[CML 012651] 【JanJan記事】 瀬戸内寂聴さん反貧困などと反原発の集会現場に登場!+【京都写真ジャーナル記事】 瀬戸内寂聴さん腰痛をこらえ反原発訴え

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2011年 10月 18日 (火) 22:21:45 JST


写真がすばらしい臨場感のある報告記事です。堀内さんに感謝!

「脱原発 どんな社会をめざすのか」イベント・ブログ
http://d.hatena.ne.jp/hansenkyodo_kyoto/


【JanJan記事】
瀬戸内寂聴さん反貧困などと反原発の集会現場に登場!

2011年 10月 17日 17:09 《京都》 

堀内隆喜

反原発に連帯する集会で話す瀬戸内さん(撮影:堀内隆喜10月16日15時41分)

10月16日午後京都市東山区の円山音楽堂の反原発に連帯する集会とデモがあり間もなく90歳になる瀬戸内寂聴さんも登壇し、「子供たちに安心して暮らせることを残さないと死ぬに死ねない」などと原発事故に対する自分の気持ちと行動をを約950人の参加者に伝えた。

「10.16変えよう!日本と世界」と付けられた集会は「反戦・反貧困・反差別共同行動 in 京都実行委員会」の主催で行われ、ルポライターの鎌田 慧さんが講演し、ドイツ緑の党副代表のベーベル・ヘーンさんと瀬戸内さんが特別に挨拶に立った。また、差別や教育、被曝労働の現場や福島の原発事故避難者と福井の立地自治体住民などからの訴えが続いた。

鎌田 慧さん(撮影:筆者)

基調講演「脱原発-どんな社会をめざすのか」の中で鎌田さんは「9.19のさよなら脱原発5万人集会」は原発を終わらせたい人たちにとっては希望の集会となった。実質6万5000人もの人が埋め尽くした。しかし、警察のデモ分断誘導によって会場に3時間もとどまった参加者がいたのは大変遺憾だった。しかも長期間5万人を超えるデモがなかった日本では初めての参加者も多く主催した私たちもその点をもっと考えたい。また参加したいデモ形態を作る。」「反原発の運動が事故が起きるまで本当にその動きをしてきたのかと私たちも反省しなければならない。現在は本当に本気を出している。呼びかけた文化人も集会や記者会見に必ず顔を出す。大江さんも内橋さん、他の方もそして私も。メッセージだけということはしない。」「若い人はデモの体感がなく、学生は学内で集会ができなくなっている状態の中で感激を作る場となった。次の世代に対する信頼感を私たちの世代は作りたい」「来年2月11日代々木公園を拠点に全国各地50万人集会、3月11日福島での集会、3月24日日比谷野音での1000万人署名総括集会を作り上げる。日本に安全な場所はない。次に事故はどこであるかわからない。今が本気の原発を無くす正念場なのでみなさんともども頑張りたい」などと話した。

ドイツ連邦議会議員ベーベル・ヘーンさん(撮影筆者)

またドイツ緑の党副代表のベーベル・ヘーンさんは幼児の健康を心配する普通の主婦としてデモに参加したのがきっかけとなって連邦議会議員になった人で「緑の党は福島の事故でなすべきことがはっきりした。原発は廃止していくことで原子力の時代を完全に終わらせる。経済的な方向を再生可能エネルギーの供給をふやすことで見つけ出す。このことで雇用も生み出せるといえる。安全な社会を作りだすには転換が必要なので堅い決意のもとで行動する。」などと話した。緑の党は脱原子力発電への行程表をすでに作成している。ただちに原発施設運用期間延長の廃止への法的立場を復元するとした第一の約束から6カ条の工程を示した。いずれも「ただちに」や「2011年中の実施」を謳った。登壇した参加者によると「極めて優しい方」と話し、この後のデモには横断幕を持ちながら先頭を歩いた。

瀬戸内寂聴さん(撮影筆者)

