[CML 012319] 2011年6月19日北千住・脱原発街頭行動での故久保田千秋さんの訴え

OHTA, Mitsumasa otasa at nifty.com
2011年 10月 2日 (日) 14:03:59 JST


久保田千秋さんが9月25日の数寄屋橋行動を最後に、翌日他界されました。享年59歳、今時では早死にです。

私が初めて久保田さんと脱原発街頭行動をご一緒させていただいたのは6月19日の北千住においてでした。その時の様子を偶然にもビデオに収めていましたのでご紹介します。

2011年6月19日北千住・脱原発街頭行動での故久保田千秋さんの訴え
http://youtu.be/ij9kGxQES4w
http://kaze.fm/wordpress/?p=345

このような形で紹介するとは思ってもみませんでした。街頭行動の雰囲気をユーチューブで伝えることを前提にしたもので、10分と短い録画時間になっています。

久保田さんは自民党の原発事故責任論に加え、次のような内容を訴えられました。

「国会議員が原発事故を反省する気持ちがあるなら、まず予算の組み替えを行ってほしい。原子力予算4550億円を震災復興に、米軍思いやり予算1881億円を東北思いやり予算に。思いやり予算を使えば被災者25万人に月々10万円を支給することができる。320億円の政党助成金を返納してほしい。国会議員は国民一人ひとりの意見を代弁していて、削る必要はない。東北復興のために320億円を返納してもらいたい。震災復興資金80兆円の工面は自民党にしかできない。米国債をアメリカに買い取ってもらい、借金を返してもらう。これはアメリカと大変親密な関係にあった自民党にしかできない仕事。」

福島原発事故の政党責任に言及し、合わせてこの時期に国会議員の定数削減を必要ないと主張されていたあたり、心強い限りです。

久保田さんは腎臓病を患っていました。証明はできないものの、久保田さんの死期を早めた原因に放射線があるのではという疑いを拭うことができません。

脱原発は久保田さんがやり残した課題。私にとってより身近で重いものとなりました。


太田光征


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