[CML 013045] Re: 福島と東日本の地に踏みとどまろうとする人 避難しようとする人 そのそれぞれの思いについて ――「広く共感をえられる論理の構築とはなにか・・・」という記事に対するコメントへの返信

maesako_kbsc kobesc at lion.ocn.ne.jp
2011年 11月 8日 (火) 23:53:05 JST


「品川宣言」http://park19.wakwak.com/~kobesc/genpatsu/sengen_genpatsu.html
起草者の一人、前迫です

私は小出氏は25年前から尊敬していますし、東本さんもこの「CML」
のご意見を拝読していますので、優れた知性だと了解しています。

でも、小出氏の「60禁」食品論と、今回の東本さんの論には頷けません。

本当に過酷な現実、それに接した時の人の対応方法、それもすこぶる一
般的な対応として「拒絶」、もう少し現実的には、その事実を認めたくない
とする自己の精神、あるいはアイデンテティの防衛本能としての潜在的な
現実認識拒否というものがあると思います。

これは、全くに推進派・東電・政府に3月12日からの数日間、うまくやられ
てしまったなと思うのですが、福島県の人々の賢明さと冷静さを逆手に取
られての、パニック防止策でした。
平静・冷静な対応を訴えての、全福島県民の各自宅への囲い込み策謀
にしっかりやられてしまった。

今にして思えば、あのとき福島県の人たちは避難難民として、福島県を
脱出すべきでした。避難時の事故は避けなければならないのですが、
人々はパニックに陥ってしかるべきでした。
冷静に一呼吸置いて踏みとどまってしまった殆どの人たちが、自主避難
できずに取り残されてしまいました。

さらに、
> 逆に「同心円的に遠ざかっている
人々の中で、
> 「恐怖や不安を自覚することができる想像力」
を持ち得ない者達が、
福島県にとどまって、例えば営農を続けようとする人たちを英雄視することで、
あるいは、その生産物がたまたま奇跡のように汚染をまぬがれているから
とか、暫定基準値(500Bq)以下の汚染だから、私たちはそれを食べなければ
ならないと、意味不明な論理で、フクシマの人々を「呪縛」して行きます。
営農継続を緩やかに強要してゆきます。
自らの生命の危険にも、子どもたちの健康への不安にも怯まず、フクシマの
大地に立ち続ける人の姿は、本当に美しいか?

今は懐かしい「ほめ殺し」?で、5mSv/年を越えるような「馬鹿げた」環境に、
人々を人質に差し出します。
これは現代の集団リンチではないか?? 
年齢を問わぬ「姥捨て」ではないのか?
ナチスに協力した良識ある市民による、ユダヤ狩りではないのか?

原発の存在を許してきた広汎なこの国の国民は、このフクシマの結果を各自
ひきうけなければならない。
とするならば、これらフクシマの人々を見殺しにすることをも、引き受けなけれ
ばならないのか? 
フクシマから自主避難した人々に支援の手をさしのべるのではなく、石持て再
びフクシマに追うのか?

Non! 私はそれを拒絶する。





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