最後に登場した瀬戸内さんは「満席と思ってきたのですがそうでもないようですね。」とのっけから悔しそうな言葉から始まった。いつもは立って2時間ぐらいは話すのだが、最近腰を痛めて座らせていただくといいながらも、その声や顔の色つやなどはとても年齢を感じさせなかった。「私は無責任な扇動をする人であるけど今回はいてもたってもいられなくなった。」「アメリカは戦後日本の家族を分断することを始めた。結果見事な核家族日本が出来上がってしまった」「子供たちに安心して暮らせる事を残さないと死ぬに死ねない」などと笑いを交えながらの挨拶となった。最後には立ちあがって釜が崎の日雇労働者からの質問に答えるなどして、会場を盛り上げた。

また、現場からの報告で、釜が崎日雇労組の山中秀敏委員長が「線量計を持たせず労働者を働かせ、被曝を生み出している。日雇は重層的な労働構造の中で一体だれが責任者なのかをあいまいにしている」「失業したらたちまち野宿になってしまう現況がある」と訴えた。

一方福島から避難してきて「脱原発Tシャツ・プロジェクト」を立ち上げて、この日も会場入り口でバッチなどを並べて販売していた加藤裕子さんも挨拶。高村光太郎の「智恵子抄」を朗読した。しかし、途中涙ぐんで絶句した。いかに避難生活が大変かを会場全体に無言で知らせる結果となった。

この他、京都第一初級学校嫌がらせ事件の弁護団から差別・排外主義に対する報告や沖縄県人会から「今 沖縄は」の挨拶もあった。

この後集会参加者は祇園石段下から四条河原町を通り京都市役所までデモを繰り出した。最後尾には公安らしき制服も5人ほどが就いたが大きなトラブルはなかった。

デモに1000万人の署名を求めるプラカード(撮影筆者)

1000万人のひとりになることは人間の誇り(瀬戸内さん)

(追加)この日司会したe-みらい構想(バイバイ原発京都のホームページ担当)の長谷川さんからメールがあり、『メッセージをお願いしたとき、瀬戸内さんは少しお考えになって「1000万人のひとりになることは人間の誇りです、と書いて下さい」とおっしゃいました。このメッセージには、側におられた鎌田慧さんと小林圭二先生も感心しきりで、「私にもそのメッセージをFAXしてほしい」とお願いされました。
数えで90だそうですが、瀬戸内さんの感性はまだまだ衰えないようです。』(原文のまま)を付け加えます。全国で1000万人署名を展開中のメンバーにとってはまたとない励ましとなるのではないか。(10月18日)

堀内隆喜記者のプロフィール
京都在住。京都の伝統行事、文化、風景を発信。主に写真撮影取材で市内を動き回る。

http://www.janjanblog.com/archives/53443


【京都写真ジャーナル記事】
瀬戸内寂聴さん腰痛をこらえ反原発訴え

投稿日:2011年10月17日

10月16日午後京都市東山区の円山音楽堂の反原発に連帯する集会とデモがあり間もなく90歳になる瀬戸内寂聴さんも登壇し、「子供たちに安心して暮らせることを残さないと死ぬに死ねない」などと原発事故に対する自分の気持ちと行動をを約950人の参加者に伝えた。


座りながら笑いを誘い反原発を訴える瀬戸内さん(10月16日午後)

「10.16変えよう!日本と世界」と付けられた集会は「反戦・反貧困・反差別共同行動 in 京都実行委員会」の主催で行われ、ルポライターの鎌田 慧が講演し、ドイツ緑の党副代表のベーベル・ヘーンさんと瀬戸内さんが特別に挨拶に立った。また、差別や教育、被曝労働の現場や福島の原発事故避難者と福井の立地自治体住民などからの訴えが続いた。


