>; <cml at list.jca.apc.org>
Subject: [CML 012797] オキュパイ・トウキョウについて。

> 服部です。
>
> 他のMLに投稿した感想?のようなものです。
>
> 15日に行われたオキュパイ・トウキョウについて、参加された方や主催された方も 
> 
> いらっしゃるようなので、ちょっとお聞きしたいと思います。
> 僕は新宿の行動のみ参加しており、日比谷や六本木のほうは実際に参加をしたわけではないのですが、
> ツイッターや各メーリングリストなどにおいてもその様子が報告されています。
> それを参照したかぎりでは、六本木のほうは公園でカレー交流会をやった、というように理解しました。
> 格差社会に対して抗議の声を上げる行動の一環として、こういうイベントに意義があることを
> 否定するつもりはまったくありませんが、しかし本家アメリカのほうは座り込み、占拠、そして権力による
> 弾圧、というような展開が見られることと比べてあまりにも落差が大きいように見えます。
> というか、僕自身は告知を見て、これはどこかを実際に、たとえば日本だと兜町でしょうか、占拠して
> 座り込みアピールでもするのか、と創造していたので、あれ?というのが第一印象でした。
> そこでお聞きしたいのはオキュパイ・トウキョウとネーミングした意図と実際に行われたイベントとの間の
> 関係です。これを、東京を占拠せよ、と表現されてもどうもすっきりしないのですが、ぜひそのあたりの解説を。
>
> 皆様はどう感じられたのでしょうか。
> http://www.jca.apc.org/gendai_blog/wordpress/?m=20111011
> 太田昌国あたりになると、オキュパイという言葉に対する違和感を掘り下げて書かれているようです。僕はそこまで深い洞察はできませんが、ちょっと興味を感じたもので、他の人の意見を聞いてみたいと思いまして。
>
> 


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