鎌田 慧さん

基調講演「脱原発-どんな社会をめざすのか」の中で鎌田さんは「9.19のさよなら脱原発5万人集会」は原発を終わらせたい人たちにとっては希望の集会となった。実質6万5000人もの人が埋め尽くした。しかし、警察のデモ分断誘導によって会場に3時間もとどまった参加者がいたのは大変遺憾だった。しかも長期間5万人を超えるデモがなかった日本では初めての参加者も多く主催した私たちもその点をもっと考えたい。また参加したいデモ形態を作る。」「反原発の運動が事故が起きるまで本当にその動きをしてきたのかと私たちも反省しなければならない。現在は本当に本気を出している。呼びかけた文化人も集会や記者会見に必ず顔を出す。大江さんも澤地さん、内橋さん、落合さんそして私も。メッセージだけということはしない。」「若い人はデモの体感がなく、学生は学内で集会ができなくなっている状態の中で感激を作る場となった。次の世代に対する信頼感を私たちの世代は作りたい」「来年2月11日代々木公園を拠点に全国各地50万人集会、3月11日福島での集会、3月24日日比谷野音での1000万人署名総括集会を作り上げる。日本に安全な場所はない。次に事故はどこであるかわからない。今が本気の原発を無くす正念場なのでみなさんともども頑張りたい」などと話した。


さよなら原発1000万人署名のデモプラカード


ベーベル・ヘーンさん

またドイツ緑の党副代表のベーベル・ヘーンさんは幼児の健康を心配する普通の主婦としてデモに参加したのがきっかけとなって連邦議会議員になった人で「緑の党は福島の事故でなすべきことがはっきりした。原発は廃止していくことで原子力の時代を完全に終わらせる。経済的な方向を再生可能エネルギーの供給をふやすことで見つけ出す。このことで雇用も生み出せるといえる。安全な社会を作りだすには転換が必要なので堅い決意のもとで行動する。」などと話した。緑の党は脱原子力発電への行程表をすでに作成している。ただちに原発施設運用期間延長の廃止への法的立場を復元するとした第一の約束から6カ条の工程を示した。いずれも「ただちに」や「2011年中の実施」を謳った。登壇した参加者によると「極めて優しい方」と話し、この後のデモには横断幕を持ちながら先頭を歩いた。


デモの先頭を歩くベーベル・ヘーンさん(右から3人目)と主催者代表


瀬戸内寂聴さん

最後に登場した瀬戸内さんは「満席と思ってきたのですがそうでもないようですね。」とのっけから悔しそうな言葉から始まった。いつもは立って2時間ぐらいは話すのだが、最近腰を痛めて座らせていただくといいながらも、その声や顔の色つやなどはとても年齢を感じさせなかった。「私は無責任な扇動をする人であるけど今回はいてもたってもいられなくなった。」「アメリカは戦後日本の家族を分断することを始めた。結果見事な核家族日本が出来上がってしまった」「子供たちに安心して暮らせる事を残さないと死ぬに死ねない」などと笑いを交えながらの挨拶となった。最後には立ちあがって釜が崎の日雇労働者からの質問に答えるなどして、会場を盛り上げた。

また、現場からの報告で、釜が崎日雇労組の山中秀敏委員長が「線量計を持たせず労働者を働かせ、被曝を生み出している。日雇は重層的な労働構造の中で一体だれが責任者なのかをあいまいにしている」「失業したらたちまち野宿になってしまう現況がある」と訴えた。


被曝労働の実態を訴えた釜が崎日雇労組のデモ

一方福島から避難してきて「脱原発Tシャツ・プロジェクト」を立ち上げて、この日も会場入り口で制作したバッチなどを並べて販売していた加藤裕子さんも挨拶。高村光太郎の「智恵子抄」を朗読した。しかし、途中涙ぐんで絶句した。いかに避難生活が大変かを会場全体に無言で知らせる結果となった。


会場入り口に並んだ反戦・反核・反原発などの缶バッジ

この後集会参加者は祇園石段下から四条河原町を通り京都市役所までデモを繰り出した。最後尾には公安らしき制服も5人ほどが就いたが大きなトラブルはなかった。

このほかの当日のスナップ写真


途中、世相を斬る歌を披露した、浪速の唄う巨人 趙 博コンサート核々死か慈かを唄う趙 博さん


反戦・反貧困・反差別・反原発を盛り込んだプラカードのデモ


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